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16.誘惑

翌日、カリーナは再びノーラに付き添われて展望台に向かっていた。

町の生誕祭を見物するのだ。


「カリーナ殿下の勇姿を是非ともこの眼で見たかったです。もう、騎士団本部では昨日からその話で持ちきりで!」


興奮して語りかけるノーラに、カリーナは乾いた笑いで答えた。


「私はバイオレット閣下にこってり絞られたけど」


結局、カリーナにポポの実をぶつけられた男がたんこぶをこさえた以外には怪我人も出なかったし、国王の鶴の一声で、事件は誰もお咎め無しで終了した。

魔道騎士長官も一役買ってくれたんです、とノーラがこそっと囁いた。

そういえば、その事をアルフレッドに聞かず仕舞いだ。

何しろ昨日はあれからディナーの直前まで説教されていたのだ。

向こう見ずな振る舞いを諌められるのは致し方ないが、カリーナのお転婆はすでにアルフレッドだって知っているはずなのに、人前では駄目だとか、高いところに登るのは自分が側にいる時じゃないと許可しないとか……お母さんか。

カリーナは昨晩のことを思いだし、目をすがめた。

階段を上りきり、差し込む明るい日射しに手を翳す。

展望台には既に来賓の姿があった。

手摺から眺めたり、用意されたテーブルで軽食を摘まみながら話している。


「副団長も後程いらっしゃいますよ。昼食を殿下とご一緒したいとのことです」


機嫌が直ってればよいけどなー。


ノーラは、カリーナをテーブルに案内しながら周囲にも目を配る。今日は展望台の警備が担当らしい。


「カリーナ姫!」


呼び止められてそちらを見ると、フランツ王子が手摺に近いテーブル席からこちらに手を上げていた。

隣にもう一人若い男が腰かけている。


「ご挨拶してくるわ。ノーラは職務に就いて頂戴」

「承知しました。何かあればお呼び下さい」



「プール国の外交大臣のマルコ=ヴォクシーです」


少し垂れ気味の瞳の下には泣き黒子が2つ並んでいる。

レッドブラウンの髪は緩やかにカールされていて、流石ガルシア王国に次ぐ大国の大臣、洗練された身なりに、大人の色気を漂わせた美男子だ。


「カリーナ姫からプール産の蜂蜜の話を聞いたものだから、早速交渉させていただいたのです」


その隣で緑の目を輝かせて話すフランツ王子。

この方は見るからに善良だなぁ、癒されるなぁ。


「それは宜しかったですわ」


カリーナはベール越しに微笑んだ。

マルコは、興味津々というふうにカリーナを見つめている。少々居心地が悪い。


「何か?」


マルコは身を乗り出してベールの奥を覗き込むように話し出した。


「先日の舞踏会でお見掛けしてから、カリーナ姫と是非お話ししたかったんです!私に限らず、来賓の独身者はすべてそう思っているに違いありません」


カリーナはマルコから距離を取ると、ため息をついた。


「淑女にあるまじき行動でしたわ。つい、調子に乗ってしまいました。お忘れ下さい」


マルコとフランツ王子は、慌てて、いや、あれは素晴らしいダンスだった、見惚れたと褒めそやした。


「それだけではありません。フランツ王子からお聞きしましたが、カリーナ姫は流通に関して広く知見を得ておられるようだ」


カリーナは謙遜する。

それに関しては、目的が不純だから胸を張れる事ではないと思っている。


「ジスペインは、流通の中継点に位置していますので。情報が得やすいだけですわ」

「確かに両隣に港があるし、ジスペインを経由しないと内陸部には行けませんからね」


マルコはうんうんと頷いた。


「それでも、フランツ王子から聞く限り、貴女の知識量は驚異的だし、アイデアもお持ちだ。それを惜しみ無く他国に与える姿勢も私は評価したい」


フランツ王子も頷いている。


「趣味なんです。好きでやっていることなので。単なる小国の王女の暇潰しですわ」


マルコはテーブルの上にあったカリーナの手を取った。

カリーナは驚いて、マルコを見た。

フランツ王子もそのいきなりの行動にギョッとしている。


「カリーナ姫、私は国に帰ったら皇帝に貴女との縁談を願い出るつもりです」

「はあ?」


カリーナは唖然としてマルコを見つめた。


「私は外交大臣です。正直、貴女のその知識が是非とも欲しい。勿論、それだけではありません。先日の妖精のように可憐なダンス!更に今日お話しして貴女の奥ゆかしい人柄に触れ、思いを強くしました」


