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雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
花は宴と共に - 二ッ岩マミゾウの場合
12/19

─ 花の名は  


「おぅい、何やってんだよ、こんなとこで」


  長い石造りの階段を登ってきた中年の男は、その少し先、鳥居の向こうで佇む若い男に、そう声をかけた。


「……ハナ」


  呼びかけられた背の高い男は、石畳の道の横、上のほうを見上げたまま、奇妙な発音で一言、独り言のように答える。見慣れぬ異国の風貌は、色黒で、彫りが深い。水色の作業着に、黄色いヘルメット。中年の男も、同じ出で立ちだ。


「花ぁ? ……ああ、こりゃなかなか見事だな。こんなとこにも桜があるのか」

「サクラ……」


  草が生い茂った広場のような場所、その傍らに、大きな山桜の木が幾本か並んでいた。いずれも満開に花を開き、晴れた青い空の下、地上の雲のように輝いている。


「キレイナ、ハナ。ワタシノクニ、コンナハナ、ナイ。デモ、ドコカデミタ、ハナ」


「いや、そうじゃなくてな。勝手に変な所に入りこまんでくれよ。どこの誰のもんだか分かんなくなっちゃいるが、いちおう私有地なんだから。面倒ごとが起きちゃかなわん」


  二人が立っている道の先には、古い神社の社殿があった。草ぼうぼうの境内は、二人のほかに人影も、人が立ち寄っている気配もなく、ここが既に打ち捨てられて久しいことを匂わせる。ただ、その割には社殿も鳥居も、石畳も崩れた様子はなく、時が止まったまま古びたかのような、奇妙な厳かさを漂わせていた。


「そろそろ休憩時間も終わりだ。ほら、仕事に戻るぞ」


  色黒の男は、なおも満開の山桜をぼうっと見上げている。その唇が開き、小さな呟きが漏れる。


「ネガワクバ……ハナノモトニテ……」


「なんだ、お前さん西行なんか知ってるのか」


「……サイギョー?」

「名前は知らんか。この世でいちばん綺麗な景色の中で死にたいっつって、その願い通りに死んだ、幸せな男の話さ」


  ざあっと音高く、一陣の春の風が、花咲く梢を揺らしていった。




  ──── 境界監視記録 六八二四四三号 六刻


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