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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
15/27

宴会しましょう。そうしましょう。



「久しぶり〜! 元気してた?」

「ア、アーニャ?」

いつもの仕事を終えて家に帰ってくると、大家の老婦人と食卓でお茶を楽しむアーニャの姿があった。

婦人一番のお気に入りのティーカップを燻らせて、ご機嫌な様子で寛いでいる。

「何でここに……?」

あまりに唐突な出来事に、唖然として問いかける。

久しぶりに会うアーニャは、最後に見た時よりもまた少し大人びたように見えた。

美しい少女が、大人の女性に変わろうとしている。その不安定さが、一段とアーニャを輝くような美しさに彩っていた。

「シルヴィオスさん、こんな綺麗な女の子のお友達がいたのねぇ」

後で髪を結わせてもらいたいわぁ。などと言いながら、婦人は嬉しげにアーニャに次のお茶を勧めている。

褒められてアーニャも満更でもないのだろう。嬉しげに髪の手入れ方法や、試して見たい髪型を婦人に得々と語りだしている。

「いやいや、待ってくれアーニャ。どうしてここに君がいるんだ?! 君、マーカス達と……!」

思わず前のめりで問い詰める私を、アーニャのすらりとした手が押し留める。

「まぁ慌てないでよ、シルヴィー。私あなたの帰りをずっと待ってたのよ? 先にお夕飯にしましょうよ」

「夕食?!」

「そうですよ、シルヴィオスさん。お先にどうですかって勧めても、待っていらっしゃったんですから。すぐ用意しますからね。ああやだ、こんな華やかな事って何時振りかしら!」

いつも落ち着いている婦人が、今は人が変わったようにそわそわしている。

「ご婦人、私も手伝うわ。とはいえ、もう並べるだけね。素敵ねこの香草焼き! レシピって教えてもらえたりする?」

「ええ、ええ、すごく簡単なレシピですから、すぐに覚えられると思いますよ。ああ、女の子はこういう事に興味があるんだもの。本当に素敵だわぁ」

女性というのは、本当にパワフルだと思う。物静かな婦人でさえ、話し相手がいればこうも違うのだ。

「わ、私も手伝いますよ婦人」

いつもそれぞれに食事をしているのだが、今日は皆で夕食を囲むらしい。

女性陣の中に入っていくのは勇気がいるが、こうなっては一人でぼんやり待っているのも気がひける。

「シルヴィオスさん、明日はお休みの日でしょう? 少しくらいお酒を嗜まれても良いんじゃないかしら」

婦人は意外とアルコールを嗜む。戸棚の一角に彼女のコレクションが盛大に詰まっているのを私は知っている。

聞いてはくれたものの、彼女達の中で私の返答は然程決定権のあるものではない。答える前に晩酌は決定した模様で、婦人とアーニャは本日の料理に合う酒を、ああだこうだと話し合っている。

私は何も言わず、今ここで一番正解だと思われる行動を取った。

それはすなわち、粛々と食卓に料理を運ぶ事である。



宴もたけなわとは正しくこの事だろう。

夜はとっぷりと更けて来たし、ご婦人方お二人も、そして私も良い調子で酔いが回って来ている。

「アーニャさん、今日は泊まって行かれなさいよ。ね、そうしましょ。部屋は余ってるの。気にしないで」

「そう? 本当? それなら私、泊まっていくわ。それで明日、チェリーシロップのレシピを教えてもらうんだから」

婦人とアーニャは楽しげにコロコロ笑っているが、私はアーニャが酔いで明日の予定を忘れてはいないかとヒヤヒヤする。

「大丈夫よシルヴィー、ちゃんと調整してもらったもの! そんな事考えてるなんて酔いが足りてないんじゃない? もっと飲んだ方が良いわよ!」

アーニャが酒瓶を掲げてみせるので、私は慌てて自分のグラスに手で蓋をする。

「いやもう十分に飲んでる。大丈夫だ」

「シルヴィオスさんはあんまりお酒飲まれないのねぇ」

酒豪二人から見るとそう思うかもしれないが、私の酒量は成人男性としては平均的である。

「昔っからシルヴィーはお酒あんまり飲まないの! 自分の限界を突破しようとしないのよ〜」

「自分の適量を弁えて飲むのはマナーだろ?」

「ヤダヤダ! 平和になったってのに、まだそんな事言うわけ? 一回潰れて記憶飛ばしてみせなさいよ〜!」

恐ろしい事を酔いに任せて強要してくる。ここはもう一人の酒豪に酒を受け取ってもらうしかない。

婦人に助けを求めると、婦人はひどく懐かしいものを見るような目で、私たちを眺めていた。

「あらごめんなさい。不躾だったかしら」

すぐさま自分の眼差しに気付いたようだった。その瞳は酔いだけではないもので潤んでいる。それはきっと思い出という名なのだろう。

「この家がこんなに賑やかになったのは本当に久しぶりだと思ってたのよぅ。私ももう歳だし、あとはゆっくり時が流れていけば良いと思ってたんだけど」

3階建のこの家は、それだけ家族がいたという証拠に他ならない。

先の戦いで失われた家族と暮らしたこの家で、婦人は何を思いながら過ごしていたのだろう。

「寂しいのに、言い訳する必要なんてないわ」

存外はっきりした言葉に、アーニャの酔いが覚めたのかと振り返ると、彼女の目は完全に据わり切った酔っ払いの目をしていた。

「アーニャ……」

宥めるため手を伸ばそうとした瞬間、アーニャの瞳から大粒の涙が溢れた。

「誰だって寂しいわ。新しい世界が始まったんだって分かっていても、魔王がいたあの暗闇の世界に取り残してきてしまったものは一杯あるもの。それを悲しんで、寂しがって何が悪いっていうのよ」

