14.偽装魔道騎士
翌日、カリーナは早起きして軽く身支度を整えた。
今日は、アルフレッドが城下町の生誕祭に案内してくれる予定だ。
他の来賓達は、展望台で眺めることになっているようだが、アルフレッドが提案してくれたのだ。
「カリーナはそれではつまらないだろう。城下町を歩きたいんじゃないか?」
「え!それは是非ともそうしたいけど、大丈夫かしら…私の格好じゃあ、結構目立つんじゃない?」
アルフレッドは、少し考えてから、それについては僕に任せてくれ。
と、言い残し去った。
カリーナはそわそわしながら扉がノックされるのを待っていた。
それから暫くしてノックの音と現れたのは侍女長とグレーのローブを着た女性騎士だった。
「ノーラ=バンズです」
カリーナと同じほどの背丈の精悍な美女は頭を垂れた。
戸惑うカリーナに、侍女長は抱えていた衣装を掲げてみせた。
「バイオレット閣下からの指示で、本日カリーナ殿下には魔道騎士の扮装をしていただきます」
髪を上できつめに結びフードを被った。
「完璧です」
ノーラから御墨付きをもらい、カリーナは安堵した。グレーのローブの下はショートパンツとロングブーツという出で立ちで少し恥ずかしいが、長いローブのお陰でほとんど見えない。
本当はスラックスが主流らしいが、サイズが大きすぎて断念したのだ。
侍女長に見送られてノーラと並んでアルフレッドが待つという西の門まで歩く。
ふと右を歩くノーラの耳の赤いピアスが目に止まった。
ミルトの耳にあったものと同じ赤い石だ。
「そのピアスってガルシア王国特有のものなの?」
ノーラは、切れ長の瞳を細めて微笑んだ。
「これは、魔術制御の魔道具です。私はまだ見習いなのでつけているんです」
カリーナは愕然とした。
ということは、ミルトは魔術が使えたってこと?
全く気付かなかった。
「カリーナ殿下には今回ダミーのピアスを用意出来なかったので、フードは脱がないで下さいね。城下町は治安は良い方だと思いますが、祭の間は他の国から良からぬ輩が入り込んだりするので」
カリーナは頷いた。
「まあ、副団長が側に付いていらっしゃれば心配することはないでしょう」
ノーラはニッコリ笑った。
しかし、アルフレッドが待っているはずの場所にいたのは意外な人物だった。
「カリーナ姫!昨晩ぶりっすね!」
昨晩、舞踏会で会った巻き毛の騎士だ。
ノーラは訝しげに見ると、ぶっきらぼうに尋ねた。
「何故、貴方がここにいるんです?」
巻き毛の騎士はブラウンの人懐こい眼を輝かせて笑いながら陽気に答える。
「副団長が急用で来れなくなったんすよ。同盟国で紛争が起きたって情報があって、そこの来賓と急遽、対応策について話し合うとかでー」
ノーラはため息をこぼして呟いた。
「貴方が話すと何故だか軽く聞こえるんですよね…」
「それで、俺が代役を掴み取りました!」
巻き毛の騎士は、カリーナの手を取ってブンブン上下に振りながら、自分はキース=フランだと名乗った。
ノーラは呆れながらも、カリーナに話す。
「少々チャラいですが、こう見えても腕は確かです。第三隊長を務めておりますので」
隊長なんだー…カリーナは一抹の不安を覚えながらも笑って頷いた。
「副団長には姫と話すなとか、触るなとか言われたんすけどー、話さないと案内出来ないじゃないっすかー。むちゃくちゃっすよねぇ」
キースはチャラい口調の割に中々良い案内役だった。
ずらっと並ぶ屋台を興味津々で眺めるカリーナに、ひとつひとつ丁寧に説明してくれる。
「あれはポポの実っすね、めっちゃ固くてトンカチで叩いて割って食うんです。中はもちもちして甘いやつが入ってます。旨いっすよ」
