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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
13/27

不穏な出会い


朝、私は部屋の一番大きな窓を開ける。それは習慣の一つとなった、ジークの鷹を招き入れる為だった。

私が皆と一緒にブラウディアン王国に戻り、ジークの執事に手伝ってもらって借りた家は、王都の中心地から離れた民家の3階だった。

大家の老婦人は今回の戦いで家族を亡くしており、私が店子として入るのを寂しさが紛れると言って歓迎してくれた。雇ってもらった区画もすぐ近くで、十分なほど満足している。

東向きの窓から空高く旋回する鳥が見えた。

その鳥が私の部屋の窓が開け放たれた事に気付き、方向を変えて降り立ってくる。

窓の柵に足をかける鳥は、まだ年若い小柄な鷹だった。

「やぁ、小グライフ。今日も勤勉だね」

羽を広げると2メートル以上もあった大鷲のグライフとは違い、小グライフの全長は1メートル程もない。けれど機動力や聡明さはグライフと遜色なく、小グライフはその小柄な体で様々な困難をかい潜ってきてくれた。

それでもたまに、肩に乗ってくるとバランスを崩しそうになるほどの、ずしりとしたグライフの重みが恋しくなる時がある。

魔王討伐の戦いの最中で、失われた命は多い。グライフもその失われた一つだ。

ジークはもう、大きな鳥を伝令で使ったりしない。目立たぬ小さな鳥を放つ。

それでも比較的目立つ小グライフを手元に置いたのは、忘れられぬ面影をそこに見たからだろう。

私は手慣れた仕草で小グライフの翼を探った。

澄ました顔をして成されるがままの小グライフは可愛らしい。

指先にコツリと小さな筒が当たる手応えがある。小グライフの翼を傷付けぬよう、私は手探りのまま筒の口を開く。

取り出したのは小さく折り畳まれた紙だった。

「意外に筆まめなんだよな」

開いた紙の中には、私がジークへとしたためた文面への返事が書いてあった。

ジークとの約束を渋々交わした後、一応律儀にも私はその約束を守るよう努力している。

友人知人の区別が今ひとつ分からないので、とりあえず知り合った人間の報告をするようにしていた。

私に報告させるだけさせて、ジークからの返信なぞ来ないものだと思っていたのだが、意外にもジークは筆まめだったようで、こうして律儀に私の報告に返事をくれている。

「そいつはただの変態だから距離をおけ? 何を言っているんだ」

小グライフのような優秀な伝令を使って、一体何をしているんだと思うようなやり取りだが、これが存外楽しかった。

ジークの字は流暢で読みやすく、言えばジークは嫌がるが、こんな所はさすが名家の出であると思う。

私はジークの返信をもう一度小さく畳み直すと、窓際のデスクの引き出しを開け、小さな箱を取り出した。大家の老婦人がお裾分けしてくれた、菓子が入っていた空き缶だった。

蓋をあけると同じような紙が数枚入っている。

重要な内容が書いてある場合は燃やさないといけないが、他愛もない内容なら取っておきたかった。

小グライフは今日は私から預けられる手紙がないと判断したのだろう。鳴き声ひとつ出さずに羽を広げて飛び去った。

小グライフがグライフと違うのは、私に懐いてくれない所だ。警戒心が強く、私だけではなく、ジーク以外の誰にも懐かない。

グライフの時のように、共に空を飛ぶ事でもあれば、仲間と認めて懐いてくれるだろうか。

ずっと以前に鳥同士とジーク達に揶揄われた事があった。あの時は憮然とした気持ちになったものだが、今では私に見向きもしない小グライフに寂しい気持ちにさせられている。

窓から眺める空に、もう小グライフの姿は見えなかった。

「いつもそんな急いで帰らなくても良いだろうに……」

窓を閉じると階下から老婦人の、私を朝食に誘う声が聞こえた。私は廊下に続く扉を開けて返事をする。

天空の島で過ごしていた時でもなく、魔王討伐の生活でもない、私の新しい日常だった。



