早すぎる再開 その2
「こいつなの?! シルヴィーに不埒を働いた奴は!」
金色の長い髪を跳ね上げ、アーニャは戦闘も辞さないとばかりにフランツを睨み上げる。
エメラルドの瞳が怒りでキラキラと輝いていて、お姫様のように美しいアーニャに庇われている現状に混乱する。
「えっ?! いやいや私は……」
「アーニャ、アーニャ、待つんだ」
「誤魔化してもだめよシルヴィー、私ちゃんとジークから聞いてるんだから。ジークだって、そいつと偶然会うことがあれば、分からせてやった方が良いかもしれないって言ってたわ。あくまで偶然出会ったら、だけどね」
二日酔いのアーニャが無理をしてでも、何故私と一緒に出かけたがったのかを悟ってゾッとした。
「ま、まさか、その男の居場所に案内させる気で……」
「シルヴィーが普段どこでどんな人達と働いてるか、知る権利くらいはあるでしょ私達にだって」
ツンと澄まして可愛らしく言ってはいるが、そのセリフの中身は、偶然を必然的に起こす気で満ちている。
「こ、こら。私がちゃんと自分で対処したんだ。そんな事する必要なんてないだろう」
ジークの人選に内心悲鳴をあげる。
アーニャは可愛い見た目に反して、私たちの中では一番好戦的なのだ。マーカスもランディスもルーも、彼らは引くべき所を知っているが、アーニャは誰かが止めないと突っ走る。
「どうせシルヴィーの事だから、甘い対処の仕方でしょ。だから今もこうやって反省もしないでやって来るのよ!」
「違う違うアーニャ彼は……」
「あんた名前はなんて言うのよ。ウチのシルヴィーに今後一切近づかないでちょうだい。その前にシルヴィーに触った両手を出しなさいよ。1週間は使えないように炙ってあげるから」
「アーニャ、待て。やめるんだ、待ちなさい。彼は違うんだ」
まるでならず者のようなセリフに完全に頭を抱えてしまう。
アーニャは既に、精霊を呼び出す為の簡易の宝石を取り出している。早く止めないと、本気で精霊に彼の両手を炙るよう命令しかねない。
周囲には人が集まってきている。美少女に守られている成人男性の構図は完全に人々の好奇心を煽っていた。
私はフランツに逃げるように促そうとしたが、だがフランツの行動はそれよりも早かった。
「君、それってもしかすると精霊の術式かい?!」
フランツはアーニャに駆け寄ると、取り出された宝石に目を輝かして食い入るように見つめる。
「はぁ?」
「すごいな、宝石の中に高純度の術式が形成されている。精霊使いの話は聞いた事があるけど、本物を目にしたのは初めてだ。この石の小ささで、どこまで術式を広げる事が可能?」
「え、えぇ……?」
「こんな高度な術式を埋め込むのも難しいけど、それを内部展開させるのは更に至難の技だ。この展開、どれくらい継続できる?」
モノクルでも取り出しそうな勢いのフランツに、アーニャは戸惑ったように私を見上げた。
「ちょっとシルヴィー……、本当にこの人が不埒もんなの?」
私はゆっくりと首を振った。
「早く言ってよ」
「ずっと違うって言ってたんだぞ、私は」
「じゃあ誰なのよ、この人」
「それはー」
言いかけて、私は周囲の野次馬がどんどん集まって来ている事に気付いた。
なんだなんだ、もう終わりか? お嬢ちゃんの婚約者をもう一人の男が奪おうとしてるんだって? いや、どうも女の子が青年の護衛らしくてなぁ、等、好き勝手に話している。
「……場所を変えよう」
私はそっとアーニャの肩を押す。今ひとつ事態が読めていないアーニャは、不満そうな顔をしつつも私に歩調を合わせてくる。
フランツはアーニャの手元に食いついたまま、一人ブツブツ言いながらも、アーニャに合わせてついて来た。
私は二日酔いでもないのに、痛む頭を押さえた。
「起きたらシルヴィーが居なくって。夫人から行き先は教えてもらったけど、私も出かけた方が早いと思って出て来たの。犯人探さないとー…て、おっとっと」
「もう隠す必要はないよ。目的は分かった」
「言い出したのはジークなのよ?」
バレたいたずらを咎められた様子で、アーニャは自分よりも罪が重いとジークを差し出す。
「なんでジークが」
「言ったじゃない。ジークすごく怒ってたって」
それは私の心の中でもひっかかっていた言葉だった。私は不安になり、アーニャに尋ねる。
「なんでジークがそんなに怒るんだ? 怒ってたのは本当にその男の事でなのか?」
フランツという、構造学を研究している男と知り合ってしまった事ではなくて?