お土産だと言って買って持たせてくれたり、その他にも串焼きや薄い生地で甘いクリームを巻いたお菓子などせっせとご馳走してくれた。
どれも美味しくて、カリーナはご機嫌だった。
大通りから、手風琴と打楽器が奏でる音楽が聞こえてきた。
カリーナがあれは何かとキースに尋ねると、パレードだという。
大通りの両側に見物客が集まり始めると、左手から巨大な張りぼてが現れた。
どうやら、聖人を象ったもののようで、白い長いローブを着て、額に黄金に光る八角形の飾りのついた冠を被っている。
その飾りと同じものが、錫杖の天辺にも付いている。
「ロミスター教の始祖のアルカイダ聖人すね。星から舞い降りて数々の奇跡を起こした後また星に戻ったと云われてるんっすよ」
ああ、あの飾りは星を表してるんだ。宮殿の形もなるほど八角形だ。
「昔は星から神託を受けてたらしいっすね。だから、ガルシア国民は夜空に祈るんす。ロミスター教の教会も星が良く見える丘の上にあるんすよ」
カリーナは、ドキリとした。
ミルトと誓ったのは丘の上、正に星に誓ったのだ。
ロミスター教を信仰しているガルシア国民にとっては正式な誓いだと言える。
カリーナの胸はざわついた。
「破ったら神を偽ることになるからね」
ミルトは確かそう言った。
近くから怒号が聞こえて、カリーナの思考は遮られた。
どうやら屋台で客同士が揉めているらしい。
2人の男が取っ組み合っている。
キースはやれやれといった表情だ。
「面倒くさいことになってるようなんで、ちょっと行ってきますわ。姫はここを動かないで下さいね」
カリーナは頷いた。
キースは颯爽と屋台に向かっていった。
カリーナは、なかなか解決しない喧嘩を見守っていたが、大通りから聞こえる拍手と歓声に視線をパレードに移した。
張りぼてが通りすぎて、聖人の扮装をした子供達の行列が続いてやってきた。
星の錫杖を掲げて、聖人を讃える歌を歌っている。
沿道からほのぼのとした空気が漂ってきた。
その時、突如腕を掴まれた。
カリーナが驚いて左腕を見ると、若い娘が真っ青な顔ですがり付いている。
「た、助けて下さい。騎士様!」
カリーナは慌てた。
自分は偽の騎士なのだ。
しかし、娘はぐいぐいカリーナを引っ張っていく。
キースに伝えようと思ったが、男達の小競り合いはまだ続いているらしく、キースが間に入って両側の男達を引き剥がしているのが見えた。
娘に引っ張られながら、手を懸命に振ってみたが、キースは気付かない。
(まずい…何処かに騎士はいないの)
応援を頼もうと騎士の姿を探すが、人が多すぎて見付けられない。
娘は雑踏を掻い潜り、細い路地を曲がり、どんどん進んで行く。
そして、路地の抜け口手前で急停止し、片側の壁に貼り付いて、右前方を指差した。
緑の屋根の家屋の前で、男が女性を羽交い締めにして刃物を突きつけているのが見えた。
近所の人達だろうか5~6人ほど遠巻きに心配そうに見ている。
「貴女のご家族ですか?」
カリーナが尋ねると、娘は頷き、声を震わせて答えた。
「母です」
男にも面識があるという。
以前からしつこく言い寄られていたのだが、この度、別の男性との縁談が決まり、それをどこかで聞きつけて押し掛けてきたらしい。
母親は娘を裏口から逃がし、逆上した男に捕まった。男が叫んでいるのは娘の名前だろう。
(どうしよう)
カリーナは考える。
カリーナは武器も拘束具も持っていない。
説得を試みて誰か他の騎士が来るまで時間を稼ぐか…
しかし、失敗して暴れられたら為す術がない。