「シルヴィオスも気を付けた方が良いよ。あいつ女も男もお構い無しなんだからさ」

木材を束ねていた手を止め、私はダーシィを見た。

ダーシィは私の新しい日常で出来た、初めての友人と言っても良い人間だ。仕事終わりに飲もうと初めて誘ってくれたのも彼だった。

ダーシィは二十歳そこそこの青年で、市民ではあるけれど、魔王の軍勢が王都を襲った際には義勇兵として都を守り、そして生き残った。

そんな勇敢な青年だが、彼の童顔も相まって、私は彼の中にマーカスの面影を見てしまう。

それはダーシィがマーカスと同じように、困難であっても明るさを見失わない性質のためだろうか。

「何のことだ?」

ダーシィは運びきれない大きな瓦礫を槌で砕きながら唇を尖らせた。

「あんたってきれいだし、誘いなんか今までいっぱい受けてきてそうなのに全然物慣れてないんだもんな。俺の方が年下なのに心配になっちまうよ」

「何を言ってるんだ」

私は思わず笑ってしまう。年若い者は大人ぶりたがるが、ダーシィも例に漏れず背伸びをしたがる所がある。

「俺はこないだのあいつ、調子に乗らせない方がいいっつってんの。わざわざシルヴィが使ってたタオルで自分の顔拭く奴なんている? 信じらんえねーよ、変態だよあいつ」

憤慨する若者に、私は今朝読んだジークの返信を思い出した。

最近やたらと私に話しかけてくる人間を、知人と判断するのか、それともこれから友人になる人間と判断したら良いのか分からず、私は素直にジークに報告をしていた。

「何だ。ダーシィも変態だと思うのか?」

「あ、シルヴィオスもあいつが変態だってちゃんと分かってたんだ?」

安心したーっと声を上げる青年に、つい私ではなくて、と漏らしてしまう。途端にダーシィがキュッと眉を上げた。

「誰かに言われた? ダメだよシルヴィオス。あんたそういうの、ちゃんと自分で気付かないと。今度ベタベタされたらキツイ態度でちゃんと抵抗しろよ。そうしないとあの野郎、あんたがまんざらでもないって勘違いしちまう」

「そうか。気を付けるよ」

「そうだよ、気をつけろよな。でも誰が教えてくれたの? ここのメンバー?」

怒っていたかと思うとすぐ笑って、また怒ったかと思うと今度はキョトンとした顔で聞いてくる。年若い友人の素直さが可愛らしい。

「いや、文通をしている友人がいるんだ。その友人が教えてくれた」

「へぇ、いいね文通相手! その友達はアイツの事なんて言ってた?」

「ただの変態だから距離をおけって書いてあった」

「すげー! 近くにいないのに超分かってんじゃんその友達! 俺気が合いそうー!」

嬉しげに声を上げて笑うダーシィに、相手が誰だか分かったらひっくり返りそうだなと思う。けれどその反面、ジークに私が日常で作った友人を紹介してみたいとも思う。

「賢い人なんだ」

「全然知らねーけど、そんな感じする。賢そう。だから俺とも気が合うはず」

笑いながら私は束ね終わった木材達に、そっと小声で詠唱をかける。一斉に木材が浮き上がるが、皆もう慣れたもので、以前と違って誰も注意を払わない。

「シルヴィオスー、それ終わったら俺んとこの瓦礫もちょっと払ってよ。デカイのは運ぶけど、クズまで綺麗に拾うの手間でさ」

「あぁいいぞ。これが終わったら戻ってくる」

「頼むなー」

ダーシィに軽く手を振って、私は目的地へ歩き出す。まずは崩れ落ちた瓦礫を浚い、更地を作らなければ復興自体が始まらない。

私本来の力があれば、瓦礫を全て巻き上げて更地を作る事など容易いだろう。むしろ傷付いていない建物にまで被害を与えないよう気を付けなければならない。

私は目の前に浮かぶ材木の群れを操りながら、気持ちが沈むのを感じていた。

魔王に翼を毟られてから、私の力は一向に戻ってこなかった。

魔王を滅ぼした後、ルーの治療により翼の傷は取り敢えず治ってはいる。しかし長時間飛ぼうとすると、魔王に与えられた裂傷が再び口を開くのだ。

ルーが与えてくれた刺青の術式が、引き裂かれる傷口を糸のように懸命に押し留めてくれてはいるが、それを無視して飛び続ければ、あの日のように私の翼は引き裂かれるだろう。

