四 灰色の隙間
霧の湖は、夜のとばりに包まれて静まりかえっていた。
おそらく普段なら、この時間であろうと宵っぱりの妖怪や妖精が、いくらかは遊びまわっているのだろうが、今は湖面をかすかに揺らす細波しか、自らの存在をあたりに知らせるものはない。
湖のほとりに立つ館から発せられている、四半周も離れたこの場所でも感じ取れる重苦しい妖気のせいか。あるいは閻魔の説教を忌避して、いち早く逃げ去ったのか。
おそらくは、その両方なのだろう。そして、それが今は都合が良かった。
「……では」
湖を見つめたまま、私は静かに言葉を発する。
「この件については、特にそちらからの要請はない、ということですね?」
あたりは星明りだけが照らす深い闇。草木のほかは、何者の影もない。だが、
「ええ、その通り」
闇と影の隙間から、声がした。高く細い、少女の声。
「彼女……というより紅魔館は、幻想郷の勢力争いからは、少し離れた存在ですから。『普通に』処理して頂いて構いませんわ」
「……わかりました。では『普通に』処理します」
「うふふ。お仕事お疲れ様……」
からかうような含み笑いは、ほどなく闇の中に吸いこまれ、そのまま気配も消え失せた。
「……あと七日、か」
私は独り、星を見上げて呟く。
きっと、何事も無くは終わらない。そんな予感が胸を占めていた。