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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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挿話 夢の話 —高貴な客人②—


ジークが若い兵士に案内され姿を消すと、それまでじっとこらえていたのだろう。アーニャがそわそわした声でランディスに問いかけた。

「あの朴念仁の極みみたいなジークに女性のお客さん! ランディス何か知ってる? エスティア伯爵家のヒルダって言ってたわよね!」

「う、うぅ〜〜ん……」

好奇心に爛々と目を輝かせるアーニャに、ランディスは腕を組みながら何と言ったものかと頭を悩ませる。

「この場所を知ってるって事は、この大鷲を伝令に使って連絡を取り合ってたって事? それで今回の襲撃でジークの身を案じてやって来たの? 自分の身の危険も顧みず? それってもう、ただならぬ関係よね! もしかしてもしかして、ひょっとしなくてもジークの恋人?!」

「お、落ち着いてくれよ嬢ちゃん」

アーニャの勢いに押され、さながら小さな犬に尻威嚇され、尾を丸めて怯える大型犬のような有様である。

たった一人の女性に圧倒されて、オロオロとするしかない私とマーカスにルーが笑う。

「他に若い娘がおらぬから、華やかな話題一つできなかったものなぁ。恋の話となるとやはり興味があるんじゃろ」

「そ、そう言うもんなの……?」

マーカスの混乱しきった顔にルーが笑って頷く。彼も意外とこの手の話が好きらしい。

「うむ。まぁしかし、エスティア伯爵家のご令嬢か。儂も大した交流がないので詳しくは知らぬが、ブラウディアン王国では中々の力を持った貴族のはずじゃ」

「え! じゃあ身分違いの恋ってヤツなの?」

「ジークの家は複雑なんだよぉ。俺も宮廷と関わり合いたくねぇから、あんまり詳しく聞きもしねぇし」

「なによ、友だちがいのないやつね」

「ひでぇよぉ嬢ちゃん」

負けっぱなしでベソベソと嘆くランディスを半笑いで見ていると、やり取りに既に飽きてしまったのだろう。マーカスは私の肩に止まるグライフを見ていた。

「かっこいい」

「ん? あぁ、そうだな」

アーニャが年相応に恋の話に惹かれたように、マーカスも今だけは少年そのものの瞳でグライフをしげしげと眺めている。

確かに精悍な鳥である。落ち着きを払った鋭い眼差しと、威厳に満ちた佇まいは鳥類の中の王者のような風格を感じる。

これほど巨大な鳥なのに、大きさに気付かなくなってしまっていたなんて本当の事なのだろうか。

いつでも一緒にいれるよう側に置いておきたくて、わざと気付かないふりをしていただけではないだろうか。

「……そんな可愛らしい性格じゃないか」

ふと浮かんだ想像を一笑に付す。

「ジーク、雛から育てたって言ってたよね。僕も同じようにできるかな」

幸い私の独り言は聞こえていなかったようで、マーカスは憧れに目を煌めかせている。

「どうだろう。雛を育てるのは難しいと聞くけれど……」

どうにもマーカスは以前からジークに憧れを抱いている節がある。

マーカスが勇者として選ばれてから、ジークがマーカスに甘かった事など一刻程もないにも関わらず、何故だかジークを男が憧れるべき存在のように捉えているのだ。

そわそわしながらグライフの側を離れようとしないマーカスに、私は肩を少し傾けてみせた。

「マーカスも肩に乗せてみるか?」

「乗せたい!」

「あ、やだマーカス、爪には気をつけなさいよね」

「うん、大丈夫大丈夫」

アーニャがこちらの動向に気づき、注意するよう声をかける。しかしマーカスは気にもとめず、喜んでこちらに肩を寄せる。

身長を揃えるように身を屈め、グライフをマーカスの肩に移らせようとするが上手くいかない。嫌がるように肩の上で足踏みしてくるので、鋭い脚の爪が何度も刺さる。

「いたた、いて」

「大丈夫シルヴィー? 僕、嫌がられてるかな」

私の肩から動こうとしないグライフに、マーカスが残念そうに声をあげる。

「いや多分、肩の肉が薄くて止まり難いんだよ」

アーニャの質問責めから解放されて、心なしホッとした顔つきでランディスもこちらにやって来る。

マーカスの成長しきっていない肩は、確かに大鷲の爪でたやすく掴めてしまいそうだ。

「ランディス、無茶をしてやるな」