アーニャは気丈な娘で、内に秘めた優しさが彼女から弱音を奪っていた事を知っている。

「寂しくたって、悲しくたって、前の時代を惜しんだって構わないじゃない。それが今の平和を否定している訳ないじゃないの。婦人ももっと言えばいいのよ」

婦人は静かに泣いていた。

「この家には7人も一緒に暮らしてたの。それが今は私一人なの。寂しくて、私毎日それだけで死んでしまいそうなの。家族みんなが揃っていれば、魔王がいた時代に戻っても、私はそれでも良かったのよぅ」

「当たり前の事よ! そんなの当たり前の考えだわ! それの何がいけないって言うのよ!」

もう大分呂律も怪しくなって来たアーニャの熱弁を聞きながら、私は昨日の夜の寂しさを思い出していた。

皆が新しい時代に生きているのに、一人取り残されたような。それだけで無性に寂しくなった昨日の夜の事を。

「みんなもそんな夜があるんだな」

孤独な夜を抱えているのは何も自分一人だけではない。そう思うと、孤独な夜も一人きりではないように思える。

二人の子供のような鳴き声を聞きながら、私はグラスに残った酒をゆっくりと啜った。



泣き疲れた婦人方を寝室に寝かしつけ、私は出来るだけ静かに宴の後始末を行っていた。

よくもまぁこれほど空けれたものだと、呆れるほどの酒瓶が転がっている。

けれど一つ一つ集めながらも、心は随分と凪いでいた。

アーニャと婦人の心の本音が、私が抱えた寂しさを、随分砕いてくれたように思う。

背後で扉が開く音がした。

「シルヴィー、まだ起きてるの……?」

「アーニャ、どうした? 起きて来たのか?」

「うん……。のど乾いた」

あれだけ飲んで泣けば喉も渇く事だろう。私は微笑むと、食卓に座ったアーニャに水を差し出す。

「ありがと……」

「疲れただろう。それを飲んだらまた寝るといい」

「うん……」

泣いた後だと分かる腫れぼったい目を眠たげに擦りながらアーニャが頷く。

今日初めて見た時は、随分と大人びたと思ったけれど、こうして見るとまだまだ出会ったばかりの幼い頃と変わりないようにも思えた。

「今日さ、」

「うん?」

シンクで残り物を片していると、アーニャが話しかけてくる。

「驚いたでしょ。私が突然現れて」

「ああ、そう言えばまだ理由も聞けてなかったな」

突如始まった酒盛りに圧倒されて、聞きだす所ではなかった事を思い出して笑ってしまう。

「もう気付いてるでしょ」

「ん? ああ、そうだな」

「ジークがさ、調整つけたの。私のスケジュールに」

何となくそうではないかと思っていた。そうでもなければ、ジーク曰くパンダの如く引っ張り回されているメンバーの一人であるアーニャが、こうも気軽に来れるはずがない。

「ジーク、すごく怒ってたわよ」

「え?!」

驚いて振り返ると、アーニャは食卓に気だるげに肘を付きながら、もう眠ってしまいそうな顔をしていた。

「手紙書いてるでしょ。ジークそれ読んでから、急にスケジュール調整し出したの。本当は自分のスケジュール空けたかったみたいだけど、どうしても無理で、代わりに私が来たの」

そうだとすれば、今日はアーニャにとって大切な休日だったのではないだろうか。

「アーニャ、いいのか? 折角の休みに私の所に顔を出してて。君もよっぽど疲れてるだろうに」

アーニャの酔い方が何時もより激しかったのも、今まで緊張を強いられ疲れていた反動かもしれない。

私の心配をアーニャは振りほどくように頭を振って否定した。

「せっかくの休日に、友達の家に遊びに行くのって普通じゃないの? いけなかった?」

そのぼんやりした口調が、アーニャが本心で話しているのだと教えてくれる。

「いや、何もいけなくないよ」

「なら良いんだけど。ウチの男どもはさ、みんな変にカッコつけだから。何考えてるか、とっとと話してくれれば良いのに」

鋭い指摘に笑うしかない。そうこうしている内に、アーニャの頭は今にも崩れ落ちそうな程船を漕ぎ出していた。

「アーニャ、もう寝よう」

自力で起き上がってベッドに向かう事も難しそうだった。私はゆっくりと彼女の体を抱きかかえる。

以前何度か彼女をこうやって抱きかかえ飛んだ事がある。喜んでいた時もあったのに、いつからかアーニャは抱きかかえられる事を良しとしなくなっていた。

女性として成長しだしているからだとルーは言っていたが、親離れのようで、寂しい気持ちになったものだ。

「シルヴィー……」

抱きかかえたアーニャが、寝言のような声で私を呼んだ。

「どうした?」

「私、みんなと離れたくないの」

可愛い寝言に微笑んでしまう。

「私もだよ」

「そばにいたいの。マーカス……」

囁くような言葉を最後に、アーニャは等々夢の中へと旅立っていった。

「マーカスだって、君と一緒にいたいはずだよ」

彼女の夢の中まで届けばいいと、私はそっと声かけた。


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