天使の力が戻って来さえすれば、この絡みつく魔王の残滓を払いのけることができる。

それが分かっていながらも、私の天使としての力は回復の気配を見せなかった。

今はこうやって、運搬に役立てる程度の力しか残っていないのだ。

ジークが魔王討伐のために欲した私の力は、もうどこにも残っていない。

私はきつく唇を噛み締めた。

天使としての私の力が、どこかに置き去りになっている。


ダーシィの元へ戻った時、既に違う作業場へ移ったのだろう。人はもう捌けており、そこには彼に依頼された細かい瓦礫しか残っていなかった。

明るいダーシィと話す事で、この鬱々とした気持ちを振り払いたかったのだが、そう上手くいくものでもないらしい。

気持ちを切り替えて周囲をザッと見回す。何棟も集まった家屋が、一気に崩れた場所だったが、もう随分と片付いたように思う。

撤去作業はその家の持ち主達の生活が垣間見えて、その度皆が辛い気持ちになったものだが、今は新しい未来を感じさせるようになってきた。

私は小さく屈むと、誰にも聞かれないようエノク語を詠唱する。力が衰えたとしても、こうして小さな事でも役立つ事はできるのだ。

エノクの言葉が光の導きとなる。細かな瓦礫たちが淡い光を持ち、微かに宙を浮く。

「よぉ、シルヴィオス」

背後からの影が、屈んだ私を覆うように射す。誰だかはもう分かっていた。最近やたらと私に話しかけてくる人間だった。

ジークとダーシィの忠告が頭によぎる。変態だから距離をとれ。慣れ慣れしくされたら冷たく拒絶しろ。

男はダーシィが言った通り、馴れ馴れしく私の肩に手を回した。屈んでいる私に、男は背後からのし掛かるような体制になる。

反射的に立ち上がったが、それでも肩からの手は外れなかった。

どうしてこんなにも私に構ってくるのかが分からない。不快感も露わに睨みつけるが、男は全く堪えた様子もなさそうだった。

「今晩空いてるか? ダーシィばかりじゃなくて俺とも飲もうぜ?」

顎先をくすぐるようにして触れようとする指先を、私は頭を振って回避する。

「やめろ。君とは飲まない。私に触るな」

「君に、私ねぇ。シルヴィオス、あんた本当に上品だな。なぁ、そんなあんたがアッチの時はどんな感じになるんだ?」

私が男を押しやり、距離を開けてもニヤニヤとした笑いを隠さない。

「これ以上私に構うな」

これ以上聞く価値もない。私は身を翻してその場を立ち去ろうとすると、男の手が次は私の腰を掴んだ。

「あんたがちょっと付き合ってくれたら済む話だろ? 隠すなよ、気になるだろ。どんなに上品ぶった人間だって、アッチのときゃあ、みんな下品になるんだからよぉ」

腰を掴んだ手がそのまま私の内腿を割るように伸びる。首筋から無遠慮に鎖骨まで撫でられた瞬間、私の中の怒りに火がついた。

「いい加減にしろ!」

振り向きざま、飛翔させていた細かい瓦礫を勢いよく男へと飛ばす。

「うわっおい! 冗談で言っただけだろ! やめろよ!」

「なら私に構わず何処かへ失せろ! 二度と私に話しかけるな!」

大した威力も出していないが、石礫を投げられればそれなりに痛い。悲鳴をあげる男に、怒りのまま怒鳴りつける。

久しぶりに感じる怒りにコメカミが疼くようだった。逃げていく男に私は縁切りを願うようにして、これが最後だと瓦礫の礫を投げつける。

「痛っ!」

思わぬ所から聞こえた悲鳴に、頭に上った血がサッと下りるのが分かった。

慌てて周囲を見ると、少し離れた場所で一人の男性が脛を抱えるようにして蹲っていた。

明らかに私が放った礫の巻き添えになった者だった。

「も、申し訳ない! 大丈夫ですか?!」

慌てて駆け寄ると、男性は私を制しながら弱々しい笑みを浮かべた。

「いや、大丈夫。気にしないでほしい。遠目であなたが困ってるように見えたんで、助けがいるかと思って不用意に近付いてしまったんだ。はは、必要もなかったね」

私はますます血の気が引いた。蹲る男性は、一目で身分のある人間だと分かったからだ。

男性は美しく手入れされた長いブラウンの髪を後ろで束ね、秀でた白い額を覗かせている。その日焼けの跡の見受けられない白い肌が、彼が知的階級の人間だと知らせていた。

