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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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挿話 夢の話 —天使のいざない②—

 

 魔王の幹部は盗賊たちを、自身の隠れ蓑として使っているに違いない。

 そう結論付けた後に盗賊の噂を改めて探ってみたところ、やはり不穏な話題が増えていた。それも非常に血生臭い。

 噂を精査していくと、盗賊の巣窟は街の近くの鉱山跡地だと知れた。

 十数年前までは珍しい鉱石が取れると、随分活気に満ちていたらしい。けれどそれも鉱石が取り尽くされるまでの事。

 その後は解体もされず当時の形のまま採掘所は捨てられ、今ではすっかり朽ち果ててしまったと聞く。

 盗賊が根城にするに格好の場所だ。

 そして私たちは当然のごとく鉱山跡地へ向かう準備を進めた。



 採掘の運搬のために地形を変えられた為か、今でも山道はあまり草木が生えていない。岩と石ばかりで、隠密行動がしにくいのが難点だ。

「アーニャ大丈夫?」

 足場が悪いのを心配して、マーカスが声をかける。アーニャが慌てたような声を出したように思うが、あまり聞き取れない。

 おかしい。

 私はこめかみを押さえながら、仲間たちの後ろについて歩いた。

 街から離れていくにも関わらず、私を呼ぶ天使の声は更に大きく響いていた。

「シルヴィ。顔色が悪いな」

 いつの間にか、前列から私の隣に並んだジークが言った。

「聞こえるのか」

「ああ……。私を呼ぶ声が大きくなっている。でも変なんだ。まるですぐ近くで呼ばれているような気がして……」

 初めは盗賊の根城に、闇市から消えた天使がいるのではないかと思っていた。

 だがそれにしては声は近くで響きすぎている。

「それは——」

「静かにっ」

 ランディスの声を潜めた警告に、全員の緊張が膨れ上がる。身を隠す為の木々がないので、岩陰にそれぞれがサッと身を隠す。

 前方の岩陰で、ランディスがジェスチャーを使い、とある方向を見るよう合図してくる。

 そこには一人の女性が———いや、違う。

 姿は美しい人の女性だ。山道にふさわしくない、漆黒のドレスを着ている。背中がパックリと開いて、バランスのとれた肩甲骨がむき出しになっている。綺麗な膝も露わに、華奢な黒いヒールの靴で、身軽に岩肌の道を登っている。

「妖魔か」

 私の耳の側でジークが囁く。私は同意を示す為、頷いた。

 白い肌に、長く波打つ黒い髪。どことなく、いつかみたヒルダ嬢を思い出させる。

 けれど、おかしい。

 私がそう思った瞬間、呼応したかのように妖魔が立ち止まった。

 何かを、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。そして、私はそれが誰を探す仕草なのかが分かってしまった。

 私だ。あの妖魔は私を探している。

 あの妖魔から、天使の呼ぶ声が聞こえるのだ。

 妖魔は何かを感じ取ってはいるようではあったが、私ほど鋭敏に近くの天使を感じる訳ではなさそうだった。

 そうでなければ、私が妖魔の中に天使を感じるように、妖魔も私を感じて居場所を特定させる事ができただろう。

 しかし結局はそうはならず、妖魔は不審げに足を早めだした。

 追うぞ。

 ランディスが無言の仕草で合図を出す。

 妖魔の動きは素早く、悟られないように距離を取りながら跡をつける私たちにとっては、非常に不利な追跡だった。

 けれどそれでも見失う事なく妖魔の足取りを追えたのは、皆内心で妖魔がどこに向かっているかを勘付いていたからに他ならない。

 そしてその予想は外れる事はなく、妖魔がその身を滑り込ませたのは私たちの目的地そのもの。鉱石採掘跡地の入り口。

 つまりは盗賊の根城への入り口であった。



 採掘の跡地の入り口は、無防備なほど静まり返っていた。見張りの気配もなく、打ち捨てられた姿のまま何の変化も感じられない。

 けれど。


「いる……」

「シルヴィー?」


 もはや、誰が私を呼んだのかさえ、分からなかった。私の精神は、天使に呼ばれるがまま呼応し合い、強烈に惹きつけられていた。

 天使は希少種ゆえの本能で仲間を求める。

 それは己が傷付き、個体としての存続が危ぶまれると、本能は更に強まって仲間を呼ぶ。

 私はこの採掘場の跡地のどこかにいる仲間(天使)の本能の声に抗う事が出来ない。

 私は残された一欠片の理性で、ジークの胸元を強く掴んだ。


「ジーク、私はもう駄目だ。仲間の声に抗えない。私を置いて奴の元へ向かってくれ」

「シルヴィ?どうしたんだ?」


 怪訝そうなジークに今の状況を詳しく説明している時間はなかった。私の理性喪失までのカウントダウンは始まっている。

 私はこれから正気を失い、本能のまま仲間の元へ向かうだろう。

 無事理性を取り戻せるとすれば、仲間の元へたどり着き、彼、もしくは彼女の精神の呼応に完全に応じる事が出来た時だろう。


「私の仲間がこの跡地のどこかにいるんだ。私は呼ばれている。天使の習性で、私は正気を失ってでも、私を呼ぶ仲間の元へ向かう事になる。すまない、こんな時に」


 胸元を掴む手に力が入らなくなってくる。

 胸元にすがるような体勢になっていく私を受け止めながら、ジークの眼光は鋭さを増す。


「正気を失う? どう言うことだ? シルヴィ? 何を言っている?」


 ジークの顔の輪郭が歪んでいく。独特の、低く深く響くような声が、間延びしたようにゆっくりとエコーがかって聞こえだす。

 もう限界だ。

 逃げた幹部を倒す絶好のチャンスに、なんて役立たずなんだろう。

 すまないみんな。

 仲間がよんでいるんだ。

 わたしを呼んでいる。

 かれのせいしんが響いてくる。

 わたしはいそがなくては。よばれてる。むかわなくては。なかまがわたしをよんで。

 てんし。わたしのどうほう。せいしんをどうちょうさせるひつようせい。





「あなたも天使なのね」

 岩場で見かけた黒髪の妖魔が私の目の前に立っていた。

「あなたの苦しみが伝わってくるわ」

 ここがどこなのか。私は一体どうなってしまっていたのか。

 視界はボンヤリと霞み、私を覗き込んでいるであろう妖魔の姿さえ碌に捉える事が出来ない。

 私を呼んでいた仲間(天使)の声は、今では私の耳元で激しい苦痛の叫び声をあげていた。

 求められている。最後の精神の同調。 

「可哀想ね、苦しそう。天使を実際に見たのは私も初めてだけど、随分難儀な生き物なのね。能力は高くてもこんなに脆い性質を持ってるんじゃ、多種族と交わって生きるなんて確かに無理ね。直ぐに淘汰されてしまう」

 ひんやりとした指先が、爪の先で私の頬を撫ぜる。

 その冷たさに、私は不意に気付いた。妖魔の足元にうずくまる塊。

 そこから視野が広がり、次いでは地面に描かれた結界に気付いた。四方から張られた鎖にも。

 そしてその鎖が何を拘束しているのかも。うずくまる塊が何であるかも。


 翼はもうない。もがれた痕があるだけだ。翼だけではない。彼の身体に、残っているものを探す方が難しい。

 血が乾燥してヘドロのように黒い汚れの中で、残された一つの目が私を見た。

 


「シルヴィ!!」



遠くで、人間が私を呼んだ。








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