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6.迷惑なエスコート

カリーナは、このまま部屋に引きこもろうと思っていたが、部屋のテーブルの上に兄からのメッセージが記されたカードを見つけてしまった。


「紹介したい人物があるので、必ず園遊会に戻るように」


……婚活かー。

カリーナはうんざりしながら汚れたベールを椅子に掛けて、ドレスを緩めながらクローゼットに向かった。

カリーナは自ら手早く着替えた。

侍女は連れて来ていない。

あの里での生活で大概の事は1人でできるようになっていたし、使用人も最小限の小国の王宮において身重の王妃の側を手薄にすることも憚られたのだ。

厚みのあるレースのペチコートに淡い黄色のドレスを合わせて裾を整える。

下ろしていた髪を緩く纏めると、ベールを被りドレスと同系色の花飾りのピンで止めた。

少しメイクを直して、鏡の前でくるくる回ってチェックする。

気は進まないが、腐っても王女である。国の代表として恥ずかしい格好は出来ない。

深呼吸して、気合いを入れて扉を開けた。


扉を開けた瞬間、壁に寄りかかっていたアルフレッドの姿が目に入った。

アルフレッドはカリーナを見ると、背筋を伸ばしてまたもや手を差し出してきた。


「もしかして、ずっと待っていたの?」


カリーナは呆れながらもその手を取った。


「当然です。僕は姫のエスコートを仰せつかったのですから」

「貴方のように見目麗しい騎士様と居たら私なんて引き立て役じゃないの」


アルフレッドはキョトンとした顔をしてカリーナを見た。

「まさか、貴女の美しさには誰も敵いません。貴女ほどの方を、園遊会などという野獣の巣窟に1人で行かせるなんて出来る訳がない。私が命を掛けてお守りします」


冗談を言っているようでもないから、アルフレッドは美の基準がどうにかなっているんだろう。

毎日整った自分の顔を鏡で見るうちに少しずつずれていったのかも。

カリーナの見た目は特に目立ちもしないせいぜい十人並みだ。

身内からは「親しみやすい」とは言われるが、誉め言葉かどうかは微妙である。

まあ、公の場ではベールを着けているので素顔は滅多に晒すことはないのだが。

アルフレッドは高官で、しかもまだ独身だという。

利用価値がなく、特に美しくもない小国の王女より、よっぽど人が群がりそうだ。

特にご婦人が。


「わかったわ。兄がどなたかお知り合いを紹介して下さるようなので、兄のところまでエスコートしていただける?」


アルフレッドは頷いた。


「ジスペイン国王といえばたいへんな愛妻家であるときいています。今回の式典にもてっきり奥様を同伴されると思っていました」


愛妻家で有名なのか…。

確かに間違いではないけども、身内としてはもっとこう政策とか外交とかで有名になって欲しいわよね。


「王妃が今臨月なの。初産なので無理はさせられないということで、急遽私が同伴したのよ。兄も心配でたまらないようなので、明日の式典が終わったら翌日朝にはお暇するつもりなの」


アルフレッドはピタリと歩みを止めてしまった。


「明後日には国にお帰りになる…と?」

「そうよ」


他の招待国の来賓は、明後日の夜に行われる舞踏会に出席した後、城下町の祭を見学するなどして5~7日間滞在するようだが、兄もカリーナも早々に帰国するという点では当初から意見が一致していた。

