17.愛情と対価
「どうしたって君は目立ってしまうようだね」
貴賓室のバルコニーで、ランチを取りながら、アルフレッドは苦笑した。
「有名人の貴方と一緒に行動するからじゃない?」
ジスペインは主だった特徴のない南の小さな国だ。
魔石の媒体となる石をガルシアに輸出していることから同盟国に加えてもらっているが、他国にとってはたいした旨味もない。
外交も盛んではないので、王族は滅多に表舞台には姿を表さない。
つまり、珍獣のようなもので物珍しいだけなんだろう、とカリーナは思う。
「昨日、君が助けた女性が、娘と一緒に君を訪ねて城に来たらしい」
「そうなの?」
アルフレッドは、困ったように笑う。
「君の勇姿に偉く感動していてね、祭の最終日の特別イベントに是非参加してほしいと言ってきた」
「特別イベント?」
アルフレッドは笑いを堪えながら答えた。
「ポポの実の的当てコンテストの開催が急遽決まったらしい。君にオープニングエキシビションに出場して欲しいそうだ」
「映えある第一回ポポの実的当て大会のゲストは、この方!リーナ=ペイン魔道騎士殿です!美しく勇敢な女性騎士に大きな拍手を!」
司会の声に周囲から歓声と拍手が沸き起こった。
カリーナは、笑顔で両手を振りながら駆け足で司会の隣へ向かった。
司会の背後に仁王立ちになって周囲に睨みをきかせて1人不穏な空気を醸し出す男、アルフレッドである。
前方に的が見える。
この大会のために急いで町の建具屋が作ったらしい。
簡易的な人形に少し間抜けな悪魔の顔が描かれている。
これが8体、間隔をとってランダムに配置され、ポポの実を当てて倒すのだ。
1人8個のポポの実が配られ、倒した的の数を競う。
「早速、名人に腕をご披露いただきましょう!」
カリーナに与えられたポポの実は3個。
エキシビションの役割はこの後の大会を盛り上げるに他ならない。
カリーナは散らばった的の配置を把握し、狙いを定めた。
「3投全部命中!見事でした!」
昨日、カリーナに助けを請うた娘が両手を胸の前で握り締め、目をキラキラさせてカリーナを見上げている。
「昨日はありがとうございました。是非直接お礼を申し上げたかったんです」
隣の母親が頭を下げる。
「いえ、感謝してもらうことなどないのです。未熟な判断で逆に危険にさらしてしまったと上司に叱られてしまった位なので」
ちらと背後のアルフレッドをうかがった。
「まあ!リーナさんを怒らないでくださいな!身を呈して助けて下さったんですから。それに、屋根から華麗に飛び降りた様はもう!そこらの男の方では比にならないほどのかっこよさでした」
母親は頬を染めてうっとりしている。
娘は隣で私も見たかったなぁと口をとがらせている。
カリーナは照れ笑いをした。
アルフレッドがボソッと
「それはぼくも見たかったけど」
と呟いた。
「それは、私も拝見したかったですね」
アルフレッドの呟きの後に続いて聞こえてきた声にカリーナは固まった。
「まさか、こんなところでそのような姿の貴女にお会いできるとは」
艶のある美声の持ち主は、更に続けた。
「思った以上に大胆な方なのですね。琥珀姫は。益々興味深い」
カリーナは無視して親子と会話を続ける事にした。
「何をおっしゃっておられるのかわかりませんが、人違いでしょう。この者は私の部下です」
アルフレッドが抑揚のない声で否定する声が聞こえてくる。
頑張れ。
「私は一度お会いした女性を見間違うことはないのだけどなぁ。特技でしてね」
「随分不埒な特技ですな」
「社交術ですよ、副団長殿。ところで、少し貴方の部下殿をお借りしても宜しいでしょうか」
「許可し兼ねます。この後任務がありますので」
さすがに不穏な空気を察知して、目の前の親子が心配そうにカリーナを見てきた。
「えーと、私は一旦任務に戻ります。表彰式に優勝商品の授与を依頼されていますので、また後で」
親子は名残惜しそうに振り返りながら去って行く、カリーナはそれに手を振って見送ると、覚悟を決めて後ろを向いた。
美貌の騎士と紳士が睨みあっている。
その様子を周囲で若い娘らがきゃあきゃあ言いながら頬を染めて見つめていた。
