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2.南の国の王女

「お初にお目にかかります。カリーナ=オザ=ジスペインでございます。本日はお招きありがとうございます」


右手を胸に当て、左手でドレスを摘まんで軽く腰を落とす。

ジスペインの衣装であるレースのベール越しに微笑んだ。

ガルシア王国の作法は付け焼き刃ながら叩き込んできた。


「后妃が身重なものですから、今回のお招きには妹を同行いたしました。どうか、お見知りおき下さい」


隣で兄のジスペイン国王がガルシア国王と握手を交わしている。


「噂に違わぬ美姫であらせられる。ジスペインの伝統的な装いも却って神秘的な美しさを引き立てるようですね」


まだ若い美貌の王はアメジストの瞳を細めて微笑んだ。

傍らに柔らかに微笑む美しい王妃が寄り添う。


「勿体ないお言葉でございます。そのような噂があるなら風で舞い上がらないようにベールをしっかり抑えておきますわ。皆さまのご期待を裏切ってしまうと申し訳ないですから」


ガルシア王は少し目を見開くと愉快そうに笑った。


「お美しい上に聡明な方のようだ。聞けばカリーナ姫はまだ婚約者がいらっしゃらないとか?この機会に我が国の独身者とおおいに交流していただきたいものです」


カリーナは謙遜し、あいまいに微笑んだ。

カリーナは兄と歓談を続けるガルシア王をベール越しにまじまじと観察した。

顔立ちも似ているし、髪の色も瞳の色も一緒だ。

やはり、この方がそうなのだろうか。

カリーナはそっとため息をついた。

ついに、長く引きずった初恋を清算して、次に進むことができるのだ。


かつてカレンと呼ばれていた少女の真の名前はカリーナ=オザ=ジスペイン。

南の小国ジスペイン国の王女であった。

父親であるジスペイン16世が病に倒れ病床についてから、次期国王の座を巡って王弟派と王太子派が対立、争いが激化した。

まだ幼かった王女の身を案じた王妃の手によって「隠れ里」に叔父のマーブル公爵と共に避難させられていたのである。

いずれ政情が落ち着けば戻る予定だったのだが、予想より長く混乱は続き、結局8年間あの村で過ごすこととなった。

すっかり野生児となって帰国したカリーナは、王女教育を一からやり直す羽目になり、うって変わった窮屈な生活に慣れず、村に戻りたいと泣いて暴れるやら脱走するやらで周囲を困らせた。

それから5年、なんとか王族の気品を身に付けた王女は19歳という微妙なお年頃になっていた。

そして、先日兄のジスペイン17世より最終通達を受けた。


「嫁に行くか、巫女として一生神殿に入るか選べ」

「えぇぇ…」

「えぇーじゃない。王女としてはとっくに婚期を逃してるんだぞ。言っておくけど国内の貴族の中にはもうお前の結婚相手はいないからな!」


基本的に妹には甘い兄だったが、いつまでたっても嫁ごうとしないカリーナには、いつからか良からぬ噂が囁かれるようになっていた。

噂の出所は予想がついたし、なんの根拠もないくだらないものだったので、カリーナはさほど気にしてはいなかったが、宰相や大臣からも忠告された兄はさすがに心配になったようだ。

小国の王女とはいえ、その婚姻には政治的な思惑や制約が少なからず絡むもの。

いずれは他国に嫁ぐことも覚悟はしていたが、なかなか踏み切れなかったのには理由がある。


「隠れ里」での仮初めの婚約者の存在だ。

彼は、不確かな未来に怯えていた幼いカリーナの支えであった。

常に側にあり、明るく純粋に彼女を慕ってくれたミルト。

偽りの姿に上手く立ち回れず、無口で無表情になりがちなカリーナを唯一笑顔にしてくれた。

つまり、初恋を忘れられなかったのだ。


カリーナは帰国後、こっそりとミルトのことを調べていた。

しかし、それは予想通り難航した。

「隠れ里」はその名の通り、要人が一定期間だけ隠れ住むことのできる場所である。

その存在を知るのは相当な身分のもののみに限られる。

村にいる間は、身分も名前も偽ること、村から出たら決して情報は漏らさぬことを約束させられる。

村に入るには、大金を支払わねばならないが、元より地図無くして村までたどり着ける者など不可能に近い辺境にあり、万が一侵入者があっても村人達によって徹底的に排除される。

そうやって長く成り立ってきた村なのである。

ミルトに関しては、高貴な身分であるということとおおよその年齢しか分からない上に、カリーナのように髪や瞳の色を薬品や魔術で変えている可能性もあるため、外見の情報も役に立たない。

そもそも、「隠れ里」に関する調査自体がタブーなのだ。


カリーナは積極的に他国を行き来する商人に会って話をした。

幾つもの国を渡り歩く商人は各国の内情にも精通している。

しかし、彼らにとっては情報も商品のひとつであるから、重要なことを聞き出すには一筋縄ではいかない。

そうして交渉力と独自の人脈を意図せず身に付けたカリーナは、『ジスペイン商会姫』などと色気のない渾名をつけられ、ジスペインの交易におおいに貢献し、それをやっかんだ貴族の一部から噂を立てられることになるのである。

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