よくよく見ると、服装も高級そうで、一般市民が着る事も叶わないような素材である。

瞬間的に私はジークの怒声を脳裏で再生していた。

ちがう、わざとじゃない。私だって、嫌な目にあって困ってたんだ。

想像の怒れるジークに震え上がっていると、男性は庶民が階級ある者への粗相に怯えていると受け取ったのだろう。優しげな眉を更に下げて、私に向かって微笑んだ。

「いやどうかそんなに気にしないでおくれ。格好つけようとしたのに出遅れた私が悪かったんだ。そんなに畏まられると、自分の間抜けさが身に滲みてしまうよ」

あえて笑いを誘うように話すその穏やかな口調に、私はようやく安心して息を吐いた。

同じく男性も落ち着いた私にホッとしたようだった。

「やぁ、なんだか恥ずかしいね。もうお互いこの話はやめよう。私もホラ、もう立てる」

立ち上がると、意外と身長がある事に気付いた。細身なのでジークほど高く見えないが、似たような身長かもしれない。

「助けてくれようとしたのに、本当に申し訳ない事をしてしまいました」

「いやいや、もうこの話は。ええと、そうだ」

私がもう一度頭を下げると、男性は恥ずかしそうに微笑み、無理やり話題を変えようと手を打った。

「私は学者なんだけど、あなたの使う術は珍しいね」

「え?」

完全なる不意打ちに、私は固まってしまう。

「学者……」

「うん、とはいえ、道楽のようなものだから恥ずかしいな。私の専門は術式に使われる構造論学なんだけど、君の術はどこの系統のものなんだい?」

「系統……」

もうまるで馬鹿になったように、言われたセリフを繰り返す。

何故謝まったりして足を止めてしまったのだろう。私は自分の不用心を詰るがもう既に後の祭りである。

怪我をさせた時以上に吃る私を、男性は不思議そうに見つめている。

「それは……」

何か言わなければ余計に不振だ。焦りながら言葉を探す。

旅の最中だって天使である事がバレそうになった事くらいある。

ジークが厳重過ぎる程の緘口令を敷きはしたものの、実際に天使としての力を使わざるを得ない場面で、天使だと気付かれた事だってあった。

けれど、その時はそれならそれで構わないと思っていた。

目的は私の正体を隠す事ではなく、私の力を使って魔王討伐に協力する事だったのだから。

けれど今はそうではない。

私はこの秘密を抱えたまま、この地で生きていきたいのだ。

「おっと」

周囲の音に混じって聞こえた馬の蹄の音に、男性はキョロキョロと辺りを見回した。

「いけない。心配をかけているな。馬車酔いをして、そこらを少し歩いてくると言ったんだよ。これはきっと私を探してるなぁ」

ハッとして私は伏せがちだった顔を上げた。

「それではすぐ戻って差し上げないと」

この奇跡的なタイミングを逃したくなくて、すぐさま進言する。男性は驚いたように私を見た。

その顔を見てしまったと思う。先程まで口ごもっていた男が、突然饒舌になれば怪しいだけだ。

「そんなに急いで私に立ち去って欲しいのかい? それはそれでちょっと寂しいな」

警戒心を緩めてしまいそうになる、ちょっと困ったような笑い方は、この男性の癖なのかもしれない。

「名前を教えてくれますか?」

目線を合わすように顔を覗き込まれ、反射的に口を開くが、私の名前をこのまま教えても良いものだろうか。

「シルヴィ……」

けれどここで働いているメンバーに聞けば、すんなり分かってしまう事でもある。判断つきかねて、思わず名乗りが尻すぼみになると、男性は一つ頷いた。

「うん、シルヴィだね。私の事はフランツと呼んで欲しい」

ジークによって切り詰められた私の呼び名をフランツが呼ぶ。

名前を呼ばれるだけで、声を聞き分けられない時でも誰が呼んだのか分かる。ジークだけが呼ぶ私の名前だ。

その時になって、こんな事ならしっかり名前を伝えていれば良かったと後悔した。

「それじゃあ私は行くよ。シルヴィ、機会があれば今度はゆっくり話しをしよう」

寂しい等と言った割にはあっさりと身を翻すフランツに、私は心底安堵しながらその背中を見送った。

次会う機会など、二度とごめんだ。


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