最終話 白い花の流星群
最終話です。ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。
マリカの花が甘い匂いを放っている。
カリーナは、渡されたブーケに顔を近づけてその香りを吸い込んだ。
初夏の夜風がベールを揺らし、沿道に並ぶ参列客らが掲げるランプの炎もチラチラと靡いた。
白いレンガの道は、この先にある教会に続いている。
カリーナは顔を上げた。
丘の上に立つ白い教会の背景には、今夜も満天の星空が広がっている。
手を引いて先導してくれるのは、侍女長だ。
そして、教会には愛しい婚約者が待っている。
優しい声援の中、カリーナはゆっくり歩いていく。
そして、あの日、ガルシア国からジスペインに帰国した時の事を思い出していた。
最後のゲートをくぐった頃には日が落ちかけていた。
カリーナはアルフレッドにしがみついた。
高速移動は、周囲の景色が目まぐるしく過ぎ去るので、視覚から疲労すると説明され、カリーナはずっと目を閉じていた。
本日何度目かの体が浮遊する感覚に襲われたことで、カリーナは旅の終わりを知った。
目を開けると、アルフレッドの肩越しに見慣れたジスペインの神殿が見えた。
「カリーナ!ミルト君!」
背後から声を掛けられて振り向くと、ジュード叔父が満面の笑みで立っていた。
その隣には、一足先に着いていたバートン改めレイモンドがいる。隠れ里のメンバーが揃ったことになる。
「ジュード様、お久しぶりです」
アルフレッドがカリーナを支えながら挨拶すると、ジュードが手を広げて駆け寄ってきた。
「大きくなったなぁ!それに何て男前なんだ。予想以上の成長ぶりだな、コイツめ!」
アルフレッドをカリーナごと抱き締めた。
「おじさま、苦しい…」
カリーナが抗議するが、ジュードはぎゅうぎゅう抱き締めて離さない。
「カリーナ!」
兄の声が聞こえた。
側で微笑む王妃が抱えているおくるみが目に入ったカリーナは、ジュードの腕を振り外して駆け寄った。
おくるみにくるまれて、すやすや眠る小さな幼子を見て、小さく感嘆の声を上げた。
「なんて可愛いの…」
目を潤ませて王妃を見上げた。
「お義姉さま、お疲れ様。たいへんだったでしょう?お身体は大丈夫なの?」
王妃は、にっこり笑い小声で返す。
「全然平気よ。もしかしたら、カリーナの婚約者も来ると聞いていてもたってもいられなかったわ!ねぇ、すっごく素敵な人ね」
カリーナは、隣の兄を仰いだ。
「本当に、あの難攻不落と名高い副団長を連れて帰るとはな。カール陛下から聞いた時はまさかと思ったが…」
ニヤリと笑う。
「でかした。妹よ」
カリーナは何と言って良いかわからず、口ごもった。
兄は、アルフレッドに歩み寄った。
アルフレッドが気付いて、左手を胸に当てて低頭した。
「ジスペイン王陛下、この度の妹君に対する強引な行為、お詫び申し上げます」
「破天荒な王女だが、私の唯一の兄妹だ。企みに乗るのは正直言って躊躇したが…まあ、手ぶらで帰って来なくて良かったと言うべきか」
アルフレッドは、視線を上げて兄を真っ直ぐ見つめた。
カリーナもその側に走り寄った。
「陛下、カリーナ王女との婚姻をお許しいただけないでしょうか。必ずお守り致します。何より、私はカリーナ王女以外の伴侶など考えられないのです」
カリーナは、アルフレッドに寄り添って、兄を見上げた。ジュードとレイモンドもその様子を見守っている。
兄は、大きく息を吐くと告げた。
「…いいだろう」
アルフレッドが頭を下げた。
ジュードが「やったー!宴だ~!」と叫びながら、レイモンドに抱きついた、レイモンドは嫌そうにしながらも、こちらを見て微笑んでいる。
王妃も皇太子を揺らしながら笑っている。
「お転婆で気の強い奴だが、よろしく頼むよ。引き受けてくれて感謝する」
兄の言葉にムッとしたカリーナの肩をアルフレッドが抱き寄せた。
「そういう所も全部含めて大好きなんです。お任せください」
兄は、一瞬虚をつかれた表情を浮かべた後、またニヤニヤ笑った。
「さすがカリーナ商会だな、こんな優良物件を掴むとは」
「アルフレッドは非売品!誰にもあげないから!」
カリーナがぎゅっとアルフレッドに掴まると、アルフレッドが嬉しそうに抱き返して、顔を寄せてきた。
さすがに人前で恥ずかしくなったカリーナが赤面しながらいつも通りぎゅうぎゅう押し返した。
その後、婚姻の日取りは翌年の初夏に決まった。
遠距離にある2国間に於いて、異例のスピードで準備が整ったのは、レイモンドが開いた魔方陣のゲートのお陰だ。
加えて、レイモンドが用意してくれた魔道石盤があったので、アルフレッドとも毎日連絡を取り合う事が出来た。
