表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
11/27

挿話 夢の話 —高貴な客人①—


なだらかな山地に、簡易なテントを張っただけの、ひどく粗末な野営だった。

兵団員達がそれぞれにテントの前で焚き火をしている。その焚き火の明かりに照らされて、テントの中にいる負傷者達の、もがき苦しんでいるシルエットが幾つも浮かび上がっていた。


ブラウディアン王国を出国した時から行動を共にしてきた兵団が、魔物の群れに奇襲を受け襲われたのはつい先日の事だった。

こちらの行動を完全に予測し切った、計算された襲撃だった。

混乱した隊列を立て直し、ようやく襲撃を切り抜けた頃には、兵団は既に致命的とも言うべき程ボロボロの状態だった。

「そろそろ兵団を離れ、少人数で行動しなければならぬ」

テント前の焚き火を囲むようにして座っていたアーニャ、マーカス、ジーク、ランディス、そして私を、ルーがゆっくりと見回すようにして切り出した。

ルーの顔は暗く、かがり火に照らされても瞳は光を映していない。

その言葉は、襲撃の動揺も被害も収まらぬ中で、兵団の主力メンバーが離脱する意味を持っている。

負傷した兵士だけではなく、兵団全体を見捨てるに等しい行為の提案だった。


マーカスという魔王を破滅させる勇者という存在が見出された事で、人々の心には希望の光が灯った。

その灯火を更に強めんとし、ブラウディアン国王は勇者と数千もの兵士をあえて共にし、魔王討伐の旅路へ送り出す事に決めた。

勇者と屈強な兵士達を見た人民が、魔王の勢力に屈しまいと勇気付けられる事を望んでの事だったのだが……。

「ああ。パフォーマンスもそろそろ終いだ。こんな団体行動、敵方に一網打尽にしてくれと看板を掲げて歩いてるようなもんだ。どこかのタイミングで別行動を取らなければと思っていた」

「そうだなぁ。想像よりも早かったけど、ここまでの襲撃を受けちゃあな。持ち直すのを待ってたら、ますます相手側の思う壺だしな」

国王の指示を間近で受けていたジークとランディスがルーの意見に同意する。

だが淡々と状況を話し合っているようで、表情は共に苦々しい。

「今回の奇襲で、指示系統の役目を担っていた人間の殆どが負傷しちまったな。完全に狙われてた」

「そうだな……。残った者で維持してもらうしかない。後で俺がディランと話す。あいつなら残っている兵士の中で、まだ士官になっていない優秀な人間を知ってるはずだ」

「できると思うか?」

「やってもらうしかない」

そう言いながらも、いつまた追撃を喰らうかも分からない状況で、舵取りのきかなくなった兵団を置いていくのは断腸の思いなのだろう。眉間に拳を当て、ジークはきつく目を閉じた。

