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雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
花は宴と共に - 二ッ岩マミゾウの場合
17/19

六 吟じられた望み  


「はぁ~るぅ~こぉ~おぉ~ろぉ~おぉ~のぉ~、

 はぁ~なぁ~のぉ~えぇ~ん~~、っとぉ……おや」


  季節は巡り、新しい春。

  柔らかな風の吹く昼下がり。開き始めた、山桜の下。


  博麗神社の境内で、独り徳利(とっくり)を傾けていたマミゾウは、ころりと首を傾げて、石段のほうを見やる。


「おー、また来よったか。久しぶりじゃのう……確か、秋ごろ以来かの」

「ええ、あの時は、紅葉を肴に……」


  鳥居の下に、あの後も幾度か呑み比べをした、その男が立っていた。


「もうそろそろ、咲くころかなって、来てみました」

「ちょうど、暖かくなったからの~。しかしまだ咲き始めというに、随分と準備がいいのう」


  くいと指で押し上げる丸い眼鏡に、男の手に提げられた酒瓶と重箱が映る。


「それは、あなたも……というか、一体いつから飲んでるんです?」


「お互い様か、はは、は。

 ……それにしても、やっぱり、春はこれじゃな。こいつなしでは、始まらん」


  まだ薄く寒さを残す空の中、浮くように輝く花を見上げて、マミゾウは笑っていた。


「綺麗、ですよね」

「ああ。じゃがそれは、ただ色や形の美しさではない」

「え?」


「ま、霊夢からの受け売りじゃがな……」


  (さかずき)にひとつ口づけてから、物語るように、言葉を紡ぐ。


「────いわく、季節の巡りは、命の巡り。

 三精、四季、五行の中で、何度でも世界は生まれ変わる。

 古来より、変わることなく……桜の花は、その象徴。

 ゆえに命もつ誰もが、この花に引き寄せられてくるのじゃろうて」


  花と枝の間に遊ぶ妖精を眺めつつ────そしてもう一言を、付け足した。


「もちろん、お前さんも、な」


「……そうなんでしょうか、ね?」

「ふふ、花より団子が目当てかの? まあ、いいわい。しかし……」


  火照った眼差しで男を見つめたマミゾウは、再び桜を見上げ。


  その唇が、おもむろに風に(うた)う。




  願はくは

    花の下にて

      春死なむ

  その如月の

    望月の頃




「……それは?」


「むかーし、むかしの坊主の歌じゃよ。死ぬなら満開の桜の下、この世でいちばん美しい景色の中で……とな」


  杯の中にわずかに残っていた酒を、すいと飲み干して、マミゾウは語りを続けた。


「ちなみにそいつは、その願いどおりに死によった。強い意志が運命を引き寄せたのか、その謡った言葉が願いを叶えたのか。あるいは、単なる偶然かもしれんがな。ただ……」


  空いた杯を、男のほうに突き出し、にやりと笑う。


「強く想い、引き寄せようとせぬ願いは、決して叶うことはない。

 さて、いつかの願いは叶うかどうか。

 今年も勝負といってみようかの?」






  ◆ ◆ ◆






「言ったじゃないですか、先に飲んでた分の差が、不公平だって」


  神社から人里へと向かう、赤く日の暮れかけた道を、柔らかな荷物を背負って、男は歩いていた。


「いや~、あれくらいなら大丈夫と思ったんじゃがの~。そう、ほら、あれじゃよ。はんでかっぷ、というやつじゃ~」


  男の背にぐってり身を預け、眼の閉じかけた真っ赤な顔を左右に揺らしながら、マミゾウはのろのろと言葉をこぼす。


「勝負なしでいいですよ、今日のは……」


「ふん、生意気なことを、言うでないぞぉ。始めた以上、勝負は勝負。後からひっくりかえすほどぉ、落ちぶれちゃ~おらん。

 ……が、しかし……」


「しかし……なんです?」


「うーむ……ちょっとばかり、まずいことにぃ、なってきたのぅ……」


