1話 カナは少女漫画脳
「ねぇカナ。あんたお昼それだけなの?」
友達のなぎさちゃんは私の目の前に置かれた牛乳パックをジッと見つめる。
「そーだよ。あっ! なぎさちゃんのお弁当は今日も可愛い~!」
なぎさちゃんは弁当蓋を開けた瞬間、沢山の兎が現れた。 あまりに愛らしいので、食べるのが可愛そうだ。
なぎさちゃんはキャラクター弁当作りが趣味で、その実力は、お金を稼げそうなレベル。
「でしょー。それにしたって……パック3つってあんたどんだけ牛乳好きなの?」
そう、牛乳パックは1つじゃ無い。白い紙パックが3つ。それをストローで飲む私は、確かにシュールに見えるかも。
「えーと、牛乳ダイエット。最近話題だよー」
「聞いた事あるかも。でもあんた陸上部だし、今痩せてるじゃん」
「うーん、あはは」
「……カナ、なんか隠してるね?」
ばれた。私は昔から嘘を付くのが下手だった。でも理由を言うのは恥ずかしいなぁ……
「実はね…… 加賀先輩は胸が大きい子が好きって聞いたの」
「っあははははは!」
私がそう言うとなぎさちゃんは大爆笑。
「なにそれ!? カナはアホだなー!」
「……ほら、言わない方が良かったじゃん!」
本気で悩んでるのに。私は不機嫌になる。
「でもあのイケメンがそんな事言うなんてねぇ……噂はホントだったんだ」
「噂って?」
「加賀先輩は超が付くほどの変人って噂」
「変人なんかじゃないよ!! すっごい人なんだから!」
「カナ、声大きすぎ」
周りを見渡すと、クラスのみんなの目線は私に向いていた。
……ボンッ。顔がとても熱い。
私は加賀先輩に一目惚れをしたのは二ヶ月前の4月の事だった。
当時は地元から離れた県の中心にあるこの高校に入学したばかりで、いろんな物がキラキラと輝いて見えた私は、どの部活に入ろうかといろんな部室に見学に回っていた。
友達になったなぎさちゃんは野球部のマネージャーを一緒にやろうと誘ってくれた。私は中学の時は陸上部で、バリバリ走っていたのだけど、マネージャーはとても甘い響きだった。
暑い夏のグランド。甲子園出場が掛かった大事な試合。汗を拭いボールだけを見つめる男の子。私は応援席で憧れの人に届くように祈るの。「~~君。私を甲子園に連れて行って」と呟くのだ。
「素敵……」
妄想がどんどん広がりウットリする。なぎさちゃんに話すと、カナは少女漫画の読み過ぎと呆れられていた。
だってアオハルの代名詞、高校生になったんだもん。一度くらい、そんな忘れられない恋をしてみたいのだ。
最後に訪れた陸上部は、見学者で溢れていた。それもみんな女の子。
私は先に来ていたクラスメイトの子に訪ねる。
「すごい人気だね。うちの学校陸上部強いの?」
「強いみたいだけど、人気は別の部分だよ。ほらっ、あれ見て!」
黄色い声援が響いて、指を差された方を見ると、私は心を奪われた。
「なにあれ、カッコいい……」
そこには凄く顔の整った男の子がいた。高い身長。サラサラな黒髪、凜々しい瞳。こんなにも綺麗な人はテレビに映る芸能人以外で見た事は無くて、クラスの男子とは別の生き物に見えた。
「佳奈ちゃん。みんなが陸上部に入りたい理由分かったでしょ?」
隣の女の子は熱がこもった口調で言った。
「……うん、私も入部する」
私は夢見心地のまま答えたのだった。
「カナはほんと少女漫画脳だねぇ」
なぎさちゃんは可愛いお弁当を切り崩しながら言った。あぁ……かわいいウサギが……。残酷な光景に私は目を逸らしながら答える。私は三本目の牛乳パックにストローを差し口に咥えた。牛乳はやっぱり牛乳の味で、私は牛乳にも今の状況にも少しうんざりする。
「なによー別にいいでしょ」
「でもカナ、チャンスかもよ?」
「チャンスって?」
「さっきも言ったけど、加賀先輩は超変人って噂で女子は全員見てるだけでいいって話になったらしい」
「えっほんと?」確かに言われてみれば、あれだけいた女子部員はいつの間にか半分近く減っていた。うちの陸上部はすごくハードだからだと思っていたけど……。とにかくライバルが減る事は単純に嬉しい。――そんな事を考える私って、恐ろしい子!
「……カナあんた今すっごい悪い顔してる」
なぎさちゃんに指摘され顔を急いで戻す。
「――はっ。いけないいけない。でも私から言わせればみんなの方が理想が高すぎると思う」
「ふぅん?」
「加賀先輩は顔意外も魅力がすっごく一杯あると思うんだ」自然に笑みが零れてしまう。私は加賀先輩の話をするだけで、いつも遊園地に来た様な楽しい気分になるのだ。
「――ま、カナの良い所は素直な所だからね。応援してるよ」
なぎさちゃんはニコリと笑って空になったお弁当箱に蓋を閉じた。私もようやく三本目の牛乳を飲み切ったのだった。