大鷲を両手で掴んで私の肩から持ち上げようとするランディスに、ルーが見かねたように口を挟む。

「あっ」

その時声を出したのは私だったのか、マーカスだったのか。

グライフはその逞しい羽でランディスの手を振り払うと、私の肩からぶわりと舞った。

何の合図もなしにジークの元まで来た大鷲が、迷子になるなどという事はない。

しかし瞬間的に、私は何故かグライフを追いかけなければならないような気がした。

「私が呼び戻して来る」

「気が合う鳥同士だから?」

さっと身を翻してグライフを追う私の背中越しに、ランディスが面白そうに揶揄って来るが、無視をする。

グライフは野営地の頭上を優雅に旋回していた。

その伸びやかな翼の動きに、私の隠された羽が疼く。遠くへは行かず、見える範囲で羽ばたく姿は、まるで散歩に行こうと誘われているような気持ちになる。

これでは鳥同士などと言うジークやランディスに反論できない。

グライフは一度気持ち良さそうに夜空を高々と舞うと、しばらくして数メートル先の離れた場所へと着地した。

「グライフ」

私が側へ近寄ろうとすると、逃げるように数メートル羽ばたき、そしてまた着地する。

逞しい脚が地面を蹴って歩く姿は可愛らしくもあるが、その方向は野営地から離れ出している。

追われるのが嫌なのかと歩みを止めると、グライフも足を止め、私が追って来るのを待っているようでもある。

黄色い瞳が、飛べない雛を飛ばそうと、見本を見せながら見守っているみたいだ。

「グライフ、私は今飛べないんだ」

自分の想像に言い訳をすると、兄貴肌の大鷲は、等々野営地の明かりが暗む場所へと踏み出した。

野営の明かりから離れてしまうと、そこは山の木々に囲まれた暗闇の世界だ。

私もさほど夜目が効くほうではない。慌ててグライフの後を追う。

木の根に躓かないように慎重に歩きながら、歩いたり羽ばたいたりしながら先を行くグライフの姿を見失わないよう気を付ける。

「あなたを心配してはいけないって言うの?」

聞きなれぬ女性の声に、私はハタと歩みを止めた。

「そうじゃない。だが立場を考えてくれ。どういうつもりなんだ、こんな所まで来て。誰に場所を聞いた」

次に聞こえて来た声は聞き慣れたものだった。低く響く、ジークの声だ。

「あなたは敵が多いから。気付いてないだけで、ずっと見張られているわよ。今回の件も、襲撃が始まってすぐ伝令が来たわ。襲撃を退けるのに随分時間がかかったのね。まさか追いつけるとは思ってなかった」

ジークが生きていて安堵しているのだろう。はっきりしていた女性の声が、涙ぐんだ震えるそれに変わる。

「……伝令が、何故お前の元へ報告に行く」

「私の元へ直接来たわけじゃないわ」

ジークの話し相手は今晩の客人なのだろう。

アーニャが想像していたような、恋人同士の再会にしてはいささか甘さが足りない。

確かにお互い見知った者同士の遠慮のなさを感じるが、ジークはどこか一線を引いているようにも感じられた。

「ライカート殿か」

「……実の兄に対して、相変わらず随分他人行儀なのね」

「俺はもう、シグルズの人間じゃないからな」

「そうだったわね。私との約束を破ってまで、あなたは家から出たかったんだものね。だから実の家族に対しても、そうやって一線を引いて他人面してる」

「ヒルダ。あの約束はお前との約束じゃない。親同士が勝手に決めた話だろう」

「でも私はずっとあなたの妻になると思って生きていたのよ! あなたのお兄様じゃなく、あなたの妻になるんだって!」

私の心臓がドキリと跳ねた。

途端、自分が盗み聞きをしている事実に気付いた。

何故2人が3番隊の野営テントを離れ、こんな所で話しているのかと思ったが、確かにこんな話は誰が聞いているか分からない所でするものではない。

グライフを捕まえて、すぐにでも皆の元へ戻りたいと思った。

「ジーク。あなたこそ自分の立場を考えた事があるの? ライカート様はあなたをずっと疑ってる」

「……ライカートが俺を嫌っているのは今に始まった事じゃないだろう。俺が家を出る前から、俺とライカートの関係は最悪だった」

「彼は、あなたが翼を手に入れたと言ってたわ」

「なに?」

ジークの声に怒気が滲む。けれどヒルダ嬢は慣れているのか、構う事なく言葉を続ける。

「あなたが千人隊長を辞退するきっかけになった、空の魔物との戦いの時よ。あなた、数ヶ月姿を消した後、見事に魔物を撃破したわね。その方法を誰にも言わず、国王にしか報告しなかった」