カリーナとて初恋を吹っ切るために来たのであって、失恋した相手の身近にいつまでも居たくはなかった。


「アルフレッド様、どうしたの?」


動こうとしないアルフレッドを見上げると、右手で口を覆って何事か真剣に思案しているようだ。

再度、声を掛けてやっと我に返ったアルフレッドは、愛想笑いをしてから歩みを再開した。


再度訪れた園遊会場は、相変わらず人で賑わっていた。

少し日が傾いて日差しが和らいでいたが、少し前からアルコールの解禁時間になったらしく、熱気のようなものが漂っていた。

カリーナは更にげんなりしながら、兄の姿を探した。

それだから、少しばかり気付くのが遅れたのだ、周囲の視線と声に。


令嬢の黄色い声と、夢見るような視線と同時に探るような視線。

ひそひそ声。

注目しているのは、令嬢だけではなかった。

騎士はこぞって凝視しているし、中には3度見した貴族の男もいた。

カリーナは確信していた。

原因は隣の男だ。

先ほどおそらく、とは思ったけども、これ程注目される人物だとは思ってなかった。

カリーナ達の動きにあわせて、さざ波のように人が声が移動するのだ。

カリーナはいたたまれず、今すぐ腕を離して全速力で去りたい衝動に駆られていた。

隣の男はそれを意に介しもせず、多分カリーナをずっと見つめている。

こめかみの辺りがさっきからジリジリする。

その異様な空気の中で、勇敢にも話し掛ける声があった。


「アルフレッド、カリーナ姫、噂の的は君たちだったのか」


ガルシア国王である。カリーナはもう、内心瀕死状態だ。


「アルフレッド、君が社交場に顔を出すなんて何年ぶりだろうね? 一時期、アルフレッド副団長は、本当は実在しない説が広まっていたのを知ってるかい?」


アルフレッドは、抑揚のない声で答えた。


「人が集まるところは嫌いです」

「まぁ、周りが放っとかないからね、君の場合は…

国王の私より人気があるのは気に入らないけどね」


ガルシア国王は、傍らのカリーナに困ったように笑いかけた。

「カリーナ姫も災難でしたね。この男のエスコートは却って危険ですから」


アルフレッドは、ムッとした顔で言い返した。


「どういった意味でしょうかぁ?! 国王は、私の力を見くびっておられるのか!何人たりとも姫には近づけませんけどぉ?」


ちょっ、声でかい、声でかい。


「そういう意味ではないよ。しかし、そろそろカリーナ姫を解放してあげればどうだ?」


カリーナはコクコクと頷いた。


「……嫌です。だいたい解放ってなんですか?人聞きの悪い」


うわぁ、声が低い。

目も据わってる。

なにより、自国の最高権力者に対してなんという口のききかただ。


「陛下、私は兄を探しているのです。どこかで見掛けられませんでしたか?」


カリーナは不穏な空気を払拭するように、早口で聞いた。


「ああ、ジスペイン王なら、あのガゼボの近くで今ほどお見掛けしたよ」


カリーナは素早く見回してガゼボの位置を確認した。

そして、アルフレッドの腕から手をサッと引き抜くと、人の間をぬって駆け出した。


「ありがとうございましたーっ」


お礼を言いながら振り向きもせずスピードを上げた。

なるべく人にぶつからないように華麗に避けながら進んでいく。

何人かが、驚いた顔をして振り返ったのを目の端にとらえたが、気にせずに走った。

ほどなくガゼボの近くで談笑している兄を見つけたので、走り寄り、その腕を掴んだ。

腕をいきなり掴まれた挙げ句に、見れば、汗だくでゼイゼイ息も荒い妹がぬっと現れたのものだから、ジスペイン王は 「ひっ」と叫んでしまった。

隣にいた青年も明らかに怯えているようだ。


「おに、おに…」

「ど、どうしたカリーナ。鬼にでも襲われたのか!?」

「ち、ちが、み、みず…水下さい…」


青年が、ガゼボのテーブルの上にあったグラスを手渡してくれた。

カリーナはお礼を言った後、一気にごくごく飲み干すと、大きく息を吐いた。


「遅れてすみません、お兄様」

「そ、そんなに、必死になって来なくても良かったんだぞ?」

「いえ、陛下のお言葉は絶対ですから」


青年は、兄妹の顔を交互に見て少し青ざめている。


「そんな言い方はするな。いらぬ誤解を生むだろう」


兄はコホンとわざとらしく咳払いすると、青年にカリーナを紹介した。


「我が妹のカリーナです。見た通りの跳ねっ返りでして、お恥ずかしい。 カリーナ、この方はミネシア国の第二王子のフランツ様だ。ご挨拶なさい」


カリーナは息を整えると、両手でドレスを持ち上げた後、軽く膝を折った。


「カリーナ=オザ=ジスペインでございます。お見苦しいところをお見せいたしました。フランツ様、仲良くしていただけると嬉しいですわ」


ベール越しではあるがニッコリ笑ってみせた。

フランツ王子は緊張が少し解けたらしく、笑顔を見せてくれた。

ウェーブしたブラウンの髪は綺麗にセットされていて、瞳は深い緑だ。

柔和な笑みを浮かべる目に優しいイケメン(?)である。

これまでガルシア王国で出会った男性は、目映くて直視できないくらいの危険レベルだったので、なんだかホッとする。


「ミネシア国の茶葉は大好きです。取り寄せて、毎日飲んでおりますのよ」


しかし、外交の話題はどうしても『物産品』になってしまう『ジスペイン商会姫』である。


「それは、光栄です。我が国の茶葉は余り特徴がないもので、諸外国ではなかなか需要がなくて…」

「あら、特徴がないというより癖がないから他のものと合わせやすいんですわ。例えばプール産のはちみつとか、ゲオバブ産のハーブとブレンドして…」


フランツ王子との会話は弾み、園遊会の終了間際まで共にいることになった。

兄が目論んだであろう色気は皆無だったが、ミネシア国との交易ルートに関して有益な情報を入手した。

これでまた商人達に恩を売れるってものだ…ほくそ笑むカリーナだったが、はたと気付く。


(そういえば、ミルトの情報を探る必要はもうなくなったのだった)


