七 遠いお別れ
秋風が、くすんだ空の下をひょうひょうと吹き抜けていく。
ざわざわとさざめく枯れ野に、ゆらりと煙草の煙がたなびき、たちまち空へと溶けて消える。ときおり落ち葉の踊る中、たたずむ一匹の化け狸。丸い眼鏡の見つめる先で、遠く小さな人の列が、棺桶をひとつ担いで墓地の方へと、ゆっくり歩みを進めている。
やがてくわえた煙管を一息、大きく吸うと、ぷうと吐き出す煙の後に、マミゾウはのんびり言葉を継いだ。
「……人の一生、実にせわしないもんじゃな。目まぐるしく生きて死んで、生きて死んで……そりゃ、あんた達も、さぞ忙しかろうて……なあ?」
問いかけ、振り向く背後に、いつの間にか音もなく立つ人影があった。
威厳に満ちた大きな帽子に、手には罪人を打つ悔悟の棒。左右非対称の髪の房が、風に吹かれて揺れている。地獄の神の一柱、幻想郷の担当閻魔。楽園の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥ。
「……で、なんの用じゃ? 説教の押し売りならお断りじゃぞい」
「代金を取った覚えはありませんけどね。それとも取ってみましょうか。どこぞの廃品回収業者よりは、稼げる自信がありますよ」
「あの御仁は、そもそも商売する気ないじゃろ……って、閻魔は副業可なのかえ?」
「禁止する規定はありませんね。まあ、これは私の趣味ですから……それはともかく」
風に乱れた髪を手で払うと、かすかに浮かべていた笑みを消し、すっと真顔になる。
「昨日、こちらに来た死者について。貴女に伝えておくことがありまして」
全ての真偽を見透かすその瞳で、まっすぐにマミゾウを見据え、映姫はそう言った。
「はて……何のことかな。儂に何か、関わりがあるとでも?」
こちらは薄笑いを保ったまま、言葉を返すマミゾウ。もっとも、目は笑っていない。視線と視線が静かに打ち合い、絡み合う。
「ええ。こちらで魂の来歴を追跡しました。あの者は……ずっと以前から、幾度も貴女と関わりがあります。知っていましたね?」
「知らんよ。人の顔ならともかく、魂なんぞ見とるわけないじゃろ。……まあ、どっかで会ったような気は、しとったけどな……」
また一息、煙管を吸ってぷはっと煙を吐き、さらに言葉を吐き出す。
「というか、それがどうしたと言うんじゃい。是非曲直庁は、そんなことにまで口出すようになったのか? 経営難で、みかじめ料の新規開拓かい? ご苦労じゃのう」
歯をむき出して、ぎらりと笑う。わずかに漏れ出した妖気が膨れ上がり、うっすらと辺りに満ちる。
だが映姫は、表情も気配も変えず、それを受け流した。
「いいえ。これは幻想郷からの要請と、協定に基づくものです」
「……なんじゃと?」
虚を突かれ、眉をひそめて問い返すマミゾウ。
「貴女に関わりのある者の魂が、貴女を追って幻想郷に入ってくる。只人の一生にとどまらず、魂の引継ぎを経て、なお末永く貴女に惹かれる者。それは里の人間と貴女との間に、特別なパイプができることを意味する。しかも、一人二人では済まないかもしれない。そういった関係を黙認することは、幻想郷の力の均衡、あるいは成立基盤すら揺るがす恐れがある────彼らが危惧しているのは、そういうことです」
ぱちん、と悔悟棒で軽く手を叩き、映姫は言葉を終えた。
しばし、草木を鳴らす風の中に沈黙が落ちる。
「……いいがかりじゃな。邪推もいいとこじゃ」
「邪推もまた、見方を変えれば他者からの正当なる評価の一端。貴女たち化け狸の一団は今や、天狗や河童とも肩を並べる幻想郷の一大勢力と言える。貴女はその長である重みを、もっと自覚するべきです。そう、貴女は少し奔放すぎる。一定以上の力あるものは、些細な言動であれ周囲に大きな影響を及ぼし得るが故に、それに伴う責任をいつ如何なる時にも……」
「説教は結構。まあ、どうでもいいがな。邪推は邪推、実など無い。どう転んだとて、そんな危惧が現実になることもない……で、どうすると?」
ひらひらと手を振って話をさえぎり、細めた目で映姫を見すえて、マミゾウは問う。口調は軽く。言葉は重く。
「転生先を、飛ばします。この国の外、遥か遠くの地へ」
投げ返された閻魔の答えは、ひどく単調で、事務的だった。
「……ほう?」
「この地の輪廻から遠ざけ、生あるうちに貴女と再び接触することがないようにする。その次の生も、そのまた次の生も。そうするうちに縁も薄れ、やがては消えることでしょう」
「意外と穏当な手段を取るものよの。魂ごと焼いてしまう、くらいはするかと思っていたぞい」
ふん、と鼻を鳴らして、かすかに笑う。先ほどまでの剣呑な気配は消え、その表情はどこか安心したようにも見える。
「別に、大罪を犯した魂というわけではありませんので。繰り返しますが、我々があの者をどうこうしたいわけではなく、あくまで幻想郷の側の都合です」
「ほいほい。しかしまあ、そんなことをわざわざ言うために裁判長みずからとは。まったくご苦労様じゃな」
「伝えることも仕事のうちですから。もっとも、私が直接来たのは、ただのついでですけど」
「ついで、かの?」
「ええ、いつもの見回りのついでです。それと、伝えることは、もう一つ」
そう言ってまた、ぱちん、と悔悟棒を打ち鳴らした。
マミゾウの瞳も、また僅かに細まる。
「……なんじゃな?」
「私が今の話を貴女に伝えたこと、つまり貴女があの者の処遇を知っているということは、幻想郷の賢者たちにも伝わります。そしてその上で……」
一息、間を入れて、映姫は言葉を続けた。
「仮に。今後、貴女が幻想郷と外界とを行き来したとすれば……彼らの疑念はより深まり、あるいは確信に変わるかもしれない。ですので、身の振りお気をつけて。それだけです」
ちっ、と舌打ちの音が、小さく響く。
「なるほど、のう……。色々と考えよるわ。いや……放埓のツケは我が身に返る、と言ったところか。今更に染みるわい」
苦々しげに口元をゆがめ、それでもにやりと、マミゾウは笑った。
「改めて、私の説教を聞く気になりましたか? 何なら今からでも構いませんが」
「金もらっても遠慮するぞい。話はそれで終いか? とっととお帰りな」
火の消えかけた煙管を思い出したようにくわえ、ひらひらと手を振る。
「ええ、終わりです。それでは」
楽園の最高裁判長はくるりと踵を返すと、現れたときと同様、音もなく飛び去った。
秋風が、くすんだ空の下をひょうひょうと吹き抜けていく。
葬列はすでに遠く、野の彼方へと去っていた。枯れ野に残るのは、風に舞う落ち葉と、くゆる煙草の煙と、一匹の化け狸。
「……すまんかった、なあ……」
ぼそりと漏れた言葉も煙のように、風に流されて消えていった。




