11.舞踏会①
ドレス選びは難航した。
簡単なデザイン、ベールが不自然にならないという条件と、カリーナのちょっと高い身長も障害となり、中々絞れない。
カリーナは妥協しようとするが、侍女長と侍女らがそれを許さない。
「パートナーはあの副騎士団長ですよ!生半可な装いでは太刀打ちできません。他の令嬢に舐められます!」
「は、はぁ」
最終的に、上半身が白で裾に向かって色濃くなる青のグラデーションが入ったロングドレスに決まった。
胸下に切り替えがあり、後ろを大きめの紺色のリボンで結ぶデザインだ。
カリーナはそれに少し長めのベールを合わせて銀色の花ピンで止めた。
アクセサリーは、小さな濃紺の宝石が連なったデザインのピアスと同じ石がトップについたシルバーのペンダントが用意された。
「完璧です!」
「お綺麗です!」
侍女達の賞賛の言葉を浴びて良い気分になったカリーナは腕を上げて勇んだ。
「皆さん、ありがとう!頑張ってきます!勝つぞー!」
そして、拍手の中、侍女長に付き添われて部屋を後にした。
「殿下は面白い方ですね。高貴な方の側であのように侍女らがはしゃぐことは通常ないことです」
侍女長が笑みをたたえて話す。
「ジスペインは小さい国ですから身分の境目が緩いんです。私も堅苦しいのが苦手なものですから…兄には王女の自覚が足りないと良く叱られますけど」
侍女長はくすくすと笑った。
カリーナより10程年長だろうか、役職と振舞いから判断するに良い家柄の出なのだろう。
「あのアイスブルーの騎士がエスコートされる姫ぎみだけありますわ」
アルフレッドにはそんな異名があるのか。
「お美しい顔をしていらっしゃるけど、眉ひとつ動かさず、無表情。どんなお美しい令嬢にも靡くことがありませんし、最近は滅多に表に出てこられませんしね。楽しみですわね、殿下をご覧になってどんなお顔をされるのか、物凄く貴重なものが見れるんじゃないかとワクワクします」
前をいく侍女長の背中が弾んでいる。
カリーナは、何と言って良いかわからず口をつぐんだ。
それにしても、侍女長が持っている小箱は何だろう?ドレスを選んでいる最中に部屋に届けられたそれを、彼女は敷布ごと左手の上に乗せ、右手を添えて大事に持っている。
聞いてみようと思ったところで、侍女長が告げた。
「この先の廊下でバイオレット副騎士団長がお待ちです」
やがて見慣れた紺色の制服が目に入り、アルフレッドも気付いてこちらに向かってきた。
「カリーナ殿下をお連れしました」
侍女長が恭しく頭を下げた。
アルフレッドはカリーナの手を取ると口付け、夢見るような瞳でもって囁いた。
「一段と美しいね。他の男に見せたくないな」
カリーナは甘い言葉に動揺しながらも、横目でちらと侍女長を見た。
侍女長は呆気にとられた表情でアルフレッドを見上げていたが、我に返り、例の小箱の蓋を開けて掲げた。
「閣下、こちらを」
アルフレッドは頷くと小箱から琥珀色の小さなピアスを取り出して右耳に付けた。
(うん?)
「いってらっしゃいませ」
侍女長は、空になった箱を抱えたまま、再び頭を垂れた。
アルフレッドの腕に手を預けて会場へと向かう道すがら、カリーナは尋ねた。
「ねえ、そのピアス、私のとデザインが一緒なのね」
「そう。気付いた?」
左に立つアルフレッドが魅惑的に微笑んで、左手をベールの下からくぐらせ、カリーナの右耳に触れた。
カリーナはその突然の振舞いに思わず身体を震わせてしまった。
「また!気安く触らないで!」
カリーナはアルフレッドの手を掴んで押し返した。
アルフレッドは眉を下げて恨みがましそうに見てくる。
「これでももっと君に触れたいのを我慢しているのに」
「更に我慢しましょう」
「カリーナが僕に触れるのは大歓迎だよ」
「触らないし」
先方がざわついてきたところで、アルフレッドはカリーナの腰を掴んで向き合わせた。
「また……何?どうしたの?」
アルフレッドは身を屈め、左に顔を寄せて囁いた。
「今夜僕らはパートナーの瞳の色を身に付けている。これはお互いを守るための防具の意味もあるんだ」
カリーナははっとした。
カリーナのピアスとペンダントトップはネイビーブルー、アルフレッドのピアスは琥珀色だ。
「にも関わらず、図々しくも割り込んでくる者が現れたら…」
カリーナは左を見た。
アルフレッドのネイビーブルー瞳が暗く光る。
「男であろうと女であろうと容赦しない」
かなり物騒な台詞だが、カリーナは何故か胸が高鳴った。
夜空のような深い青の瞳から目が離せない。
アルフレッドは、元の位置に戻ると、カリーナに言葉を継いだ。
「なるべく僕の側を離れないで」
カリーナは頷いた。
「わかったわ」
入場したとたん、眩しい照明に目がチカチカし、次に人熱れに襲われた。
歩を進める毎に周囲の視線を浚っていく感覚を肌に感じる。
園遊会の時より閉鎖された空間では空気のざわめきがより伝わるようだ。
「視線で殺されそう」
カリーナが呟くと、アルフレッドは腕に置かれたカリーナの手にそっと自らの手を添えて囁いた。
「今は僕だけを意識して」
カリーナは頷いて腕から伝わるアルフレッドの体温に集中した。
話し掛けたくてウズウズしている周囲の面々には目もくれず、2人はずんずんと進んでいく。
(何処に向かっているのかしら。このまま舞踏会が終わるまで、会場をぐるぐる回遊し続けるつもりだったりして)
それはそれで面白いな…
どうやらくだらない妄想に耽る余裕は出てきたようだ。
「バイオレット副騎士団長」
呼び止められてカリーナは我に返った。
隣から小さく舌打ちをする音が聞こえる。
「宰相閣下。奥方もお久しぶりです」
さすがに目上からの声は無視するわけにはいかないわよねぇ。
カリーナは笑みを浮かべてアルフレッドに寄り添った。
それを皮切りに次々と話し掛けられることになったが、アルフレッドは常に必要最小限の会話で素っ気なく去ることを徹底した。
カリーナを隠すように前に出るので、カリーナは挨拶さえ出来ない。
仕方がないので去り際ににっこり笑って会釈するということを繰り返す内に疲労してきた。