今朝の出来事なのに遠い昔のように感じる。


(何だか色々盛り沢山の1日だったものね…)


そう考えると、どっと疲れが襲ってきた。


(そういえば、あれからアルフレッド様はどうしたかしら。ご令嬢方にもみくちゃにされてないかしら)


綺麗な令嬢らに囲まれてすがりつかれ、迷惑そうな美男子騎士を想像して1人でクスクス笑っていたカリーナの背後から、突然声が降ってきた。


「お部屋までお送りします」


振り返ると、アルフレッドが憮然とした表情をして立っていた。


「あ、あら。アルフレッド様ったら私のことなどもう宜しかったのに」


アルフレッドはムスゥとして答えた。


「そういう訳にはいきません。僕は貴女のエスコート役なので」


カリーナは明らかに拗ねているであろう美男子騎士をじっと見つめた。


「なんですか」


アルフレッドは顔を赤らめて視線を逸らしている。


「ごめんなさい。先ほどの陛下に対する態度と余りにも違うから不思議に思ったの。普段はあんな無愛想なの?」


カリーナは話しながらアルフレッドの腕に掴まった。

使用人達が片付け始めた園庭は、もう人も疎らだ。

もう、人に取り囲まれることはないだろう。


「それと、もう敬語は止めて頂戴。貴方もだいぶ心を許してくれてるようだし」


顔を下からうかがい見ると、アルフレッドは、頷いて口元を綻ばせた。

どうやら機嫌は直ったようだ。


「表情は変えずにいるし、なるべく話さないようにしてる。社交場に限らず、どこからともなく沸いてきて纏わりつくので、なるべく人目につかないようにしてるんだ」


なんという言いぐさだ。

令嬢達をまるで虫のように…まあ、余程鬱陶しかったんだろうな。


「なのに、逆にカリーナは逃げたよね」

「貴方の顔を見て逃げた訳じゃないわよ」

「僕だって好き好んでこんな顔に生まれた訳じゃないのに」

「……その発言は世の中のほとんどの人を敵に回すからやめた方が良いわね」

「…ミネシア国の王子と何の話をしていたの?」


突然話題を変えてきた。

カリーナは説明した。

物産品の話しかしてない。


「多分、兄としては別の目的で紹介したんだろうけど、残念ながらそういった雰囲気にはならなかったわ」


カリーナはあははと笑ったが、アルフレッドは急に黙ってしまった。


「お互い避けて通れない話とは言え、面倒よねぇ」


同意を求めるように隣を見たが、アルフレッドは唇を強く結んで何かを考えこんでいるようだ。

そうして、意を決したように、訊ねた。


「カリーナには婚約者はいないの?」

「いないわよ。というか、最近解消したというか…消滅したというか」


まあ、幼い頃の口約束だから何の効力もなかったのだけど。


「消滅!?婚約が消滅ってどういうこと?」


えらく食い付いてきたな。

説明するのは面倒だから話を逸らそう。


「貴方こそ、その容姿で肩書だったら、引く手あまたでしょうに」


アルフレッドはとたんに苦い表情になって吐き捨てるように言った。


「寧ろそこしか見てない令嬢ばかりだよ。それか、後ろに家の思惑が透けて見えるか」


王族にしろ貴族にしろ婚姻は概ねそういうものだ。

ただ、割り切れない気持ちがあるのはカリーナも同じだ。


「色恋に限らず、貴方の周りにはそんな人ばかりなの?心を開ける人が身近にいないと辛いものよ。少し心配だわ」


アルフレッドは美しい顔を更に輝かせてカリーナを見下ろした。


「貴女がいるよ。こんなに打ち解けて話せるのはカリーナだけだ」


カリーナは言葉に詰まった。


「それはとっても嬉しいけど…私は明後日には帰ってしまうのよ」


アルフレッドは見るからにしゅんと項垂れてしまった。

そうして掛ける言葉を探しているうちに部屋の前まで来てしまった。

隣の部屋の兄はまだ戻っていないようだ。

そういえば園遊会の終盤に、どなたかに呼ばれたらしく、カリーナを一人残して行ってしまったのだ。

カリーナは、アルフレッドに声をかけた。


「良かったらお茶でも飲んでいく?」


アルフレッドは、戸惑いながらも頷いた。

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