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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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少女はカフェで喋りたい

前回に引き続き、別れる時のフランツの引き際は潔い。何の未練もなしに去って行くので、今ひとつ本当に好かれているのか分からない。

「変わった人だったわね。シルヴィー、あの人結局なんだったの? 手紙に書いてあった不届き者でもないんでしょ?」

あまりに簡潔に書きすぎていて、アーニャは手紙の中の登場人物の1人だとも気付いていない。

「アーニャ。実は、彼が学者なんだよ」

「え? あの人学者なの?」

「そう、術式の構造学を専門にしているらしい」

「へぇ〜、だからあんなに私の宝石に興味示したのねぇ……え、え? ちょっと?」

引きつり出したアーニャの表情を前に、私は力なく微笑んだ。

「シルヴィー……、もしかして私、まずいこと許可しちゃったんじゃない? 構造学なんて、シルヴィーの……!」

そこでアーニャは口を噤んだ。つい勢いのまま発しそうになった言葉を、喉から胸に落とすように手で撫でさする。そして今度はトーンを落とした、小さな囁くような声で言った。

「シルヴィーの正体気付かれるかも」

アーニャは精霊使いの間では神童であり、精霊の女王とまで呼ばれていた娘だ。私がエノク語を使って展開する術式が、人間の扱う系統ではない事を彼女は既に理解している。

「私もそれを心配してたけれど、でも術式の話が嫌いなら、話さなくても良いと言われた。フランツが何者なのかは全く分からない。学者で、恐らく出会った時の服装から見ると貴族だろう。けれどそれぐらいしか分からない」

「ふぅん。術式の話はしなくてもいいなんて、シルヴィーを気に入ってるのは本当なのかしら。ね、虎穴に入らずんば虎子を得ずってヤツで、正体探るために一回本気でデートしてみる?」

どこまでが本気かわからないアーニャの提案に、苦笑しながら首を振る。

「いや、やめておくよ。下手をして、ジークに面倒をかけたくない」

「まぁそれが懸命よね。……ジークも最近大変そうだし」

全身を背もたれに預け、アーニャはすっかり冷めきった紅茶をすする。

「ジークはどうしてるんだ? マーカスやランディスも元気にしてるか?」

昨日アーニャがやって来てから、聞きたかった事をようやく尋ねる。

皆それぞれがしっかりした人間だ。私の心配など必要ないと分かっていながらも、細々とした日頃の皆の様子が聞きたかった。

「みんな元気にはしてるわよ。最近になってようやく貴族の館巡りが落ち着いてきたって感じ。同じ屋敷に連れて行かれたと思っても、その度顔ぶれがちょっとずつ変わってるんだもん。覚えきれないわ」

心底興味のない渋い顔つきで唇を尖らせる。

「大変なんだな」

「ほんとにね。そう言えば、こないだはルーが国から招待されてこっちに来たわ。相変わらず元気そうで、今はもう国選魔術師も引退して、お孫さんと一緒に辺境の田舎で暮らし出してるんだって。シルヴィーにすごく会いたがってたけど、中々抜け出せる状況じゃなくって。帰る時はすごく残念がってた」

あの律儀な老人ならきっとそうなのだろう。

アーニャの口から転がる言葉達は、皆と離れて寂しがる私の心を優しく慰めてくれる。

私は心地よい音楽でも聞いているような気持ちで、彼女の言葉に耳を澄ました。

「ランディスも相変わらずよ。王宮付の騎士に昇格したけど、本人は不満みたい。今まで以上に品行を見られるようになるから、女の子に声かけにくくなるのが嫌なんだって。あれって何なのかしらね? 女の子にモテたいモテたい言うくせに、全然本気じゃないの。だって王宮付の騎士の方が、ステータス的には女子にモテるわよ。絶対本命がいるわ」

「それらしき人でもいるのか?」

「全然わかんない。ヘラっとしながらはぐらかすのが得意だから」

アーニャはどうもランディスの本命を探し出したいようだが、ランディスもジークとは違った形で内面を見せない男ではある。

軽薄に女性に声をかけている所は何度も見た事はあるが、実際にのめり込むような素振りは見た事がない。

「シルヴィー、今度ランディスの休暇中に跡付けてみましょうよ」

「人のプライベートをそんな簡単に覗き見するもんじゃないぞ」

軽く嗜めてみたものの、アーニャのいたずらげな表情は変わらない。相変わらずこの手の話が好きなのだ。

「マーカスはどうしてるんだ?」

マーカスの名を取り出すと、アーニャの表情が一瞬輝く。本人は無意識なのだろう。ランディスと違って跡を付けるまでもないなと、内心こっそりと忍び笑う。

「マーカスも元気してるわ。勇者っていう重圧から解放されて、心底ホッとしてるのが傍目でもすごく良く分かる。エイジアの呪いも、王宮の高位治療師が治療に専念してくれてるしね」

魔王の配下に捕まり、残酷な拷問の末に幾十にも呪いを受けたエイジアを救うのは、マーカスが最も心砕いた願いだった。

そのエイジアが国の最高位の治療を受ける事が出来たのなら、マーカスも心強い事だろう。

「たまに意識が戻って来くるみたいなの。意思疎通はまだ無理だけど、それでも呪いの数も随分減ってきてるわ」

「そうか。それはマーカスも安心だな。本当に良かった」

「時間はかかるだろうけど、きっと回復すると思う」

アーニャは力強く頷く。

エイジアの回復は、マーカスの人生に欠けてはならないものなのだ。全人類を救った少年が、自分のたった一つの宝物を取りこぼすなどあってはならない。

「マーカスはエイジアと生き別れてから、ずっとエイジアだけを探してた。当然よね、大切な、たった1人の身内だもん」

分かり切った事だ。マーカスと共にいれば、エイジアへの愛情は何度も耳にして来たはずだ。

それなのに、今更ながらにその事を、アーニャは自らに言い聞かせている。

「アーニャ?」

うつむいて紅茶に口付けられると、アーニャの顔はすっかり見えなくなった。

一口含むと、そのまま唇がカップに触れたままの位置で、アーニャは力なく呟いた。

「……マーカスはエイジアの治療の代わりに、この国から無断出国を禁止されたわ」

「なんだって……?」

思わず声が低くなる。しかしアーニャはすぐさまパッと顔を上げると、いつもの明るい表情で微笑んだ。

「でも、エイジアの治療の代わりだもん。ならエイジアが元気になったらどこにでも行けるわよね」

反射的に開きそうになる口を閉じる。

それならばエイジアが身動き取れない今に、マーカスを国に拘束する理由は何なのだ。

しかし言葉はこぼれ落ちるより先に、アーニャの笑顔の前にかき消えた。不安を隠し、気丈に振る舞う彼女に、自分の不安をぶつけてどうなるというのだ。

一時の逃げかもしれないと分かっていつつ、アーニャの本当の笑顔が見たくて私は魔王を倒した帰路でマーカスとアーニャの約束についての話をふる。

「そうだな。だってエイジアが元気になったら3人で旅にでるんだろう?」

いつものように、花が開いたような笑顔を見せて欲しかった。

けれど、それにさえ、アーニャは苦しげに微笑んだ。

「その事なんだけど……。私、もうすぐ迎えが来るみたい」

「迎え? 実家からか?」

アーニャは由緒正しい精霊使いの家柄で、家督を継ぐよう言われているのは出会った時からの周知の事実だった。

「精霊達が教えてくれるの。もうすぐ、帰らなきゃいけない時がくるんだって……」


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