「場所を変えましょう。ここでは注目を浴びてしまいます」
急遽用意してもらった騎士団御用達レストランの個室で、3人がテーブルを囲んでいる。
ジスペイン王女とガルシア王国騎士団副団長、そして、プール帝国の外交大臣という豪華な顔触れだ。
緊張感が漂う空気の中、カリーナの正面座っているマルコが目を細めて魅惑的に笑いかけた。
「カリーナ姫のお顔を拝見出来て光栄です。たいへんお可愛らしい」
隣に座るアルフレッドのこめかみに青筋がたつのを目の端に捉えた。
カリーナはなるべく事を荒立てないよう、淡々と言葉を返した。
「お世辞は結構ですわ。女性の私より貴殿方の方がよほどお美しいではないですか。女性達の視線が釘付けでしたわよ」
「へぇ、全く気になりませんでした。私は貴女しか見ていなかったので」
アルフレッドが舌打ちして呟く。
「…気障な男だ」
カリーナはマルコの発言を無視して話を続ける事にした。
この居心地の悪い場所からさっさと退散したい。
「お気付きだと思いますが、今日はお忍びで祭に参加しておりますの。バイオレット殿に無理を言って連れ出してもらったんです。ですから、マルコ殿が見聞きした事は内密にお願いしますね」
マルコは、ニッコリ笑う。
「承知しました。だけど、条件があります」
カリーナはうんざりした。
この男がすんなり「うん」と言うはずはないと思っていた。
あの場に居たことさえ偶然ではないかもしれない。
アルフレッドは憮然と言い放つ。
「無粋なお方ですね。王女の楽しい時間に水を差すおつもりか」
マルコはアルフレッドに一切視線を向けず、カリーナだけを見つめる。
「水を差したと思うかどうかはカリーナ姫に判断していただければ良いでしょう。カリーナ姫、これから暫くのお時間をご一緒出来ませんか?」
「許可できません」
「貴方にカリーナ姫の行動を決める権利がお有りなんですか?」
「国王よりエスコート役を任命されております。カリーナ姫に何かあったらどう責任をとられるおつもりか」
「貴方ほどではないかもしれないが、私とて軍の出身ですから、姫をお守りすることは出来ます。仮にも王国騎士団の目下であるガルシアの城下町で何が起ころうというのです?」
再び火花を散らす美形2人。
こうなるともうカリーナはそっちのけである。
「そもそも貴方の行動はエスコート役を逸している。あのように囲い込む必要があるのだろうか。カリーナ姫は、もっと他の来賓とも交流を深めるべきだ」
「お預かりしている大切なお方ですので、おかしな虫がつかないようにお守りしているだけですが?」
「青いですな。バイオレット殿」
マルコは顎をあげ、笑みを浮かべてアルフレッドを挑発的に見た。
「大事に真綿に包んで、恋情の檻に閉じ込めては、小鳥は輝けない」
アルフレッドは拳を握ってマルコを睨んでいる。
「鳥は自由に空を羽ばたくもの。その根城となる愛もあることを知るべきですね。貴方は姫に何を与えられるのです?」
アルフレッドは、絞り出すようにマルコに問いかけた。
「貴方は姫が望むものを与えられるというのか」
マルコは自信ありげに微笑む。
「ええ。そう確信しています」
見てられない。
「もう、お止めください」
カリーナの静止の言葉にマルコはこちらを向いたが、アルフレッドは真正面を睨んだままである。
「マルコ殿、城外での行動は控えましょう。来賓としてガルシア王国にご迷惑をお掛けしてはならないので、ここは弁えるべきでしょう。今夜のディナーを共に取らせていただいても?」
「お誘いいただけて光栄です。カリーナ姫の仰せのままに」
マルコはカリーナの手を取ると口付けた。
アルフレッドはピクと反応したが、制止はしない。
「それでは夕刻、侍従に迎えに行かせます。楽しみにしています姫」
マルコは颯爽と部屋を去り、黙り込むアルフレッドと2人残された。
カリーナは、恐る恐るアルフレッドに声を掛ける。
「噂通りの食えないお方だったわね」
アルフレッドは言葉を発さず、いきなり立ち上がった。
「悪いけど、今日はこれで失礼するよ。この後の護衛は他の者に頼んでおく。呼んでくるのでここで待っていて」
カリーナは唖然として部屋を出ていくアルフレッドを見送った。




