7.背後をとられるな
カリーナはアルフレッドに椅子に掛けるように勧めると、自らお茶の用意に取りかかった。
侍女を伴わないカリーナは、すべて自分でやりやすいように、あらかじめお願いして火の魔道具とティーセットを置いてもらっていた。
カリーナは一寸考えてベールを外して傍らに置いた。アルフレッドには素顔をもう見られているし良いだろう。
とたんに背後から息を飲む気配がした。
「どうかした?」
振り返ると、アルフレッドがうつむいており、テーブルの上に置かれた両手を握りしめてふるふる震えている。
「…いや、なんでもない。ちょっとテーブルの脚にぶつけただけ…」
本当に見掛けによらず落ち着きがない。
「そう、足が長いとたいへんね」
軽く嫌みを言って向き直った。
カリーナはティーポットにお湯を注いで暫く蒸らしてから、カップに注いだ。
「私がブレンドしたの。お口に合うかわからないけど…」
アルフレッドは目の前に置かれたカップを手に取って、香りを嗅いだ。
「好きな香りだよ。何だか懐かしい…」
カリーナは少し驚いた。
実は、隠れ里でよく飲んでいたハーブ茶を再現したくて試行錯誤の上でき上がったものなのだ。
原料の入手が不可能だったので、同じものは作れなかったのだが。
「美味しい」
カリーナは素直な感想に嬉しくなって微笑んだ。 仲良くなった記念にあとから少し茶葉を分けてあげよう。
それからとりとめのないお喋りをした。
考えてみれば、木の枝に腰掛けながら話した分も合わせるとかなり長く話していることになる。
今日初めて会った男性とここまで打ち解けるなんて、カリーナにとっても珍しいことだ。
しかし、残念だが国に帰れば二度と会うことはないだろう。
「そろそろお暇するよ。余り長居して貴女におかしな噂がたっても困るので」
アルフレッドは名残惜しそうに立ち上がった。
「お付き合いありがとう。また、見掛けたら声を掛けて頂戴ね」
カリーナは見送ろうとドアの側まで行ったところで、茶葉を渡すことを思い出して戻ろうとした。
すると、背後からアルフレッドの焦った声が聞こえた。
「カリーナ!僕に後ろをみせないで!」
はあ?
振り返ろうとしたとたん、背中に何かがのし掛かった。
一瞬、何が起きたかわからなかったが、誰かに背後から抱き締められていることに気付く。
みぞおちあたりに腕をがっちりまわされている。
「あ、アルフレッド?どうし…」
カリーナは発した声を途中で止めた。
うなじに当たる温かい感触、息遣いを感じたからだ。
(こ、これは…この感じは覚えがある)
うなじの匂いを嗅がれている!
カリーナは混乱した。
ガルシアの王家の血なんだろうか。
うなじの匂いを嗅ぐ性癖は遺伝なのか?
いや、そもそも妙齢の男女がこの体勢ってやばいんじゃないだろうか。
いや、誰かに見られることはないけれど…
いや、それは同時に誰にも咎められないということで、益々まずい…
頭がぐるぐるしてきたところで、アルフレッドがそっと離れた。
カリーナは恐る恐る後ろを振り返った。
「ごめん。我慢できなかった」
カリーナはその言葉を聞いて、顔が一気に紅潮するのがわかった。
「君が首筋を見せるから…」
同じく頬を染める超絶美形。
いや、私悪くないよね!?
一言も発せずただ赤面して立ちつくすカリーナに、アルフレッドは目元を赤く染めたまま、今までになく艶やかな笑みを浮かべて歩み寄った。
そして、思わず後退るカリーナの手を取って、口付けた。
カリーナの身体が小さく跳ねた。
アルフレッドは、カリーナの手を握ったまま、上目遣いで囁いた。
「やっぱり僕は君しかいらない。逃がさないよ、カリーナ」
ネイビーブルーの瞳の奥にちらちら燃える炎が見えた気がして、カリーナは息を飲んだ。
扉が閉まる音でやっと我に返り、カリーナは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「なに、なに、なに、なんなのあれ~?!」
無邪気な子犬だと思ってたのに…!
超絶美形の口説き半端ない。
心臓が疼きすぎて壊れる。
それに、逃がさないって…どういうことだろう。
カリーナはアルフレッドがどういう行動にでるのか全く予想がつかなかった。
しかし、なんといっても彼は副騎士団長であり、王族でもある。
権力を行使できる立場にあるのだ。
国を盾に脅迫するような男には見えないが、冗談で口説くような男でもなさそうだ。
カリーナはとりあえず明日から警戒を怠らないよう心に決めるのであった。