うっかり“会いたい”と石盤に書いたら、石盤を辿ってアルフレッドが魔道移動して現れたこともあった。
不法侵入である上に、カリーナの自室に二人で居る所を見られるとかなり不味いので、何とか宥めて帰らせたが、懲りずにアルフレッドは、その後もこっそり何度か訪れた。
朝起きたら、騎士服のまま隣に寝ていた事もあった。
(あの時は焦ったなぁ…)
カリーナは思い出して苦笑いする。
そんなこんなで、離れている間もさほど寂しさを感じなくて済んだ。
気付けば、目前に教会の白い扉があった。
両側に立っていた白い制服を纏った騎士が扉を開けて頭を垂れる。
紫色の絨毯が真っ直ぐと、祭壇に伸びている。
祭壇の手前には、白い衣装を纏った長身の婚約者が立ってこちらを見ていた。
いつも下ろしている前髪をオールバックにして美しい美貌を余すこと無く晒している。
両脇から両国の王族と要人らが見守る中、ゆっくり歩を進める内に、緊張が増してきた。
アルフレッドの元にたどり着けば、婚姻の儀式が始まる。
カリーナはその手順を今一度頭の中でおさらいする。
やがて、白い手袋に包まれた大きな手がカリーナの手を取った。見上げると、見慣れたネイビーブルーの瞳があった。
2人の正面に立つのは、白地に金の刺繍が施されたローブを纏った神官長だ。
カリーナは、アルフレッドにもう片方の手を差し出し、2人は向かい合って両手を繋いだ。
既に2回唱えている誓いの言葉だが、人前では初めてだ。
2人の声が重なって教会の高い天井に反響する。
詠唱が終わっても暫し見つめ合う。
いよいよアルフレッドの伴侶となるのだという実感が沸き上がり、カリーナの胸を高鳴らせた。
その時、間近で、この場にまるでそぐわない言葉が聞こえた。
「こうなると思っていたよ」
繋いだ手から、アルフレッドの緊張が伝わる。
カリーナは、声の聞こえた方向に首を向けた。
そこには、白い髭を蓄えた神官長が経典を開いて立っていた。
「10年前の星の元での誓いは見事に果たされた訳だな。実に感動的だ」
アルフレッドが殺気を隠しもせず睨んで問いかけた。
「貴様は誰だ…!」
「シーッ静かに。式を台無しにしたくないだろう?」
神官長は、経典で口許を隠して、祝詞を読んでいるかのようにカモフラージュした。
「君たちの婚姻の知らせを聞いてね、いても立ってもいられなくなって飛んできたんだ」
私達2人のことを知っている人物など限られる。
アルフレッドは目を見開いて、呟いた。
「貴方はまさか…」
「ミルト君、良く流星群の観測日を予想できたな、見事だ。あれは、圧巻だったな!200年に一度の奇跡だ!」
カリーナはその正体を確信した。
「村長だ!」
老人はウインクしてカリーナを見た。
「正解だ。村の皆から是非祝福してくれと頼まれてね」
そして、ニッコリ笑って指を鳴らした。
ほどなく、視界を何か白いものが通りすぎて、カリーナは確かめるべく上を見上げた。
すると、星空が覗くステンドグラスの高い天井から無数の白いものがゆっくり落ちてきた。
アルフレッドが空中でそれを掴み、掌を開いて呟いた。
「これは…マリカの花?」
「花の流星群だ!我村からのお祝いの品だ。受け取ってくれたまえ!」
振り向くと偽神官長の姿は消えていた。
戸惑う神官達。
来賓達も突然の珍事にざわめいている。
カリーナは、アルフレッドと顔を見合わせて笑った。
アルフレッドがカリーナの肩を抱いて、上を見上げる。
「せっかくだから、花の流星群を堪能するとしよう」
カリーナもアルフレッドの腰に手を伸ばして身体を寄せた。
白い小さな花が、くるくる回りながらゆっくり落ちてくる。
それは、幻想的で幸せな光景だった。
幸せの欠片が花に形を変えて、降り注いでいるかのような。
客席に、床に、白い花が降り積もり、花の絨毯が出来ていく。
甘い香りが漂う。
アルフレッドの手が、項に回されたのに気付き、カリーナが隣を見る。
ネイビーブルーの瞳が徐々に近付き、カリーナは瞳を閉じた。
柔らかく唇を食む感触に、愛しい思いが込み上げ、カリーナはアルフレッドの首に抱きついた。
角度を変えて繰り返される優しい口づけは止まらない。
降り注ぐ花の中で抱き合う、仲睦まじい若い2人の様子を来賓達が微笑ましく見つめている。
愛に縛られて生きる事を不自由と言うならそれでも構わない。
でも、私は、愛という翼を得て、もっと遠く羽ばたけるのだ。
そう、貴方となら何処までも駆けていける。無数の星達が輝く空を抜け、きっと、宇宙の彼方まで。
読んで下さった方々に、心より感謝。
※2人の甘々の新婚生活を描いたスピンオフ作品を、ムーンライトでいずれ投稿予定です。




