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5.美貌の騎士

「不躾に見ないでいただけるかしら」


カリーナは開き直って腰に両手をあてて、真っ向から男の視線を受け止めた。

男ははっとして片手で口を覆うと視線を逸らした。


カリーナの本当の髪色はミルクティブラウンだ。

瞳は琥珀色。

ちなみに隠れ里では髪は黒く染め、瞳も魔道具でブラウンに変えていた。

不思議なことにそれだけのことでかなり印象が変わる。


「そのまま、そちらに10歩進んだところで向こうを向いていただけるかしら。しばらくそのままで、決してこちらを見ないで下さいね」


男は黙ってカリーナの言葉に従った。

存外素直な性格のようだ。

紺色のロングジャケットはガルシア騎士団の高位の制服であったはずだ。

長身の背中はがっちりとしているし、先ほどの身のこなしをみても中々の腕前であるのだろう。

カリーナは男の背中を横目で見ながらドレスをたくしあげると、大木の下枝に足をかけた。


(木登りなんて久しぶり。でも、思った通りなかなかの枝ぶり。登りやすい)


カリーナは太い枝の上で立ち上がると頭上の枝に引っ掛っていたベールを回収した。

ふと下を見ると律儀に向こうを向いて立っている男のつむじが見えた。


無防備だなぁ。怪しい女の言うことに易々と従うなんて、騎士としてどうなんだろう?というか、やり過ぎたよね、私、完全に。


カリーナはこの後どうしよう、と我にかえって考え始めたが、我慢しきれずに振り返った男の視線に捉えられ、思考は中断された。

男は目を見開いてこちらを見ている。


(そりゃそうよね。驚くわよね。妙齢の令嬢がすることじゃないわよね。しかも私ってば王女だし)


しかし、カリーナは妙にこの男に親近感を感じていた。

胡散臭いところはあるが、どこか心根の素直さが透けて見える。

高い位にありながら、園遊会をサボって木登りしていたくらいだから気が合いそうだ。


「貴方もこちらにお座りにならない?」


男はカリーナの誘いに一瞬ポカンとしたあと、嬉しそうに笑った。

その笑顔がとても可愛らしかったのでカリーナも釣られて笑ってしまった。



大木の枝に並んで腰かける異国の姫と大国の騎士などそうそう拝める光景ではないだろうなぁ。

と思いながら、改めて隣の男を観察した。

良い歳をして落ち着きなく足をぶらぶらさせている。


「先ほどは酷いことをしてしまってごめんなさい。そのスカーフ弁償するわ」


男はカリーナに顔を向けた。


「気にしないで。貴女の方がドレスもベールも汚れてしまったのだし。僕が無理にマリカの実を勧めたせいで…」


まあ、色々追及したいことはあるけど、カリーナも大人げなかったのだ。


「その制服は、王国の騎士団の方だとお見受けしますけど、合ってますかしら?」


男は右手を胸に当てて頭を下げた。


「王国騎士団副団長を務めておりますアルフレッド=ドガ=バイオレットです。お見知りおき下さい、姫君」


枝に腰掛けながら失礼します、とアルフレッドは照れ臭そうに笑った。


「私はカリーナ=オザ=ジスペインです。よろしくバイオレット様。お若いのにあの有名なガルシア騎士団の副団長だなんて優秀なんですのね」

「いえ…僕の場合、直系ではないのですが、王族の血縁なので実力で任命された訳ではないんです」


ああ、だから国王に似てると思ったのか。

しかし、ガルシア王国の騎士団の強さは各国周知の事実だ。

同盟国になり、ガルシアの後ろ楯を得れば他国の侵略に怯えることはない。

魔道師と屈強な騎士で構成された騎士団が派遣されれば、瞬く間に敵国を退けられるからだ。

いくら王族の血縁者だからとはいえ、精鋭揃いの騎士団において実力の無い人物を要職に据える訳がない。


「貴方が謙虚な方だということはわかりましたわ」


カリーナが微笑むと、アルフレッドは困ったように頭を掻いた。


アルフレッドは思った通り役職に似合わず飾らない男だった。

知識も豊富で話題に事欠かない上に聞き上手で、カリーナはすっかり警戒心を解いて話し込んでしまった。


「さすがにもう戻らなくちゃ駄目よね。兄が探しているかも」


カリーナは地面を見下ろした。

アルフレッドは先ほどここから跳び降りたようだけれど、カリーナには無理そうだ。

枝を伝って降りるしかない。


「姫、よろしければお手をお貸し下さいますか?」


隣を見ると、アルフレッドが手を差し出している。


「お気遣いなく。バイオレット様。自力で降りてみせますわ」

「僕のことはアルフレッドとお呼びください、カリーナ姫」


アルフレッドは、そう言うとカリーナの手を取って、ぐいと引っ張った。

カリーナはバランスを崩してアルフレッドの胸に飛び込む形になった。

文句を言おうと顔を上げたところ、至近距離に超絶美形が見下ろしていて息を飲んだ。


「そのまま掴まっていてください」


アルフレッドは、カリーナを抱き締めると何事かを唱えた。

直後、身体が浮遊する感覚に包まれ、気付けばアルフレッドに抱き抱えられたままゆっくりと地上に下降していた。


足が地に着いても、暫く驚きで身体が動かない。


「い、今のは?!もしかして魔術ですか?」


まだ胸がどきどきしている。


「ええ。実は風の魔術が少し」


また謙遜している。どうせかなりの使い手なのだろう。

と、いうことは…


「先ほど私のベールを飛ばしたのも貴方の仕業なのね!」


アルフレッドは少しの間沈黙した後、白状した。


「すみません。どうしても貴女の顔が見たくなって」


しゅんとした声に、カリーナは怒る気も失せてしまった。

まあ、いいだろう。お陰で楽しい時間を過ごせたのだ。数刻前の苦い思いも忘れるくらい。


…それにしても、いつまでアルフレッドはこのままでいるつもりだろう。


「あの…それはそうと、もう大丈夫ですから、そろそろ離していただけるかしら」


アルフレッドからは返事がない。

それどころか抱き締める腕の力が強くなったような気がする。

身体が密着してアルフレッドの鼓動が耳に聞こえてきた。

胸元からの柑橘系の良い匂いを嗅いでしまい、カリーナは自分の頬が紅潮するのがわかった。


「アルフレッド様!離して下さい!」


アルフレッドはようやく腕の力を緩めて、カリーナの二の腕をそっと掴んで身体を離した。


「すみません。離れがたくって」


長身の美貌の青年が、目の前で頬を染めてうつむいていた。

カリーナは呆気にとられてアルフレッドを見上げた。大の大人が子供のように項垂れている。


「もう、良いですわ」


カリーナは苦笑いするとアルフレッドに手を差し出した。


「考えてみれば、ドレスを着替えないといけませんでしたわ。部屋まで案内してくださいません?」


アルフレッドは、顔を上げて目を輝かせた。

カリーナの手をそっととって、自身の腕に掴まらせると嬉しそうに笑った。


(子犬みたい。)


図体のでかい美貌の子犬なんて。


(へんなのに懐かれちゃったなぁ)


カリーナは少しくすぐったい気分だった。

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