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雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
同じ焔を抱いて - レミリア・スカーレットの場合
11/19

八 永久の灯


「……伝えられたのね。なら、良かった」


  談話室の窓際のテーブルで、レミィの話を聞き終えた私は、本のページをめくりながらそう言った。

  彼女と言葉を交わすのは、ほぼ一月ぶりだ。咲夜の寝室以外の場所で、声を聴くのも。


  あのあと、無言で館に戻ったレミィは、また数日間、咲夜の前で座りこんだままだったけれど、それがようやく、こうして彼女の部屋から出てきて、私に話をしてくれた。館を飛び出してからの顛末を、ぽつりぽつりと。


「とにかく追えば、なんとかなる道は見えてた……でも、まさか八雲紫が出てくるとは、思ってなかったな」


  揺らめく赤いランプの明かりと、凍てつく青い月の光が、同時に照らすレミィの横顔は、その境界がひどく曖昧で、ふと目を離せば消えてしまいそうなほど、儚げに見えた。


「貸しを作ったつもりはない、そう言ってたけどね。あいつのことだから、忘れた頃にしれっと何か言ってくるかも」


「そう。まあ、その時のことは、その時に考えましょう」


  咲夜の遺体は、まだそのままになっている。そのうち荼毘(だび)に付し、館の敷地内に葬る予定ではあるけれど。

  そのうちね、とレミィの言うその日は、きっとずっと遠い。時間はまだ必要だ。彼女にも、私にも、誰にも。


「ごめんねパチェ。色々と気を遣わせちゃって」


「別に……。私は特に、何かできたわけじゃないし。ただいつも通り、やりたいようにしていただけだから」


  その言葉には嘘はない。私は義理や義務感で何かをしたことはない。今までも、これからも。


「それにしても……あの閻魔様は、意外と優しい方なのかしらね。また巡り逢うだなんて……あなたを慰めるようなことを、わざわざ言うとは、ね」


  なんとはなしに、その感想を口にする。あるいは単に、レミィをすんなり退廷させるための方便だったのかもしれない、とも思った。しかし、


「そう? 私は違うと思う。冷酷なやつだよ、あれは」

「……どうして?」


  意外な答えに、本から顔を上げて彼女を見る。もとからほとんど読んではいないけど。

  くふ、と口から紅い息を吐いて、レミィは言葉を続けた。


「だってもし、もう二度と逢うことはない、なんて思ったら……いつか咲夜のことなんか忘れてしまって、この痛みも、苦しみも、それっきりになってしまうかもしれないじゃない?」


  思わず目を見開く。ちらりと横目にこちらを見るレミィと視線が合う。

  奇妙に歪んだ目と口元。その嘲笑の向く先は、私か。かの裁判長か。レミィ自身か。あるいは彼女の運命にか。


「きっとまた逢えると思えばこそ、私はその日まで……いや、その日が訪れない限り、苦しみ続ける。希望こそは最大の災厄である……か。よく言ったものだよね」


  背もたれに頭を預け、宙を見上げるレミィの顔は、確かに笑っていた。そして同時に、確かに彼女は泣いていた。


「でもいいのさ。一つ、間違いなくわかったことがある。

 私は私のために苦しむんじゃない。

 咲夜のために苦しむんだ、って。

 だから……どんな永い苦しみにだって、耐えられる」


  ────冷酷なる裁きの神にいわく。全てのものは、生きているだけで罪を犯す。罪を犯したものは、等しく罰に苦しむ。すなわち生きることは苦しみである、と。

  しかしそれでもなお、全てのものは生きる。生きて、苦しんで、死んで、苦しんで、何度でも生き返り、望んで生と苦しみを繰り返す。ならばつまり、苦しみとは────


  私は、月とランプに照らされたレミィの横顔を、じっと眺めていた。

  それは気高く、悲しく、ひび割れていて、美しい。


  その中心に焔を抱いた、一輪の薔薇。焔は常に花弁を焼き続け、薔薇は焼かれるはしから花弁を伸ばし続ける。永劫の責め苦。けれど薔薇は決して、その焔を手放そうとはしないだろう。それこそが求めて止まない、永遠の輝きだから。


「お茶、煎れるけど。飲む?」


  ページの進まぬ本を閉じてテーブルに置き、椅子から立ち上がる。


「……煎れるって、あなたが?」

「ええ。最近、美鈴に習ってるの。中国茶だけどね」


  数瞬の後。

  ぼんやりした眼差しで私を見上げていたレミィの顔に、ふわりと笑みが浮かぶ。


「そうね、お願い。……ありがとう、パチェ」


  その笑顔、その言葉が、私の胸に温かい火をともす。

  それと一緒に、焼けるような痛みも。


  今ならよくわかる。

  あの閻魔が、私を裁こうとしなかった理由。


  私のような、賢しい愚か者には、それが相応しい罰なのだと。そしてきっと、せめてもの慈悲でもあるのだと────


「どういたしまして」


  私も軽く笑って、お茶の支度に取り掛かる。

  何もできない私が、今ただ一つ、できること。


  ここから始まる永く遠い道へ、痛み悼む日常を、共に往くのだ。


  そう、私もまた、彼女たちと同じ焔を抱いて。


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