  背中にしがみつく力が、ほんの少し強まる。


「だから、なんなんですか」


「いやぁ~、今日はたくさん呑んだからのぉ~。その水気が、ちと……漏れそうなんじゃ、下から」


  男の耳元で囁くように、そう言いつつもマミゾウの腕は、なおしっかりとその背に抱きついていた。


「え!? ちょ、ちょっと待ってください、今、どこか草むらに……!」


  慌ててあたりを見回す。だが、


「いや、間にあわん。漏れる」


「ええ~……。しょうがないなぁ……」


  マミゾウを背負ったまま、立ち尽くす男。

  しがみついたまま、動きを止めるマミゾウ。



  ややあって。


「……なんじゃ、放り出さんのか」


  ぼそりと男の耳に、声が吹きかかった。


「いやぁ……あなたのなら、別にいいかなって……」


「酔っとるな? お前さん」


「そりゃあ、まあ……俺だってかなり呑みましたし。

 って、余裕あるんなら、いま降ろしますけど」


「……ふん、冗談じゃよ、冗談。

 子供じゃあるまいし、そんな簡単に漏らしたりせんわ。

 ところで、そこ川じゃぞ」


「えっ?」


  言われて見下ろした足元は、すぐ目の前に小川の流れる草むらだった。


「あ、あれ!? さっきまで、道の真ん中、歩いてたはず……!?」


「ははは、小水ではなく、小川の水で、びしょ濡れになるところじゃったのう。ほれ、橋はあっちじゃ、あっち」


「ううん……」


  酔いに揺れる頭を振りながら、男は橋に続く道へと歩みを戻した。






  ◆ ◆ ◆






  やがて、野道も尽きて。

  薄暗がりの中、小さな門をくぐったその少し先で、男は足を止めた。


「ほら、里に着きましたよ。家は、どっちです?」


  とっぷりと日の暮れた街角で、背中の荷物に問いかける。が、


「う~ん、どっちじゃったかの~。呑みすぎたせいか、よく分からんわ」


  男の肩の上であごを転がすマミゾウから返ってきたのは、そんな返事だった。


「ええ……?」


「なんなら、ここに置いていってもいいぞ~い。

 そのうち酔いも覚めて、思い出すじゃろ~」


  ぐでぐでと耳に入ってくる言葉を追い出すように、男は首を振る。


「いや、こんな時間、こんな場所に、女性一人で置いてくなんて……」


  人通りのない里のはずれは、すでに夜の底。

  暗くぼやけた道を照らすのは、ところどころに置かれた灯篭の、頼りない明かりだけだった。


「そうじゃなぁ。もしかすると、通りがかった狼に、襲われてしまうかもしれんなぁ」


  その闇には不似合いに暢気(のんき)な声と、男の口から漏れる、小さな溜息。


「そうですよ、だから家まで……」

「うむ、じゃからな」


  声をさえぎり、頭と頭をくっつけて。

  そっと、囁く。


「……今宵は、お前の家に、泊めてくれ」




  宵闇に包まれた、人里の片隅で。


  ほんの少しの間、静かに時が流れた。




「……俺だって、突然、狼になるかもしれませんよ」

「お前さんに襲われるなら、別にいいかのう」

「酔ってます?」

「勿論」



  溜息のような、あるいは深呼吸のような、大きな息を吐き。

  男は、彼女の体をしっかり背負いなおすと、自分の家を目指して、町並みの中へ消えていった。






────そろそろ、教えてください


────何をじゃ?


────まだ、名前を聞いてません


────ふふ、覚えとったか


────だって、それが俺の、願いですから


────そうじゃったな……儂の、名前は、な……






  花に酒。開き、散る輝きと、新生する季節への喜びを。

  月に酒。夜風に寄り添う肩の間で、杯に映る真円の餅を。

  雪に酒。白く凍る静寂の中、触れ合う手と体の温もりを。


  巡る、巡る、巡る季節。

  そして────



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