24.果たされる約束
無数の星が白い光を放ち天空から流れていた。
空の一点から放射状に降り注ぐ幾つもの光の軌跡が夜の空を埋めつくし、青草の茂る丘を明るく照らす。
圧巻の光景の中にいて、音はまるで聞こえない、光が音をも吸い込んでしまったかのような静寂だ。
カリーナは、アルフレッドの腕に掴まって
ただひたすらに、空をみつめた。
皆、奇跡のようなこの星空に気付いているのだろうか。
ガルシアの王宮や城下町でも大騒ぎだろう。
故郷のジスペインではどうだろう。
もしかしたら、アルフレッドとカリーナの2人がいる、この場所だけで起きている現象なのかもしれない。
そう考えてしまうほど、幻想的で現実味のない空間だった。
次々に流れ落ちるのは、箒星の塵だと説明してくれたのは、天体マニアだと自ら称していた隠れ里の村長だ。
村長も見ているだろうか、だとしたら、きっと狂喜乱舞しているに違いない。
繋いだ手に力が込められ、隣に立つアルフレッドが口を開いた。
「君とこれを見たかったんだ。…まさか、これほどの規模になるなんて予想外だったけど」
カリーナは、隣に立つ男を見上げた。
流星の光に照された美しい横顔は、夢見るような瞳で夜空に魅入っている。
カリーナは涙が込み上げてきた。
「10年前は見逃したものね」
アルフレッドが目を見開いてカリーナを見下ろした。
カリーナは視線を空に向けて、手を握り返す。
「約束したものね」
アルフレッドはしばらく沈黙した後、小さな声で問いかけた。
「覚えていたの?」
カリーナの目から涙が溢れた。
「忘れたことなんてなかった」
アルフレッドに目を合わせて、嗚咽を堪えながら絞り出した。
「ミルト、ごめんなさい」
力強い腕が、カリーナを抱き締めた。
涙が紺色の騎士服を湿らせる。
「何故謝るの」
「だって、貴方を突き放したわ」
「君は制約に従っただけだ」
「でも、貴方を傷つけた」
アルフレッドは腕を緩めると、ポケットから大判のチーフを取り出して草の上に敷き、カリーナを座らせ、自分は隣に腰を下ろした。
「確かに、あの時はショックだったよ。それまでも僕はずっと疎まれて利用されてきたから。大好きだった君にまで拒絶された気がして」
カリーナは、顔を覆って泣きじゃくった。
止めようにも止まらない。
アルフレッドは、そんなカリーナの肩を抱き寄せて、頭を擦り付けた。
「忘れようと思ったんだ。しばらくは思い出すのも辛かった。…でも、いつしか君と過ごしたあの時間は、僕の支えになってた」
辛い気持ちを振り切るように、がむしゃらに鍛練を重ねて騎士副団長に就任した頃には、政権も安定し、余裕も出てきた。
「君の事を思い出すことが増えたんだ。正直言って、もう二度と会えないと諦めていたけど、こっそり持ち帰ったマリカの種を改良したり、隠れ里に似せた庭園を作ったり、天文台を作ろうとしたのも、その頃からで…未練がましいと思いつつも、やっぱり、僕にとって大切な思い出だったから、風化させたくなかったんだと思う」
ようやく落ち着いてきたカリーナは、鼻をすすりながら、訊ねた。
「私がジスペインの王女だと知っていたの?」
アルフレッドは、今度は胸ポケットから白いハンカチを取り出してカリーナの涙を拭う。
「何となくは…。でも、詳しく調べることはしなかったんだ。少し…恐くて。君がすでに誰かと婚姻していたらと思うと。覚悟はしていたけど」
「私はかなり調べたわ。間違えたけど」
アルフレッドは、カリーナを見た。
「探してくれてたの?!」
「うん。でも、カール陛下だと勘違いしてた。昨年、王妃と婚姻されたから、今回はきっぱり諦めるために、お兄様に頼んでガルシアに来たの」
アルフレッドは、あー、と声を上げて天を仰いだ。
