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雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
同じ焔を抱いて - レミリア・スカーレットの場合
6/19

三 通告


「本気だったの?」


  先に立って廊下を歩みながら、私は三歩うしろをついてくる客に問いかけた。


「先ほどの決闘ですか? もちろんです。手加減する理由などありませんし」


「そう。……有難う」


「礼を言われる筋合いも、ありませんけれどね。それにしても、ずいぶん時間がかかってしまいました。なかなか大したものです、あのタフさは」


  本気で感心しているのか、どうなのか。この人の言葉は率直だが、その真意はいまいち読み取れない。


「まあ、それが一番のとりえみたいなとこ、あるし」


「ところで、貴女も客分とはいえ、紅魔館の一員。私を阻みはしないのですか?」


「私は……美鈴ほど、強くはないから」

「そうですか。それもまた、結構」


  美鈴の手当ては、小悪魔に任せてきた。今頃は目を覚ました彼女に、追い払われているかもしれないけど。

  どうしようもなく、一人になりたい。そんな気持ちになることは、容易に想像できる。


  さっきの裁判長の言葉は、私自身にも、深く刺さっていたから────






  さして長くもない旅程が終わり、辿りついた咲夜の部屋の扉を、私は出来るだけ静かに開いた。

  そんなことをしたところで、何か意味があるわけでもないが。


  レミィは相変わらず、こちらに背を向けて、じっとしている。

  ただ、さっきまでと違うのは。


  その身からほとばしる、峻烈な妖気。

  望まぬ来訪者を、威嚇するかのような。


「……レミィ、お客様。地獄のほうから、閻魔様が」


  言わずとも分かっているであろう言葉を、それでも口から押し出す。

  そうしなければ、私自身が、圧されて部屋から出てしまいそうで。


  無形の強風に逆らって扉をくぐる私に続き、するりと閻魔が部屋に足を踏み入れた。

  その時。


  レミィが、動いた。

  頭だけ。ゆっくりと、こちらを振り向く。

  そして、その唇が。


「……それで? 地蔵ふぜいが、私に……咲夜に、何か用でも?」


  久しぶりに聞くレミィの声は、細く、低く、静かで……あまりにも、刺々しかった。


  椅子に片膝を立て、ぎらりと私の背後を睨む。

  その瞳には、燃えさかる灼熱の焔が見えた。背筋をぞわりと冷たいものが這い落ちる。


「レミィ……」


  魔術書を持つ手に力が入り、じっとりと湿り気を帯びる。ありったけの防御(   )緩衝系の魔術を準備状態でセットしてはあるが、もしも(  )そんな事態(  )になってしまったなら、どれほど効果があるものかはわからない。こんな、新月の夜でさえも。


  もう一方はといえば、いたって涼しい顔で、そんな気はおよそ無さそうに見えるのが救いだった。だが。


「誰にも用はありませんが。ちょっと現状を見に来ただけです」


  そう言って、止める間もなくするりと前に出てくる。咲夜が寝かされている、ベッドのすぐ横まで。


  つまり、レミィのすぐ隣まで。


  ざり、と音がした。私の口の中から。

  がさがさと、歯と歯が小さくこすれあう音。


  喉が異様に渇く。心臓がティンパニのように鳴っている。膝が笑い、砕けそうになるのを必死にこらえる。網膜の裏が沸きたち、熱く紅い。


  レミィは、無遠慮に隣に立つ閻魔の、すました横顔を睨みつけている。

  閻魔は、横たわる咲夜をじっと見下ろしている。

  私は。


  何も、できない。


  やがて、永遠のような数秒が過ぎ去った後。


「……成る程、確かに報告のとおりのようです。それでは」


  くるりとベッドに背を向けると、彼女は行きと同じようにすたすたと私の横を通りすぎ、部屋から出て行こうとした。


「え? そ、ちょ……」


  振り向いてその後を追おうとした体がふらつき、壁に背中が当たる。

  言葉が、うまく出ない。


「何か?」


  扉の前で足を止め、そんな私を横目で見ながら問う四季映姫。

  ごくりと唾を飲みこみ、呼吸を整える。


「……それだけ、なの?」

「私は現状を把握しに来ただけ。先ほど言ったとおりです」


  手に持った笏で口元を隠しながら言う彼女の顔に、表情はない。だけど、わずかに微笑んでいるような気もした。


「そう。……てっきり、魂を徴収しに来たのかと思ったけど」


「閻魔を何だと思っているんです? 魂を取りたてるのは死神の仕事ですよ。……ただの地獄の下級役人であるところの、いわゆる死神ではなく、本物の死神のことですが」


  また、ぴし、と空気が鋭くなる。


「……それは、鬼神に属する実力部隊、ということかしら」


「実力、というと語弊がありますが。冥界の亡霊のように、死をもたらす力があるわけではないので」


「もう少し、詳しい話を聞いても?」


  状況はまだ緊迫したままだけれど、頭はだいぶ落ち着いて、冴えてきた。少なくとも、もう足は震えていない。


「構いませんよ。

 ……その仕事、その能力は、死者の魂を回収すること、ただ、それのみ。それ以外には何もできませんが……同時に、何者もそれを止めることはできない。死者が常世(とこよ)へ渡ることを妨げる、あらゆる障害を越えて、魂を河の向こうへ強制的に送るもの。……そう、丁度このような事例のときに、おはちの回ってくる仕事です」


  空気が、更に冷える。今はもうベッドだけを見つめているレミィの背中から、ゆらゆらと陽炎のように紅い冷気が立ちのぼっている。

  また、舌の根が強張るのを感じる。だが聞いておかなければならない。


「それで……いつ、来るの? その、死神は」


  脂汗と一緒にしぼり出した言葉は、


「さあ?」


  しかしあっさりと、流された。


「さあ、って……」

「まだ出動要請の書類を出してませんので。出せば、すぐにも動くはずですが」


  はあ、と思わずため息が出る。一体どこまで本気なのか、この人は。


「それは……その書類を出さなければ、来ることもないってことなの?」

「いえ、魂を回収しない、ということはありません」


  ふと口に出した希望もまた、あっさりとその言葉に砕かれる。


「担当区域の閻魔が、該当の事象を確認したその時から七日以内に、回収を完了しなければいけないことになっています。ですから、遅くとも七日後までに、ということです」


  しばらく、沈黙が落ちる。

  部屋の冷気は一段と濃い。けれど、レミィが動く気配もなかった。

  何を言おうか迷っているうちに、先に口を開いたのは閻魔のほうだった。


「まだ、何か? なければこれで帰りますが」

「そう、ね……もうひとつ、聞かせてもらえるかしら。咲夜が死……」


  咳払いをして言葉を切り、言い直す。


「……事故に遭ってから、今日あなたが来るまで、半月も経ってるけど。それには何か理由が?」


「担当の死神……これは寿命記録係のほうですが……それが事態に気づいてから、上司である閻魔に報告書類を提出するまでの期限が七日。そして閻魔が報告を受けてから、事実確認を行うまでの期限が七日だからです。……このところ、やたらと忙しかったもので」


「そう……なるほど、ね」

「それでは、これで失礼。ああ、見送りはいりませんから」


  そう言って、楽園の最高裁判長は扉の向こうへと消えた。小さな足音が廊下を遠ざかっていく。


「……聞いた? レミィ。あと七日ですって」


  返事はない。

  さっきまでの冷気は消えたが。ただ、元に戻っただけだ。


  また、大きなため息をついて、私は。

  ただソファに腰を沈め、二人を見守ることしかできなかった。


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