魔術を使えないことを周囲に知られれば、騎士団の名を落とすことにも繋がりかねない。
カリーナは、何か無いか懐を探ってみる。
そこで、閃いた。
上手く行くかわからないが、やるしかない。
「実は私はまだ見習いの魔道騎士で、単独行動は禁止されているの。申し訳ないけど貴女は他の騎士を呼んできてもらえるかしら」
娘は不安そうに頷いた。
「大丈夫。絶対に貴女のお母様は傷つけさせないわ」
娘の手を両手で握って眼を会わせた。
娘はもう一度頷いて、路地を走って戻っていく。
カリーナは、その後ろ姿を暫し見送った後、辺りを観察し始めた。
今いる路地から3件目の家の道を挟んで正面が事件現場だ。
カリーナは路地を少し戻り、裏庭が連なる場所を見付けると、柵を乗り越え始めた。
3件先の家までたどり着いたところで、裏口の取っ手を引いてみた。
幸いにも施錠されていなかったので、そっと家に上がり込んだ。
祭の間は家が留守がちになるとは聞いていたが、どうやらここの家人も出払っていないようだ。
もしかしたら事件を遠巻きにみている人々の中に居るのかもしれない。
土間をくぐり抜け、一段床の上がった居間に足を踏み入れた。
道に面した窓からそっと外をうかがうと、集まった人達の隙間から男の姿が見えた。
娘の母親は、男に首を抱き込まれ、苦しそうに目を閉じている。
がっちりとした身体つきの若い男だ。
赤毛を振り乱し、血走った目を周囲に向け、唾を飛ばして叫んでいる。
正気ではない。
カリーナはそっと後退ると、居間の左手のドアを開けて、2階に上がる階段を見つけた。
2階の窓から改めて外を見た。
概ね予想通りの距離だ。
男の頭が拳ほどの大きさに見える。
カリーナは、音をたてないように慎重に窓を開けると、ローブのポケットから取り出したものを確かめる。
先程、屋台でキースに買ってもらったお土産だ。
ポポといったか、掌に収まる程の丸くて茶色い実だ。
2個ある。
カリーナは深呼吸をして狙いを定める。
大丈夫、コントロールには自信がある。
先日小石で実証済みだ。
そして、大きく振りかぶった。
カリーナの手を離れたポポの実は、真っ直ぐ加速しながらターゲットにめがけて飛んでいき、男の頭に命中した。
相当痛かったらしく、膝をついて呻いている。
遠巻きに見ていた人々は戸惑い、辺りを見回している。
(よし!)
カリーナは窓に足をかけて屋根に下りると、駆け出し、傾斜を利用して加速をつけ、階下へ飛び降りた。
砂ぼこりが上がり、ローブがはためいた。
方膝をついて現れた魔道騎士に人々は騒然となった。
(今のうちに、母親を保護しよう)
男の拘束は後から来る騎士に任せて、カリーナは母親を引き剥がすつもりだった。
突進してくるカリーナを人々が左右に避けて、見送る。
カリーナは呻く男の側で、咳き込んでいた母親を抱き起こし、脇に身体をいれて男から離れる。
しかし、すぐに気配を感じて振り向いた。
男は頭を擦りながら此方を睨んでいる。
カリーナは沿道にいた女性に母親を預けると、ポケットの中のポポの実を掴んで、下から男の顔面を狙って投げた。
ポポの実は男の額に当たったが、距離も短かったせいか、たいした痛手にはならなかったようだ。
目を座らせてカリーナを睨むと、こちらへ向かって来た。
ここで逃げたらせっかく救助した母親や集まっている人達にまで被害が及ぶ。
時間を稼ぐためにもカリーナが犠牲になるしかない。
護身術なら少し習ったことはあるが、刃物を持った成人男性相手に通用する気がしない。
カリーナは覚悟を決めて男に向き合った。
刃物を振り上げて近付いてくる男の動きがやけにゆっくりして見えた。