その事件の事は私も知っていた。

何故ならその魔物を倒す手段を得るために、ジークは天空の島へ来たのだから。

「どうして国王にしか告げなかったの? 貴族たちは皆、あの件であなたに不信感を抱いたわ」

そこで私の体は完全に固まってしまった。

ジークやランディスたちが、私が天使である事を人間から隠してくれているのは知っていた。けれどその秘密がここまで重いものになっている等、私は知りもしなかったのだ。

「ライカートは、俺が翼を手に入れたと……?」

ジークの低い問いかけに、ヒルダ嬢は深いため息を吐いた。

「あくまでも比喩よ。あなたが天空の魔物まで倒したから、ライカート様はあなたが空まで制する力を得たのだと思ってるのよ」

「……魔物を倒す事の何が悪い? 魔王を倒さなければ人類に先がない事くらい、分かってるだろう」

暗闇の中で、布が擦れる音がした。そこでようやく、私は彼らが居る場所が正確に見えた。

闇夜でも発行するように白く浮かび上がる肌に、艶やかな長い黒髪を持つ美しい女性だった。

大振りのマントからズボンが覗く。貴族の淑女らしからぬ服装はジークを必死に追う為だろう。

ヒルダ嬢はジークを強く抱きしめていた。

「ジーク、あなたこそどうして分からないの。私たちの世界は一枚岩じゃないのよ。こんな暗黒の世界でさえ、利権を求めて争う者達はいる」

「ライカートは俺を監視して何をしようとしているんだ」

「分からない。ライカート様は私には何もお話して下さらないもの。心を許していないのよ」

「それは違う。ライカートは昔からお前の事を……」

「言わないでちょうだい、そんなこと! あなたは私をお兄様に譲り渡したのよ。あなたの口からそんな言葉、聞きたくない」

グッと強く押し付けられた体に、ジークが怯んだように口を紡ぐ。

「ヒルダ……。何故ここへ来たんだ」

ヒルダ嬢は苦しげにジークを見上げた。その美しいかんばせは、涙でしとどに濡れていた。

「ジーク……、あなたが死んでしまったかもしれないと思ったのよ。不安で怖くてたまらなくて、気付いたらグライフを呼んで、あなたの元へ案内させていた……」

ジークは静かに、濡れた彼女の頬を拭った。

「俺が死ぬ時は今じゃない。ヒルダ、もう戦場にはくるな。例え俺の動向が耳に入ったとしても」

お前の居場所はここじゃない。

拒絶だとしても、それはあまりに優しい声だった。

「ひどい男……」

堪え切れぬ嗚咽が、夜の闇に静かに響く。すがりつくヒルダ嬢を、ジークは何も言わず抱きとめていた。

もはやこれ以上見てはいけない。今更ながらにそう思った。

ここまで追いかけたグライフを置いて行くのは忍びなかったが、それ以上にこの場に留まる事の方が罪に思えて、私は野営地へと身を翻した。

後ろでグライフが私に声をかけるように一声鳴いたが、それでも私は止まらなかった。

「グライフ?」

背後でジークの声が微かに聞こえた。それにも気付かぬふりをして、私はひたすら明かりを求めて足を早めた。





皆の元へ戻って、グライフはどうしたと聞かれても上手く応える自信がなかった。

私は野営地の端で、一人ぼんやりと焚き火を眺める。

頭の中をさっきまでの出来事がグルグルと駆け回っていた。人の秘密を覗き見した罪悪感、ジークが私の為に背負っている重荷。美しいヒルダ嬢の涙。

炎の中に答えがある訳でもないのに、私はじっと揺らめいて踊る炎を見つめた。

ピュイ、と、高音の囀りが聞こえたかと思うと、大きな羽を器用に炎から守りながら、大鷲が私の隣に着地した。

「グライフ」

私が置き去りにしてしまった鳥だ。両手を広げて迎え入れようとした時、真逆の私の隣に誰かが乱暴に腰を下ろした。

「仲良くなったな。鳥同士だからか?」

その声にギクリと背筋を震わす。

