23.星読
部屋のドアがノックされた。
カリーナは、逸る気持ちを抑えて、椅子から立ち上がった。
鏡の前で最終チェックをする。
今日は、刺繍やレースをあしらった白いドレスにピンクベージュのボレロを合わせ、髪は片側を編み込んで、昨夜届いた青紫色の花を飾った。
ドアを開けると、アルフレッドが緊張した面持ちで立っていた。
切れ長の瞳がカリーナを捉えると、ふと緩み、いつものように甘さを湛える。
カリーナは、今更ながら目前の美貌の騎士に見惚れる。
抱きつきたい衝動に駆られたが、我慢をした。
アルフレッドがカリーナの手を取って、その甲に口付けた。
「今夜、共に過ごせる機会を与えていただいたことに感謝します」
じっと見つめるネイビーブルーの視線に、少し照れくさくなり、カリーナはアルフレッドの腕に手を滑らせた。
「それで、何処に連れて行ってくれるの?」
アルフレッドは人差し指を唇に当てて片目を瞑る。
「それは秘密だ。着くまでのお楽しみだよ」
そんな気障な仕草もバッチリ決まるのは流石である。カリーナは胸の高鳴りを抑えるように、唇を噛んだ。
用意されていた馬車にカリーナを乗せ、アルフレッドも乗り込んで向かいに座った。
城下町と反対側の門を抜け、馬車は森の中を走り出した。
空は夜の戸張が落ち始めている。
夕焼けのオレンジ色に濃紺が混ざりあい、陽の光に照らされた雲はピンクや紫に染まっている。
「ガルシアに来てから一度も雨が降っていないわよね。この季節は雨が少ないの?」
窓の外から視線を戻して、カリーナが尋ねると、アルフレッドが答える。
「そうでもないよ。あと数日したら雨季に入る。間に合って良かった」
カリーナは小首を傾げて考える。
空が晴れていないと駄目なことなのね。
「魔道移動も雨天だと精度が落ちるからね。明日は晴れるようだし、きっと順調に行くだろう」
あれから、アルフレッドとレイモンドが魔道移動のルートを完璧に仕上げてくれたようだ。
新しくゲートを開く必要がある箇所、数ヶ所に夜通し魔方陣を刻んで来たと聞いて驚いた。
「アルフレッド体調は大丈夫なの?騎士団の業務もあったんでしょ?」
「ちゃんと仮眠したよ。回復魔術もかけてもらったしね。それに…」
アルフレッドは、続けた。
「浮かれてるんだ。今夜の事でいっぱいで、疲れなど感じないくらい」
カリーナは、微笑んだ。
「ふふ。そうなんだ。私もおんなじよ。すごーく楽しみだったわ」
アルフレッドは、膝に置かれていたカリーナの手を握って自らの額に当てて息を吐いた。
「もう、本当に止めてカリーナ。可愛すぎて困る。馬車の中だから抱きしめられないのが辛い…」
カリーナは大人しくしていることにした。
溢れ出そうになる気持ちを抑えているのはお互い同じだとわかって嬉しくなる。
馬車が止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
アルフレッドに手を預けて馬車を降りたカリーナは、辺りを見回した。
すっかり陽は落ち闇に包まれている中で、馬車のランプに照らされてかろうじて見えるのは、鬱蒼とした木々のみ、聞こえるのは虫の音のみだ。
アルフレッドは、ランプを右手に掲げている、その左腕に掴まりながら、カリーナは目を凝らす。
やがて道は石畳の階段に差し掛かった。
アルフレッドがカリーナの足元に気を配りながらゆっくりと登ってくれる。
登りきった場所からも石畳は前方に続いている。
その突き当たりにうっすら建物が見えた。
アルフレッドがランプを下に置き、指を鳴らすと建物の中に灯が点った。
オレンジ色の光で内側から照らされ、その全貌が明らかになる。
円筒の白いレンガ造りの胴体には、小さな小窓が幾つか並んでいる。
奇妙なのはその屋根だ。
半球形の帽子のような形をしている。光を反射しているところをみると、どうやら素材は金属のようだ。
「変わった形ね。何のためのものなの?」
興味津々で尋ねるカリーナに微笑んでアルフレッドが説明をする。
「もともとは、‘’星読み‘’に使われていた教会施設の1つだったんだけど、改造して天文台になってるんだ」
「星を観測できるの?!」
「始祖と共に空から降ってきたと言われる石があってね、それに波長を合わせて魔術と魔道石を組み立てて観測機を完成させたんだよ」
何だか良くわからないけど凄い。
カリーナは暗闇に柔らかい光を放つ天文台を見上げながら近く。
アルフレッドが白い壁に手を翳すと壁が四角くくり貫かれて入口が現れた。
オレンジ色に照らされた丸い部屋の真ん中には、銀色の巨大な筒状の物体があり、周りを魔方陣と魔道石が其々の軌道を描いて回っている。
そして、その先は空に向かっていた。
外から見た時は気付かなかったが、屋根の中央が丸く切り取られて夜空が見える。
カリーナは初めて見る不思議な空間に見惚れた。
「望遠鏡だよ。ずっと未完成のままだったんだけどね。何とか仕上げた」
カリーナは後ろに立つアルフレッドを振り返った。
「もしかしてあの3日間はこのために?」
アルフレッドは、照れ臭そうに人差し指を鼻の下に当てた。
「まあね…。本当は、これで一緒に星を観測しようと思ってたんだけど…」
アルフレッドが再び指を鳴らすと、天文台の灯りが消えた。アルフレッドは、持ってきたランプを足元に置いた。
「どうやら今夜はその必要は無さそうなんだ」
アルフレッドがカリーナの傍に来て上を向くように促した。
望遠鏡越しに満天の星空が見える。
木々で鬱蒼としていた道中では気付かなかったが、星明かりが明るく降り注いでいる。
その時、光が斜めに横切った。
「流れ星!」
カリーナが声を上げると、それが合図になったかのように、2つ3つ星が光って流れた。隣で短く息を吸い込む音が聞こえたかと思うと、カリーナはいきなり手を握られて引っ張っぱられた。
「おいで!」
アルフレッドは入ってきた方向の対角にある壁に手をかざし、出口を出現させると外へ飛び出した。
カリーナも必死でそれについていく。
どうやら茨のトンネルの中を進んでいるようだが、ぐいぐい引っ張られるので、詳しく周りを見る余裕もない。
ひたすらアルフレッドの背中を見て走った。
やがて、トンネルの出口らしきものが見えた次の瞬間、前を走るアルフレッドをとりまく光景に息を飲んだ。




