19.知りたい思い
翌朝、侍女長から、アルフレッドから数日護衛が出来ないという伝言を告げられた。
どこかへ出掛ける際には、ノーラかキースを護衛につける、とのことだった。
カリーナは考えた。
まさか、もう二度とアルフレッドはカリーナと会わないつもりなのだろうか。
だとしたら、何が理由なのだろう。
あの日のマルコとの会話がそうさせたのだろうか。
元々、アルフレッドによって、無理やり滞在させられている身だ。
負い目があるのはガルシアの方。
国王に申し出れば直ぐにでも帰国は叶うだろう。
でも、カリーナはそうするつもりはなかった。
(散々振り回しておいて、今更突き放すなんて良い度胸じゃないの)
昨晩のマルコの発言から生まれた疑問と、今朝のアルフレッドから距離を置かれた事実により、カリーナの導火線に火が付いた。
カリーナは、侍女長にガルシア国王への謁見を申し出た。
生誕祭の終了と共に来賓のほとんどは帰国する。
帰国前に国王との会談を望む声が殺到しているため、国王は多忙を極めているらしく、カリーナの謁見が叶うのは翌日の午後だと後程伝えられた。
結局、その日は出掛ける気になれず、終日部屋で過ごした。
夜、カリーナの部屋に花束が届けられた。
アルフレッドからだ。
カリーナの瞳の色と同じオレンジ色の花弁に銀葉の可愛い花だ。
「メルベの花です。花言葉は、『離れても君を想う』です。バイオレット殿自らご用意されたようです。想われていらっしゃいますわね、カリーナ殿下」
花を用意する余裕があるなら、少しでも顔を見せれば良いのに…
カリーナの拗ねた様子を見て、侍女長があらあらという表情で笑ったので、カリーナは、少し恥ずかしくなって俯いた。
翌日の午後、カリーナが案内されて執務室に入ると、机に向かって書類にサインをしていた若きガルシア国王はペンを止めて顔をあげた。
カリーナにソファーに座るように促すと、自らも向かいの席に移動した。
「私に話があるとのことだが、何か不都合な事でもあったかな?」
カリーナは背筋を伸ばしてニッコリ笑った。
「いいえ。皆さんに良くしていただいておりますし、色々な体験が出来て毎日楽しく過ごしております。すっかりガルシア王国が好きになりましたわ」
「それは良かった」
国王は目尻にシワを寄せて微笑んだ。
そして、一瞬視線を落とすと、うかがうように聞いた。
「アルフレッドは上手くやっているだろうか?あやつは優秀な男だが、女性の機微には疎くてね。貴女に失礼なことをしでかしていないかな?」
カリーナは僅かに違和感を感じた。
遠縁の部下に対する心配としては、いささか過剰な気がする。
やはり、国王にとってアルフレッドはかなり近しい存在なのだと確信する。
「まあ、多少過保護なところはありますが、バイオレット殿はたいへんお優しい方ですわ。あれだけ素敵な方が何故今までお一人だったのか不思議です」
「まあ…少し拗らせているからね。正直、私も、あいつは一生独身を貫くと思っていたくらいで…しかし…」
国王はカリーナをじっと見つめた。
懐かしい色の瞳だ。
ああ、やはり、似ている。
「貴女に対しては違う。実は、あいつが私に頼みごとをする事自体珍しいので、どうしても力になってやりたくてね。強引な手を使ってしまい申し訳なかった」
詫びる国王にカリーナは慌てた。
「謝罪など結構です。本国では行き遅れの姫扱いの私にとっては、一時の気紛れだとしても、光栄なことですから」
国王は暫し黙った後、目を伏せた。
「あいつの貴女に対する想いは、決して気紛れなどではないでしょう。…あいつには幼き頃から苦労をかけた。私が国王に即位するために多くの犠牲を強いてしまった」
国王は再び顔を上げた。
「私はアルフレッドの幸せを心より願っています。長く感情を押し込めてきた奴だからこそ、出来るだけ気持ちに添ってやりたい。勿論、貴女に無理を強いる気はないが…」
カリーナは、胸を打たれた。
似たような言葉を、つい先日カリーナも兄から告げられたからだ。
そう、私とアルフレッドは似ているのだ。
きっと、その生い立ちが。
「バイオレット殿は辺境のご出身だとお聞きしておりますが、陛下とは幼き頃から親しくされていらっしゃったのですか?」
カリーナの質問に、国王はため息をつくとソファーに背をもたれた。
「色々お話ししたいのは山々だが、私はアルフレッドから口止めされている」
カリーナは唇を噛んだ。
しかし、簡単に諦められないカリーナは食い下がった。
「想いを寄せていただいていることはたいへん光栄です。だからこそ、私もバイオレット殿の事がもっと知りたいと思いました。けど、ここ数日はお忙しいようでお会い出来ないのです。私もいつまでもこちらにお世話になる訳にはいきませんし」
そう、義姉が産気付いたのがあの場の嘘だったのだとしても、臨月であることには違いない。
近いうちに王太子か王女が誕生するだろう。
国を上げての誕生式典には、王女として参加せざるを得ない。
国王は、眉間を摘まんでしばらく考え込んでいたが、意を決したように口を開いた。
「私以上にアルフレッドを良く知る者がもう1人いる。会ってみるかい?」
カリーナは勢い良く頷いた。
「但し、簡単には会えない。私ですら門前払いをくらうこともある」
「気難しい方なのですか?」
国王は苦笑した。
「まあ、変わり者だね。まず、部屋に入るまでがたいへんなんだよ。……でも、カリーナ姫は大丈夫じゃないかな?」
部屋に戻ると、フランツ王子とマルコからメッセージが届いていた。
2人共明後日にガルシア王国を出立するらしく、その前に一緒にディナーを、とのお誘いだった。
カリーナは、快諾のメッセージを侍女長に預けると、ドレスを選ぶためにクローゼットを開けた。
明日は忙しくなりそうだ。
浮き足立つ気持ちを落ち着けて、ハンガーに掛けられたドレスを眺めたが、中々思考が定まらない。
小鳥の囀ずる声に、ふと、窓辺に顔を向けると、花瓶に生けられたオレンジ色の花が目に入った。
昨晩アルフレッドから贈られた花だ。
そうだ。明日はあの花を髪に飾ろう。
カリーナは花に合うドレスを選ぶために、
クローゼットを忙しく探り始めた。
その日の夜に再び花束が届いた。
黄色の星形の小振りな花に紺色のリボンが結んである。
「レモネの花です。花言葉は『約束』『誓い』ですね。ロミスター教の聖誕祭では、国民はコサージュや髪飾りにして身に付けるんですよ」
カリーナは花束を手にとって眺める。
近付けると、ほんのりと甘い香りがした。
先日から、カリーナにはうっすらと考えていることがある。
まるでそれを後押しするようなメッセージだ。
まだ形にはならないが、おそらく明日にははっきりするだろう。
その時、自分はどうするのだろう?
カリーナは深呼吸をして、陽が落ちた窓の外を眺めた。
紺色の空に星が瞬いている。
そうか、この花束は星空だ。
あの、夜空のようなネイビーブルーの瞳は今、何を映しているのだろう。
カリーナは切ない気持ちをもて余していた。