そう聞きたかったが、私はぐっとこらえた。
野次馬から逃れるようにして、私たちは少し離れた場所にある軽食屋へ身を寄せた。
フランツは出された紅茶に目もくれず、アーニャから貸し出された宝石を熱心に調べている。こちらの話など聞いていないかもしれないが、やはり本人の前で口に出すのは憚られた。
「当たり前じゃないの。シルヴィーはサラッと今日の出来事の一つみたいな感じで書いたんでしょうけど、ジークはまぁ怒ってたわよ。私だって聞いた時は気分が悪かったもの」
「それはすまない……」
私は申し訳なくて、小さくうなだれた。
フランツの事を隠したいあまり、枯れ木も山の賑わいとばかりに書いた内容で、ここまで皆を心配させてしまうとは思いもしなかった。
「何で謝るの。心配ぐらいさせてよね。ジークが怒ったのだって、シルヴィーにどこの馬の骨かも分からない奴が勝手に触れたからよ」
「そうなのか……」
大切にされているようで、少し嬉しくなる。
じんわりと広がる暖かい気持ちを感じていると、不意にフランツが宝石から目を上げた。
「そのジークって男は、シルヴィの恋人?」
「?!」
何を言い出すのかとフランツを見ると、面白くなさそうにアーニャを見ている。
「そうなのかい?」
「えぇ?」
すぐに否定するかと思っていたアーニャは、フランツと私を見比べると、困惑したように私に訪ねる。
「そうだったの? 私が知らなかっただけ?」
「な、なんでそうなるんだ?」
「なんだ。じゃあその人と付き合ってる訳じゃないんだね?」
何故そんな発想になるのか。私は必死に頷いて肯定する。
「私とジークが、恋人のように仲が良かった事なんて今までにあったか?」
尋ね返すと、アーニャは小首を傾げて考える仕草をした。
「ジークは厳しいから、誰と恋人だったとしても分かんないわよ。でも、戦いが終わってからは丸くなってきたじゃない?」
「それと私とジークが恋仲になるとは話が違うだろう?」
それにジークが丸くなったのだって、戦いが終わって重圧から解放されたからだ。
「でもシルヴィーをこっちに誘ったのはジークじゃない」
「それはただの責任感からだろ」
「何の責任よ」
「それは」
天空の島に帰れなくなったことの。
そこまで言いそうになって、ゴクリと飲み込んだ。アーニャも気が付いたようで、ハッとしたようにフランツを見る。注目を浴びたフランツはニッコリ笑った。
「私はシルヴィの言葉を信じるよ。そちらの方が私にとって都合が良いからね」
「ねえ、フランツって言ったわよね。あなたシルヴィーの事どう思ってるわけ?」
胡乱げにアーニャが問いかける。
「美しい人だよね。それに内面が可愛らしいのもとても気に入った。友人になりたいと思うよ。それ以上をシルヴィが許してくれるならそれ以上にもね」
さらりと告げられた内容に、私は動揺する。こんなにもストレートに求愛されるのは初めてだった。
私の動揺を余所に、アーニャは面白くなさそうにテーブルに肘をつく。
「私、シルヴィーをまだどこにもお嫁にやる気はないの」
「そうしたらどうしたら認めてくれる?」
面白そうにフランツがアーニャに顔を寄せる。アーニャは少し考えた後、意地悪そうに笑った。
「ジークが許可出せば、私も文句ないわ」
「……それって、シルヴィのお父さん並みにハードル高い話だよね?」
椅子に背を仰け反らせ、大げさに嘆くフランツにアーニャは軽く鼻で笑った。
「馬鹿ね。一昨日いらっしゃいって意味よ」
「期待を持たせておいて、なんて酷い事を言うんだろうこの子は」
「ねぇもう帰ってくれない? 私シルヴィーと久々に会うの。2人だけの積もる話もあるのよ」
私では決して言えないストレートな言葉に、さすがのフランツも言葉に詰まったようだった。しかしこれ以上長居する気もなかったのか、渋々と宝石をアーニャへ返却する。
「君たちは私に本当につれない。こんなに続けて袖にされたのは初めてだよ」
悲しむ素振りは本気なのか、大げさに演じているだけなのか見分けがつかない。
アーニャはそれを笑って見ている。実際の所はフランツを気に入ってはいるのだろう。
「それじゃあ私はお姫様に命じられるがまま帰るとするよ。ねえアーニャ、シルヴィに連絡先の術式だけ渡しておいてもいいかな?」
なぜそれを私本人ではなくアーニャに聞くのだ。
聞かれたアーニャは少しもったいぶった考える仕草をしてみせ、たっぷりと間をおかせてから頷いた。
「分かった、許可するわ。でもデートするってなっても、初回でシルヴィに手でも出してごらんなさいよ。あなたが見たかった精霊の術式、身をもって体験させてあげる」
フランツは降参の意を示すためか、手を出さないと示すためか、サッと両手をあげて小刻みに頷いた。
「大丈夫。初回で手をだすなんて非紳士的な事絶対にしないよ。……でもこの場合、2回目のデートでは許してもらえるって事なのかな」
「ジークに連絡するわ」
「よし分かった。紳士である事に努めよう」
フランツは懐から取り出した羊皮紙に、簡単な術式を書いて渡してきた。
「私の身内にもジークって同じ名前の者がいたけれど、碌な男じゃなかったよ。ジークよりもフランツって名前の男の方が、魅力的だって統計もある」
真面目に告げてくるのだから、流石に笑ってしまった。
笑う私を満足げに見るフランツに、アーニャが容赦なく声をかけた。
「馬鹿な事ばかり言ってないで、もうお帰んなさいよ」