広げた私の腕の中に歩み寄ってきたグライフを見ながら、面白げに話しかけてくる。その声には、先ほどまでのヒルダ嬢との会話を引きずるものは何も感じられなかった。

「ジーク……」

「さすがにこんなにすぐ仲良くなるとは思ってなかった。来い、グライフ。シルヴィが気に入ったか」

ジークに呼ばれると、グライフは私の腕などに未練はないとばかりに、すぐさま舞い上がってジークの肩に止まった。

「グライフはな」

しばらくグライフを労わるように優しく首撫でていたジークが、ポツリと呟いた。

「グライフは俺がまだ家を出る前に、巣から落ちて死にかけてた所を拾ったんだ。その時にヒルダも一緒にいて、俺たちはどっちがグライフを育てるかで喧嘩したよ」

ジークは私が近くで聞いていた事に気が付いていた。

しかし咎める事もなく、ただ話を続ける。

「俺はドラフの姓を名乗ってるが、実家はシグルズの姓でな。まぁそこそこ力のある家門だ。俺は幼い頃から間近で見る権力争いに辟易してたし、その頃は特に自分の力を過信していた。だから周囲の反対を押し切って、シグルズ家とは縁を切る形で家を出て、養子先から騎士見習いになったんだ」

ジークの身の上話を聞くのは初めてのことだった。

私たちは魔王討伐の目的で繋がっているだけで、こんな個人的な話をする事など今までになかった事だった。

「ヒルダは幼馴染でな、小さい頃は勝気で男勝りで。加減を知らない俺の無茶な遊びにも、平気な顔をして付いて来ていた」

炎に照らされた、その懐かしそうな顔を私は見つめる。

「ヒルダ嬢が、大切なんだな」

「彼女は、俺にとって姉であり妹でもあった。昔を思い出すと、いつも彼女を一緒に思い出す」

ジークはグライフを腕に移すと、そのまま腕を伸ばして私の肩へと続く橋にする。

「だが、それだけだ」

グライフが躊躇わず私の肩へと移った。

「シルヴィ、何も気にするな。あんたは俺たちに力を貸してくれている。それだけで良いんだ」

ジークが何を言いたくて此処にいるのか。私はその言葉で全てが分かった。

私の秘密を肩代わりした重石を、ジークは私の目に手を伸ばし、塞いで見えないようにしようとしている。

「私が天使だと、告げてしまった方が良いんじゃないのか? そうすれば、私は隠す事なく力を使う事もできるし、ジークも楽になるんじゃないのか?」

ジークの目の中に、一瞬火花が散ったように見えた。

それはジークが抱えた葛藤だったのか、ただ爆ぜた焚き火の欠片が彼の目に映って瞬いただけなのか。

しかしジークはすぐに視線を焚き火に移してしまったので、私はそれ以上を探る事ができない。

「俺にも考えがあってしている事だ。あんたが気にする必要はない。あんたの正体を、余計な奴らに漏らすな」

これ以上有無を言わせない、いや、聞く気がない時のジークの声だった。

「ヒルダと、彼女に着いて来た従者はこのまま暫くは一緒に行動する。だが安全が確認出来ればすぐにでも国に戻す」

気付けば、ジークのテンペストストーンの瞳が間近で私を捉えていた。

「いいか、頼むから迂闊な話をしてくれるなよ」

ジークは目的の為なら手段を選ばない男だ。私はずっとそう思っている。

けれど、ふと、本当にそうなのかと疑問に思った。

炎の揺らめきで色を変えるジークの瞳を見つめながら、彼が抱えている葛藤が何なのか覗けないものかと目をこらす。

ジークの瞳はテンペストストーンだ。青や黄色、たまに赤の差し色が複雑にダークブラウンの瞳の中を泳いでいる。本心を覗かせない、ジークの心そのままのように。

けれど幾らジークの瞳を覗いても、見えるのはジークを見つめる私の姿だけだ。


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