マルコはカリーナの手を引き寄せて、口付けを落とした。


「貴女はたいへん魅力的な女性だ」


上目遣いで良い声で囁かれ、カリーナは思わず赤面した。

何故か隣のフランツ王子もマルコの色気に当てられ、真っ赤になっている。


「貴女をエスコートしていた騎士の存在も気になりますが、負けはしません」


カリーナは熱烈なアプローチに為す術がなく狼狽えた。


「えーと…買いかぶり過ぎだと思いますわ。私、自国では引き取り手が無いので神殿に入れと言われる始末で……」


何故こんな場所で恥をさらさないといけないのか…


「そんな!勿体ない」


マルコはカリーナの手を両手で握りしめ、完全に及び腰になっているカリーナに身体を寄せてくる。


(ひぃぃー)


人目がある中で、あからさまに邪険に扱う訳にもいかず、カリーナは背中に汗をかいていた。


「私なら貴女を退屈させませんよ。色々な場所にお連れできる。貴女と共にあれば私の未来はきっと満ち足りたものになるでしょう」


カリーナはふと考えた。

マルコの申し出はカリーナの商人に嫁ぐという望みに近い。大国の大臣と繋がりが持てれば、ジスペインとしても利になる。

確かにそうなのだが…


「南の国の可愛らしい琥珀姫。是非、私との未来を考えて下さい」




「すみません。カリーナ姫、マルコ殿がまさかあのような思惑を持っておられたとは気付きませんでした」


マルコが侍従に呼ばれて去った後、フランツ王子は申し訳なさそうに眉を下げた。


「フランツ王子が気に病まれる必要はございませんわ。まあ、ちょっとびっくりしましたけど」


カリーナは片手で火照った顔を扇ぎながらテーブルの果実水を一口飲んだ。

喉がからからだ。

フランツ王子は少し赤面してうつむきがちに打ち明けた。


「僕も良い縁談を見付けるように、せっつかれているのですが、あの方のように積極的にはなれなくて」

「フランツ王子はその誠実で正直なところが良いのです。それは誰でも持てるものではないと思いますわ。焦らずともきっと素敵なお相手が現れます」


行き遅れの自分が言っても説得力はないかもしれないが、心よりそう思う。

腹芸ばかり身に付けて小賢しいのが当たり前の王族、貴族の中において、心の真っ直ぐさを失わないフランツ王子は、きっとその優しい見かけによらず強いのだ。


「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると勇気がでます。カリーナ姫はやっぱりお優しい方ですね」


フランツ王子ははにかんで笑ったあと、心配そうにカリーナを見た。


「マルコ殿はあの若さで大臣に任命されるだけあって、他国でもその交渉術が高く評価されている方です。加えてあの容姿なので女性の扱いにも長けているようで、そちらの方面での噂も良く耳にします」


カリーナはマルコの所作を思い返す。確かに手慣れた風だった。


「何を仕掛けてくるかわかりません。貴女のエスコート役の騎士にも、お伝えした方がよろしいと思いますよ」




展望台にはノーラを始め、数人の騎士が警備にあたっていたのだから、アルフレッドにはカリーナが説明するまでもなく筒抜けだった。

フランツ王子と別れた後、手摺のそばで祭りに沸く城下町を見下ろしているところ、背後から近付いてきたアルフレッドにいきなり腰を引き寄せられた。


「あ、あら、アルフレッド。早かったのね」


別に疚しいことはないのだが、何故か狼狽える自分がいる。


「プール国の大臣に何を言われたの?」


片手で腰を抱かれ、手を絡められる。

当然、身体は密着する。


「ねえ、近いってば。皆見てるでしょ」


カリーナが小声で抗議すれば、アルフレッドは無表情で言葉を返した。


「わざと見せつけてる。でないと煩いハエが寄ってくる。君が1人になるのを狙っている輩があちこちにいるようだからね」


カリーナは、マルコも同じような事を言っていたことを思い出した。


「珍しいだけよ。同盟国の来賓の中に未婚の王女なんてほとんどいないし、私は同伴者もいないから声が掛けやすいんでしょ」


アルフレッドは目を伏せた。


「そうだね。僕のせいだ。引き留めたくせに守りきれてない」


とたんにしゅんとした子犬のようになったアルフレッドを繋がれた手で引っ張って、カリーナはずんずん歩き出した。


「もう!いちいち落ち込まないの!私はそんなに柔じゃないし、誰にでもホイホイ付いていくほど警戒心のない人間じゃないんだから!」

「そうかなぁ」


アルフレッドは引っ張られるまま疑わしげにカリーナを見ている。

カリーナはムッとして繋いだ手を振り離した。


「信用しないんならいいわよ!もう、一緒にランチは食べないからね!」


アルフレッドは慌てて離れた手を掴んでカリーナを引寄せ、背後から腰を抱くと、耳元で謝罪し宥めた。

と、いう一連の恋人同士のじゃれあいにしか見えない様子を、展望台にいた人々に余すことなく見られていたことを、カリーナは全く気付いていなかった。

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