「……ジーク、誰を連れて行く?」

「治癒ができる者を一人、置いてゆくか?」

ランディスの問いかけにルーが応えるが、ジークは緩く首を振った。

「駄目だ。シルヴィはここにいると、いつかは天使だとばれる。兵団から切り離した方が、シルヴィの力は使いやすい。アーニャの精霊の力もこれから必要になる」

「わしがここで兵団の面倒を見てやっても良いぞ?」

ルーが容易く言ってのけるが、実際にはひどい重積を担う事になる。

ジークがのろのろと顔を上げた。

「じいさん……」

ルーを見るジークの目が揺れる。彼が迷いを見せるのは珍しい事だったが、それも一瞬だった。

ジークはゆっくりと首を振った。

「駄目だ。あなたには、俺を見ていてほしい」

「……そうか。それは確かに必要じゃな」

ルーは静かに頷いた。

「意外だわ。ジークでも心細いとか思うのね」

アーニャがこっそりとマーカスに耳打ちする。らしくなさを感じたのはマーカスも同じだったのだろう。曖昧に頷いている。

その時の私たちには分からなかった。

ジークの言葉が、「支えてほしい」ではなく、「見張っていてほしい」の意味合いだったのだと。

それを知ったのは、随分と時間が経った後だった。



突如けたたましい馬の嘶きが夜のしじまを破った。

襲撃を受けたばかりで、まだ神経が過敏になったままの兵士たちが、殺気だって立ち上がる。

はっきりした言葉は聞き取れないが、遠くで何やらもめている声がした。

いつまで経っても収まりが付きそうにないそれに、思わず立ち上がりかけた私をジークが制す。

「あんたはここにいろ。俺が様子を見てくる」

大剣は流石に置いたまま、短剣だけを手に取ってジークが立ち上がった時だった。

夜にも関わらず鳥の鳴き声が鋭く聞こえた。

「夜に鳥……?」

アーニャが警戒した声を発した瞬間、生い茂る木々の隙間を音もなくかい潜り、現れたのは2メートル以上ありそうな羽を持つ、巨大な大鷲だった。

ジークの肩に向かって降り立つ鷲に、ジークの隣に座っていたマーカスが思わす声を上げて仰け反りかえる。

「えっえっ?! 何なに、怪鳥?!」

「ジーク! 肩! 大丈夫なの?!」

アーニャが精霊を呼び出す杖を振りかぶるのを、ジークが慌てたように止める。

「待て! 俺の伝令だ! でかいだけのただの鳥だ、落ち着け!」

困惑する私たちを尻目に、ジークの肩にガッシリと止まった大鷲にランディスが事も投げに手を伸ばす。

「グライフ! おー、久しぶり。変わらずでっかいなぁ」

乱暴に見えるような手つきでワシャワシャと首を撫でるランディスを、大鷲は聡明そうな黄色い目で見つめながら、されるがままになっている。

そこで私たちは漸くこの大鷲に敵意がなく、ただジークの伝令である事実を受け入れる事ができた。

「ちょっと、そんなに心臓に悪い伝令なんてある?」

「おいやめろやめろ」

今にも精霊を召喚しそうなアーニャの振り上げられた杖を、ジークが力ずくで無理やり下ろさせる。

「ジーク、お主存外派手な伝令を使っておるんじゃの」

「拾った雛鳥が、気付いたらでかくなってたんだよ。毎日見てると成長度合が麻痺しちまって、伝令に使い出した後に人に指摘されて初めて気付いた」

グライフと呼ばれた大鷲を見るジークは、困ったような顔をしながらも嬉しそうだ。可愛がって育てたのだろう。

「でもどうした。呼んでもないのにお前が来るなんて」

伝令の鳥の足にメッセージを仕込む者などいない。あまりに分かりやすい目標となるからだ。その代わりにジークは鷲の広い翼の中に手を差し込み、仕込まれたメッセージがないかを探る。

皆が興味津々でグライフを覗き込む中、ふと視線を感じて私は振り返った。

そこには存在に気付いてもらえてホッとしたような面持ちの、まだ若い兵士が立っていた。

「す、すみません。お取り込み中に」

タイミングを計っていたのだろう。緊張した様子だが、これを逃すまいと話しかけて来る。

「あの、客人なんです」

「客人? こんなタイミングで?」

襲撃を受け、通常のルートではないこの野営地に、一体誰が訪ねて来られるというのだろう。

私の顔に浮かんだ疑問符を察知し、若者はこの会話を一刻でも早く終わらせたいとばかりに早口で答えた。

「ジーク隊長にご来客なんです。お相手はエスティア伯爵家のご婦人だそうです。御名はヒルダ様との事です」

力強い羽ばたきが背後から聞こえた。大人しかったグライフが、落ち着きなさげに何度も羽を羽ばたかせている。

ジークの顔は、グライフの羽に邪魔されよく見えなかった。

「3番隊の野営テントにご案内しました。ジーク隊長にお会いしに来たと仰られています」

「わかった。すぐに向かう」

口元だけしか見えなかったが、ジークのいつもの落ち着いた声だった。

ジークが勝手にグライフを私の肩に移す。思わずバランスを崩しそうな、ずっしりとした重さだった。

「鳥同士なんだ。気が合うだろ? 悪いが少し面倒を見てやってくれ」

今は隠して見えない羽でも、私は天使であって鳥じゃないんだ。

第三者がいる前では言えない文句を口の中だけで唱え、私はグライフの羽毛に顔を埋めた。

軽口で紛らわされた、ジークの緊張感を感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