「カール陛下と僕は双子だしね。あの頃の僕は、髪色と瞳の色を似せていたから。婚約が消滅したっていうのはそういう意味だったのか」
カリーナは、レイモンドから粗方の話を聞いたことを打ち明けた。
「貴方と一緒に居る内に、もしかして、と思い始めたの。レイモンドに会って確信したわ」
アルフレッドにはレイモンドに会ったことを隠しておくようにお願いしてあったのだ。
「僕は、君がマリカの実をひねり潰した時に確信したけどね」
「…あれは、申し訳なかったわ」
アルフレッドは声を上げて笑った。
「僕は嬉しかったよ。いても立ってもいられなくて、ベールを飛ばした」
「まさか、ミルトが魔術を使えたなんて…あの頃は全く気付かなかった」
「重要機密事項だったからね。使うのは家の中だけに限られてた」
どれだけそうやって話していただろう。
空の流星群もどうやらピークを過ぎたようで、広場に徐々に暗闇が戻りつつある。
話が途切れたタイミングで、アルフレッドは、カリーナの手を取って両手で握りしめた。
視線を合わせて真剣に見つめている。
ネイビーブルーの瞳が星明かりを反射して輝く。
まるで宇宙のように深い。
「カリーナ、隠れ里で誓った時の事を覚えている?」
カリーナは頷いた。
「僕は面倒な事情を抱える立場だ。君に不自由な思いをさせるかもしれない」
カリーナは、もう片方の手をアルフレッドの手に重ねた。
「猫かぶりなら得意よ。せっかく身に付けた特技だもの、思いっきり行使してやるわ!」
アルフレッドは、重なる手に額を付けた。
「僕は君に何も与えることが出来ないかもしれない」
カリーナは、息を吸い込んだ。
「ねえ、アルフレッド、私、欲しいものは、自分で掴むと決めたの。でもね、こればっかりは一人じゃ出来ないのよね」
アルフレッドは顔を上げた。
「私ね、貴方と一緒にこの先もたくさん思い出を作りたい。協力してくれない?」
カリーナは、かなり勇気をふり絞ったのだが、なんだかムードもへったくれもない言い方になってしまった。
圧倒的に経験不足なのよね…と密かに落ち込む。
アルフレッドは、目をしばたいてカリーナをじっと見つめた。
カリーナは、恥ずかしくなって視線を反らした。
「なんか、ごめんね、可愛くない言い方で。あの、つまり、ずっと一緒にいて欲しいの。他は何もいらない」
アルフレッドは破顔した。
そして、カリーナをぎゅっと抱き締めた。
「やっぱり君は最高だよ!大好きだ!」
カリーナはぎゅうぎゅう締め付けられたまま、顔を真っ赤に蒸気させた。
アルフレッドは、カリーナの両腕を掴むと立ち上がらせ、再び手を握る。
「カリーナ、僕も君と一緒に生きたい。この先もずっと。ねえ、あの時に誓った言葉を覚えている?」
カリーナは頷く。一言一句漏らさず覚えている。
「もう一度、星に誓おう。カレンとミルトじゃなくて、カリーナとアルフレッドとして」
流星がちらちらと流れる星空の下、両手を繋いで向き合った。まるで、あの日に戻ったかのようだ。
あれから離れ離れになり、大人ぶって過ごした日々を経て、奇跡のようにまた出会った。
もう二度と、この手を離さない。
重なった声が空に響く。
「今、星のもとに誓います。私達2人は一生共にあることを」
数多の星達が証人だ。
2回も誓ったのだから、破ることなど許されない。
それは、心地よい制約だ。
アルフレッドの顔が近く。カリーナは瞳を閉じた。
柔らかい感触が唇に触れた。
その熱を感じて心が震える。
角度を変えて繰り返される口付けと、抱き締める腕の強さに、蕩けるような心地で身を任せた。
マルコが主人公のスピンオフを執筆中です。(ムーンライトノベルで公開予定)




