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8.帰国前夜

さすが大国の式典である。

カリーナは圧倒されていた。

広大な講堂は、天井の窓から降り注ぐ光で包まれている。

入り口と祭壇を結ぶ道筋は広く開けられ、その両側に王国騎士団がズラリと整列している。

通常は紺色もしくはグレーの制服だが、今日は式典仕様なのか、皆、白に金色の刺繍の入った制服を身に付けている。

ほどなく、入り口の扉が開いて神官らが姿を表した。

こちらも白に金糸の刺繍のロングガウンを纏っている。

パイプオルガンの音が講堂の天井に鳴り響き、直後、騎士団が一斉に左手を胸に当てる音が聞こえた。

そして、神剣を捧げもった神官長を先頭に、祭壇の前で待つ国王に向かって神官達がゆっくりと進み始めた。

同盟国を招いての式典は初めてのことであると聞いていたが、なるほどこのような大規模な式典を見せられたら、大抵の国は圧倒され、萎縮する。

国力の違いを目の当たりにさせ、服従させ、反乱の芽を摘む狙いか。

なかなかの策士なのだな。

カリーナはガルシア国王の端正な横顔を見ながら目頭が熱くなるのを感じた。

遠い場所へ行ってしまったかつての幼なじみを寂しく思うと同時に誇らしく感じた。

そして、その背後に立つ長身の騎士を見た。

カリーナの前では子犬のようだった男が、今日は凛々しい表情で前を見つめている。


来賓の席は小高い場所に用意されていた。

更に、カリーナと兄が案内されたのは、祭壇の左に立つアルフレッドが良く見える位置だった。

否が応でも目に入る。


しかし、こうやって見ると本当に格好が良い。

カリーナはまじまじと見惚れた。

彫りが深くどこか甘さを含んだ目元と口元。

思慮深そうな深いネイビーブルーの切れ長の瞳、艶やかな黒髪。

長身で細身だが纏う雰囲気から俊敏さがうかがえる。

白い制服もストイックな魅力を引き立て、恐ろしいほど似合っている。


(女性だったら間違いなく傾国の美女だわ)


昨晩の出来事を兄に相談しようかと思ったが、余計に面倒なことになりそうで言い出せずにいた。

この式典が終われば晩餐会が予定されている。

昨日より更に厳重な警備体制がとられているだろうし、騎士団も忙殺されるはずだ。

アルフレッドがカリーナと接触する時間を作るのは難しいだろう。

晩餐会は立食形式ではなく、テーブルが用意されているらしいし、自由に動き回って歓談することはない。

ただ、会場で遭遇する可能性もあるから、とりあえず、うなじを出すのは止めとこう…


カリーナはそっとため息をついた。

普通の令嬢なら、あれだけの人物にアプローチを受けたら一二もなく飛び付くものなのかもしれない。

しかし、今のカリーナには、ガルシア王国の副騎士団長という肩書が重い。

兄は他国に嫁がせるつもりでいるのかもしれないが、正直、王族という身分と一生付き合っていくことに飽きていた。

ミルトのことを調べるため、商人と交流を持つうちに、彼らの自由さと刺激的な生活に憧れを持つようになった。

兄さえ許してくれるなら、王女の称号を返上して商家に嫁ぎたいと考えていたのだ。

ガルシア国王の幸せそうな姿も確認できたことだし、カリーナにはもう何も思い残すことはないはずだった。


「フランツ王子がお前のことを絶賛していたぞ。聡明で博識な王女だと」


兄は、そう言った後、ナプキンで口を拭うと、分厚いステーキにナイフを入れた。


「感じの良い方でしたわね。国の事を懸命に考えておられるようだし、皇太子も優秀だという噂も聞いておりますし、ミネシア国も安泰ですわね」


カリーナは付け合わせの野菜を口に運んだ。

ソースの風味が良い。


「カリーナ、この間あのようなことを言ったが、私はお前に望まない婚姻を押し付けるつもりはない。幼少の頃から苦労をかけたことは申し訳なく思っているし、兄として、出来る限りのことはしてやりたいと思っている」


カリーナは兄を見た。兄はこちらを向いて神妙な顔をしている。


「苦労なんて思ったことはありませんわ。充分好き勝手させてもらってます。お兄様の方がよっぽどたいへんだったでしょうに」


まだ十代だった兄は魑魅魍魎が蠢く王宮で奮闘していた。

その間、私は逃がされ、守られていたのだ。


「まだ幼かったために、なんのお力にもなれず悔しいですわ」

「あの頃、お前が生きてどこかで元気に過ごしていると思うことが救いだったのだ。私も母もな」


カリーナが王宮を去ってから数年後に父の前国王が崩御し、母はカリーナが戻って一年後に亡くなった。

国に戻った日、母と兄はこぞってカリーナを抱き締め、再会を泣いて喜んだ。


「王族だからこそなのかもしれないが、お前にはどこか冷めて諦めたところがある。王女だからといって恋情に溺れることを恐れることはない。私が良い例だ」


王妃は、王宮に侍女として勤めていた下級貴族の令嬢だった。兄が猛アタックの末射止めたのだ。


「姉上を選んだ兄の目は確かでしたわ」


カリーナは明るく聡明な王妃が大好きなのだ。実の妹のように心配し、可愛がってくれている。


「覚えていておいてくれ。私も王妃もお前の幸せを望んでいることをな」


兄はカリーナの手に自らの手を重ねて軽く握り、目尻にシワを寄せて笑いかけると、食事を再開した。


「それにしても分厚い肉だな。さすが大国の食事は違う。滅多に食べれないから堪能しないとな」


王様とは思えない貧乏くさい発言だわ。

カリーナはそんな兄の横顔を見て笑った。

優しい兄だ。

政情が落ち着いてから遅い婚姻をした兄夫婦だったが、それからもなかなか子供が授からず、5年目にしてやっと待望の第一子が誕生するのだ。

内心は早く帰りたいだろう。

カリーナも楽しみだ。

警戒していたアルフレッドからのアクションは何もないようだ。

もしかしたら、帰国後に縁談の打診があるのかもしれないが、それならば、いくらでも断りようがある。

カリーナは晩餐会が終わった後の帰国準備について考えはじめた。

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