四 ある賭けの勘定
「どうじゃ~? まだ、いけるか~?」
指先で煙管をくるくる回しながら、地面に仰向けにぶっ倒れた男の顔を覗きこみ、マミゾウはのんびりと問いかける。が、
「う……ぐ、う……」
真っ赤にゆで上がった顔から返ってきたのは、そんな呻き声だけだった。
「ふふ、無理そうじゃのう。儂の勝ちじゃな。というわけで約束どおり……」
すぱっと一息、煙管をふかしてから、こちらもそこそこ酔いの回った顔で、男のふところを探りだす。やがて財布をつかみ出し、開いて中身をあらためると、
「ほほ~、なかなか持っとるじゃないか。どれ、ひーふーみーよー……あ痛ぁ!?」
脳天に叩きつけられた衝撃に、後ろを振り向けば。
「……なにやってんの、あんたは!」
夕焼け空を背にして、霊夢が立っていた。
「おお、お帰り。意外と遅かったのう」
「なにが、お帰り、だっ! この、こそ泥、がっ!!」
ばしばしばしばし。お祓い棒の雨が降る。
「痛っ! 痛いぞ! やめい! これは泥棒ではない、賭けの対価じゃ!」
「……賭けぇ?」
「そうとも、呑み勝負のな。
儂が勝ったら、この場の酒代もろもろを頂く。そういう賭けじゃ。
嘘じゃあないぞ、なんならこいつに確かめてくれ」
「ふーん……まあ、そんならいいけど」
うさんくさそうに見下ろしながら、霊夢はお祓い棒でとんとんと肩を叩き、
「ちなみに、あんたは何を賭けたの?」
「ん? それはな……。
……秘密、じゃ」
「はぁ? なにそれ」
目線を逸らしてうそぶくマミゾウに、霊夢が眉をひそめた時。
「う……」
ごろりと転がりながら、男が起き上がった。
「おお、起きたか。ほれ、財布は返すぞ。賭け金はきっちり貰ったからの」
ばさりと投げられた財布を、もぞもぞと拾って懐に納めると、ゆっくり立ち上がろうとして。
「うおっ……」
バランスを崩した体が、また地面に転がる。
「ははは、情けないのう」
それを見て笑う頭の上に、今度は声が降ってきた。
「……ちょっとあんた。こいつ、里まで送っていきなさい」
「……はぁ!? なんで儂が……」
抗議の声を上げたマミゾウの耳が、ぐいと引っ張られる。
「痛っ! 痛い、痛い!」
悲鳴を無視してその耳に口を寄せ、霊夢は小声でひそひそと、
「……あのねえ! 今日はこれから宴会でしょ、ここで!
もうそろそろ、妖怪が集まってくる時間!
里の人間が残ってるのは困るの!」
そう早口でまくしたててから、突き放すように指を離した。
「それでなくても、酔いつぶしたのは、あんたの責任!
さっさと家まで送ること、無事にね! ほら、早く!」
「わかった、わかった! 運べばいいんじゃろ! まったく……」
ぶつぶつ文句を言いながら男のそばへ寄り、肩を貸す。
「ほれ、立てるか? よい、せっ……と」
「あー……う、すみませ……うぷっ」
「ああ、こら! ここで吐くな! 我慢せい!」
なんとか抱えあげると、二人は夕日に赤く染まった鳥居をくぐり、ふらふらと石段を降りていった。
◆ ◆ ◆
「おい、ここでよいのか? おぬしの家は。戸くらい自分で開けい」
「あ、はい……どうも、すいま、せん……」
人里の片隅にある、小さな家の前。
宵闇へと変わりつつある夕暮れの中、マミゾウに寄りかかったまま、男は玄関の戸をのろのろと引いた。
「はー、疲れた……どっこいせっと」
転げこむように、男の体を板の間へ放り出す。
障子の向こうに見える奥の部屋は、暗く静まり返っていて、他に誰かが住んでいる気配もない。
「まったく、手間をかけさせよって。
ま、これに懲りたら、勝負を挑む相手はよく見極めるんじゃな」
ふん、と呆れたような鼻息が、後頭部に吹きかけられる。
「はあ……。
あ……もし、よかったら、上がってお茶でも……」
そう言いながら起き上がり、振り返った玄関先には、もう誰の姿もなく。
ただ、ひゅうとひとつ風の吹いた後に。
山桜の花弁が一枚、男の足の上に落ちていた。




