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雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
花は宴と共に - 二ッ岩マミゾウの場合
15/19

四 ある賭けの勘定  


「どうじゃ~? まだ、いけるか~?」


  指先で煙管(きせる)をくるくる回しながら、地面に仰向けにぶっ倒れた男の顔を覗きこみ、マミゾウはのんびりと問いかける。が、


「う……ぐ、う……」


  真っ赤にゆで上がった顔から返ってきたのは、そんな呻き声だけだった。


「ふふ、無理そうじゃのう。儂の勝ちじゃな。というわけで約束どおり……」


  すぱっと一息、煙管をふかしてから、こちらもそこそこ酔いの回った顔で、男のふところを探りだす。やがて財布をつかみ出し、開いて中身をあらためると、


「ほほ~、なかなか持っとるじゃないか。どれ、ひーふーみーよー……あ痛ぁ!?」


  脳天に叩きつけられた衝撃に、後ろを振り向けば。


「……なにやってんの、あんたは!」


  夕焼け空を背にして、霊夢が立っていた。


「おお、お帰り。意外と遅かったのう」

「なにが、お帰り、だっ! この、こそ泥、がっ!!」


  ばしばしばしばし。お祓い棒の雨が降る。


「痛っ! 痛いぞ! やめい! これは泥棒ではない、賭けの対価じゃ!」


「……賭けぇ?」


「そうとも、呑み勝負のな。

 儂が勝ったら、この場の酒代もろもろを頂く。そういう賭けじゃ。

 嘘じゃあないぞ、なんならこいつに確かめてくれ」


「ふーん……まあ、そんならいいけど」


  うさんくさそうに見下ろしながら、霊夢はお祓い棒でとんとんと肩を叩き、


「ちなみに、あんたは何を賭けたの?」


「ん? それはな……。

 ……秘密、じゃ」


「はぁ? なにそれ」


  目線を逸らしてうそぶくマミゾウに、霊夢が眉をひそめた時。


「う……」


  ごろりと転がりながら、男が起き上がった。


「おお、起きたか。ほれ、財布は返すぞ。賭け金はきっちり貰ったからの」


  ばさりと投げられた財布を、もぞもぞと拾って懐に納めると、ゆっくり立ち上がろうとして。


「うおっ……」


  バランスを崩した体が、また地面に転がる。


「ははは、情けないのう」


  それを見て笑う頭の上に、今度は声が降ってきた。


「……ちょっとあんた。こいつ、里まで送っていきなさい」


「……はぁ!? なんで儂が……」


  抗議の声を上げたマミゾウの耳が、ぐいと引っ張られる。


「痛っ! 痛い、痛い!」


  悲鳴を無視してその耳に口を寄せ、霊夢は小声でひそひそと、


「……あのねえ! 今日はこれから宴会でしょ、ここで!

 もうそろそろ、妖怪(みんな)が集まってくる時間!

 里の人間が残ってるのは困るの!」


  そう早口でまくしたててから、突き放すように指を離した。


「それでなくても、酔いつぶしたのは、あんたの責任!

 さっさと家まで送ること、無事にね! ほら、早く!」


「わかった、わかった! 運べばいいんじゃろ! まったく……」


  ぶつぶつ文句を言いながら男のそばへ寄り、肩を貸す。


「ほれ、立てるか? よい、せっ……と」

「あー……う、すみませ……うぷっ」

「ああ、こら! ここで吐くな! 我慢せい!」


  なんとか抱えあげると、二人は夕日に赤く染まった鳥居をくぐり、ふらふらと石段を降りていった。




  ◆ ◆ ◆




「おい、ここでよいのか? おぬしの家は。戸くらい自分で開けい」

「あ、はい……どうも、すいま、せん……」


  人里の片隅にある、小さな家の前。

  宵闇へと変わりつつある夕暮れの中、マミゾウに寄りかかったまま、男は玄関の戸をのろのろと引いた。


「はー、疲れた……どっこいせっと」


  転げこむように、男の体を板の間へ放り出す。

  障子の向こうに見える奥の部屋は、暗く静まり返っていて、他に誰かが住んでいる気配もない。


「まったく、手間をかけさせよって。

 ま、これに懲りたら、勝負を挑む相手はよく見極めるんじゃな」


  ふん、と呆れたような鼻息が、後頭部に吹きかけられる。


「はあ……。

 あ……もし、よかったら、上がってお茶でも……」


  そう言いながら起き上がり、振り返った玄関先には、もう誰の姿もなく。


  ただ、ひゅうとひとつ風の吹いた後に。

  山桜の花弁が一枚、男の足の上に落ちていた。


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