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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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寂しい夜

夜になると、私は窓際のデスクに向かって筆を取る。

明日の朝もやってくるだろう小グライフに、託す手紙をしたためるのだ。

いつもならばランプの明かりに揺れる影を楽しみながら、その日に出会った人達の話を書く。

初めは面倒ばかりだったが、その内書くのが楽しくなった。ジークがマメに返信をくれたからだ。

私の視点から見た日常に、短い文面だがジークの視点が混ざった返信がくる。それが新鮮で面白かった。

一緒に旅をしていた頃には、思っていてもわざわざ話さなかったような事も、紙の上なら言葉になる。

旅の道中では厳しいばかりだったジークが、案外ユーモアのある男だとも知った。

返信を読んで、そんな事を考えるのかと吹き出しそうになった事もある。全ては文を交わすようになってから知った事ばかりだった。

乾いたペン先を迷うよう揺らす。

いつものように、他愛のない日常のあれこれを書きたかった。

ジークが変態だと告げた返しを、ダーシィがいたく気に入っていた事。良い友達になれると言ってはしゃいでいた事も書きたかった。

ジークは何と返してくるだろう。若造がと言って鼻で笑うかもしれないし、意外にノリ良く、挨拶しにでも行こうかと言ってくるかもしれない。

いつもならば、私はジークの返答を想像しながら、小グライフの訪問を楽しみに待つだけで良かったのだ。

「……逸脱している」

私は重い溜息を吐いた。

ジークが私に報告を書かせているのは、私の生活を知る為でもなければ、文通が目的な訳でもない。

天使の身を隠す為の危機管理の一種であり、それを共有する為だけに、この報告はある。

文のやりとりを楽しむ為のものではないのだ。

私はフランツの事を思い出した。

彼が修めていると言っていた、術式の構造論学。それは私にとっては最悪の学術だ。

術式の構造論学とは、魔術発生の源を追求する学問である。

魔術の源は、一説には古代の神々の力を借りているとも、時の狭間の力を違う形で具現化させているものだとも言われている。

しかしその力の根幹がどこに存在しているか、正式に知るものは誰もいない。

構造論学はそんな魔術の根幹を探るため、無数の系統に枝分かれした術式を極微まで分解し、そこから再構築し直す事で根幹へとアプローチする学問の一つだ。

その学問の性質柄、その道の研究者は否応なしに様々な術式や魔術の系統に詳しくなる。

その為、エノク語についても知識を持ち合わせている可能性がある。

またエノク語自体を知らなかったとしても、術式を詳しく調べられれば、人間が扱う術の系統とは、全く異なるものだと気付かれてしまうだろう。

ジークもまさか私がこんなに早いタイミングで、ここまで最悪のカードを引き当てて来るとは思いもしていないに違いない。

約束を守るように言い聞かせてきたジークの姿が瞼の裏に浮かび、私は心を決め、迷わせていたペン先を勢いよくインク壺に沈めた。

構造論学の学者に会ったとだけ書こう。

約束を守る気持ちと、知らせたくない気持ちが犇めき合い、もうそこはさらっとだけ書いてしまおうと決めた。

なんならうっかり読み飛ばしてしまえばいい。今日は念入りに出会った人間の事を書いて、学者もその内の1人として埋没させてしまおうと思った。

木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中だ。

しかし今日初めて出会って会話をした人間はフランツ1人くらいである。それならダーシィやダーシィの親しい人間達との間で起こった出来事も書こうと筆を進める。復興リーダーのフラーが最近しきりに子犬を飼いたがっている事や、それを止めている家族の話も書く。

少し考えてから、枯れ木も山の賑わいだと思い、あの不愉快な男についても書き綴る。

そうすると随分と登場人物が増え、たった数文字しか登場しないフランツは、影の薄い登場人物の1人でしかなくなった。

推理小説の犯人を、出来るだけ目立たせない作者のような気分だった。

私は満足して紙の上のインクが乾くまで待った。安いインクは速乾性がなく、うっかり触るとインクが伸びて読めなくなってしまう。


小さく折り畳むまでの間、ジークはこの文を読んで何を思うだろうかと考えた。

普段以上に無用な事を書き綴っているのを不審に思うだろうか。

それとも人の世に馴染んでいると、安心してくれるだろうか。

魔王との戦いが終わり、ジークは私が天空の島へ帰れない事をやたら気にするようになった。

もはや気遣いというよりは、罪悪感に近いのではないかと私は思っている。

私はそんなものは求めてはいない。

私がジークに知って欲しいのは、私は一人でも人の世で暮らしていけるという事だけだ。

天空の島に帰れないとしても、私は人の世でそれなりにちゃんと幸せに暮らしている。

友人も作って、まるで人間のように溶け込んでいる。

だから、私を見る瞳に罪悪感を浮かべないで欲しいのだ。

そう思いながらも、もう随分とジークに会ってその目を見ていないと思う。

ジークだけではない。

マーカスもアーニャもランディスにも会えていない。国に帰ったルーに会えないのは言わずもがなだ。

ブラウディアン王国に帰ってから4ヶ月経つか経たないか程になる。

皆と旅していた頃に、これ程長く顔を合わせなかった時はなかったように思う。

ふと湧き上がった気持ちに、私は信じられない思いで顔を覆った。

「嘘だろ……」

寂しいだなんて。

私はいつも一緒にいた彼らと、離れて1人でいる事が無性に寂しいと感じている。

ジークの屋敷の誘いも断り、1人で生きていく様を見てもらう事でジークの心の内にある罪悪感を取り払いたいと思っていた。

それなのに、夜一人きりになった私は子供のように寂しがっている。

闇に閉じ込められていた時代が終わり、新しく希望に満ちた世界に、皆それぞれが自分の人生を歩みだしている。

ジークの文から、皆の様子はたまに伝ってきていた。

まだ日常を取り戻せない慌ただしさの中にいる彼らに、寂しいから会いたい等、口が裂けても言えるはずがない。

皆が新しい世界を歩き出している中で、こんな子供のような自分の弱さを直視する事自体恥ずかしかった。

寂しさで心細くなった夜は今までもあった。

それは人の世に降りてしまった後悔を感じた時、人間全てが嫌になってしまったあの夜にも感じた。

マーカスがもう人類を救いたくないと泣いた夜があったように、私にも人の世から逃げてしまいたいと思った夜があった。

「あの時は、どうしたんだっけ……」

私は机に右頬を乗せ、ぼんやりと呟いた。

あの無残な夜、それでも誰かが私の近くにいてくれた。私がそう望んでなくても1人きりにはしなかった。

あの皆の心優しさが、私にまた歩く勇気をくれたのだった。

私は乾いた紙に、再度インクを乗せたペンで文字を小さく走らせた。



結論から言うと、私の心配は全くの杞憂に過ぎなかった。

あれほどジークの反応を心配していたにも関わらず、小グライフに手紙を託した翌日、ジークからの返信はなかったのだ。

いくら筆まめなジークといえど、忙しければそんな時もある。

だから今回の返信が来なかった時、何だか気が抜けたような複雑な気持ちになったものの、特に気にする程の事でもないと納得していた。



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