表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪月花 魂の行方  作者: 荒木田久仁緒
同じ焔を抱いて - レミリア・スカーレットの場合
10/19

七 分かれ道の果て


  裁判を始める前から、十六夜咲夜の姿は、生前に近いかたちを現していた。


  自分が死んだことを認めたくないが、亡霊にもなりそこなったような亡者は、よく人としての姿を保った幽霊になる。だが彼女の場合は、それとはまた違うもののようだった。


  おそらくは、生前の行いへの、完全な肯定。

  誰に何を言われようと、自分は揺らがぬという確信ゆえに。


  実に、罪深い。



「では、次」


  そして、その番が来る。


  このような者の行く末が、果たしてどうなるものか────


  ちらりと浮かんだその考えを、ゆっくり瞬きをして頭から追い出す。

  閻魔(わたし)の仕事は、公正に判決を下すこと。それだけだ。



  その罪を映し出そうと、鏡を手にとった時。


  法廷の端に、見覚えのある人影がふたつ。


「……なっ!?」


  紅魔館の主、レミリア・スカーレット。なぜ、彼女がここに。

  その後ろには、紫のドレスに、扇子を携えた────お前の仕業かっ!


「うわっ!? なんだ、こいつらっ!?」


  周囲から上がったどよめきの中を、ずぶ濡れの服から雫を飛ばしながら、吸血鬼の影が走った。


「咲夜っ!!」


  その名の亡者に向かって、一直線に。

  しかし。


「ぬぅん!!」


  重く風を切る音が、左右からその影の上に振り下ろされる。


「ぐっ……!」


  二人の警吏の金棒を、その細い腕一本ずつで受け止めて、レミリアの動きが止まった。


  警吏はそのまま、力任せに押し潰そうとするが。


「ぬぬっ……こいつ」


  ぎりぎりと、床をきしませながらも、吸血鬼は退がらない。そして。


「咲夜ぁっ!!」


  歪んだ口が、なおその名を叫んだ。



「八雲紫! どういうつもりですか!」


  力と力が激突している後ろで、ひらひらと警吏から逃げ回っているスキマ妖怪に、身を乗り出して問いただす。


  確かに、何かが起きそうな予感はあった。それでも、おそらく巫女か、あるいは冥界の管理者あたりを介してだろうと思っていたのに。

  まさか直接、本人を乗りこませてくるとは!


「いえいえ、お気になさらず。私たちはただ、裁判を傍聴しに来ただけ。どうぞ普段どおりに、お続けくださいな。裁きの邪魔は致しませんから」


「……っ……!」


  ────(  )普通に(  )というのは、これも含めて、のことか────!


  彼女は、私の前では決して嘘を言わない。同時に、自分から全てを話すこともしない。

  真と偽の境界を知りぬき、なおそれを飛び越えて、外から内から他者を動かす────厄介きわまる、相手だった。



  私は悔悟棒を振りかぶり、平たく机に叩きつけた。

  硬く乾いた音が、法廷に響き渡り、皆の動きが止まる。亡者も、警吏たちも、そして招かれざる者たちも。


「……なんと言おうと。特別の許可なき越境は、誰にも認められません。まして法廷に乱入など言語道断。よって……」


  椅子に身を戻して、一度、息を吸い。

  二人を取り囲んでいる、警吏の鬼たちに告げる。


「貴方たちは、その者らが裁判中おかしなことをしないよう、しっかり見張っていなさい」


「はい! 今すぐ引っとらえ……はっ?」


  こっちを振り向いた顔が、ぽかんと口を開けた。


「幻想郷でもそれなりに力のある妖怪二匹。

 今ここで大捕物(おおとりもの)を演じるとなれば、亡者や業務に影響が出かねません。

 ひとまずは、この裁判の進行を優先します。

 とにかく、そこから動かさないように」


「は、はぁ……」


  気の抜けた返事を返しつつ、狼藉者の上からどけた金棒で、こちらとの間に柵を作る。


「何が、おかしなことだっ……お前たちこそ、咲夜に何かしてみろ、私がっ……!」

「おやめなさいな」


  低く唸るような声に、後ろからやんわり声が被さる。


「紫っ……!」


「理性派、穏健派が多い司法庁とはいえ、ここは鬼の本拠地。

 こちらが不利な状況下で、まともに戦うべきではない。

 ……わかっているでしょう? あなたなら」


  唇を噛み、沈黙する吸血鬼。


  その言葉に、間違いはない。たとえ幻想卿の巨頭であろうと、ここは是非曲直庁の領分。まともにやりあうなら、容易に鎮圧できる。


  しかし……それは裏を返せば、()()()()()()()()ならば────戦う、とまでは行かずとも、こちらを困らせることは出来る、ということ。

  そして恐らく、その用意があるということ。


  それが嫌なら、(  )普通に(  )裁判を進めなさい……と、その混沌の瞳が言っている。

  単純な力ではなく、そういう手練手管こそが、この妖怪の本領だった。


  忌々しい話だけれど、穏やかに済むならそれに越したことはない。ここは彼女の意に沿っておくのが無難だろう。


  ともあれ、傍聴人は静かになり、それと入れ替わるように、声なき声が聞こえた。


────閻魔様────


  十六夜咲夜の魂。それが私に訴えている。

  自分の声を、主人に届けてほしい、と。


  けれど、その訴え──いや、どちらかと言えば要求といった感じではあるが。まったく、どこまでも図太い亡者だ。とにかく、私はそれを無視した。

  地獄では亡者に発言権はない。閻魔が亡者に便宜をはかることも、その情状を()むこともない────してはならない、ことなのだから。



「では、始めます」


  私は、被告の罪を鏡に映し出す。

  生まれてから、あの館に来るまでのこと、来た後のこと。そして────


「……殺生、妄語、邪見。本来あるべき道を捨て、妖怪の側に(くみ)した罪。人間を刻み、その血肉を妖怪に供した罪……」


  読み上げるたびに、視界の端、金棒の向こうで、紅い悪魔の表情が動くのが見える。

  顔を、口を歪め、震える手を握りしめ……なにか吐き出したい言葉を、こらえている様子で。


  その一方で、十六夜咲夜は、揺らがない。

  すべての罪を認め、すべての行いを肯定している。心から。


  これでは、およそ救われようが無い。そう思えるほどに。

  けれど。


「……そして、与した妖怪との交わりにより、彼らに自身の命を(とら)えさせ、生死の法を乱させた罪」


  その最後の罪を、読み上げた時。

  かすかな後悔に、その魂が揺らいだ。



  そのこと自体が、罪深さではあるけれど。

  それでも、揺らぐ隙間があるのなら────いつか、輪廻(りんね)には戻れるだろう。


  だから私は、普通の判決を下した。


「……よって、無間地獄に落とす。以上です」



「待てっ!!

 ……その裁き、私が代わりに受ける!

 私を、咲夜の代わりに、地獄に落とせ!!」


  傍聴人が、一歩踏み出し、大声で叫んだ。

  おそらく言うだろうと思っていた、その言葉を。


「有り得ません。

 貴女は地獄に落とされるべき存在ではない。

 落ちるのは、衆生(しゅじょう)に属するもの、輪廻の中にあるものだけ。

 すなわち、そこの亡者だけです」


「そんなバカなことあるかっ!

 咲夜に仕事を命じたのは私!

 その供物を受け取ったのも私!

 それなのに、なんで!!」


  片手で顔を覆う、その隙間から、つと光るものが漏れ落ちた。


「咲夜だけが、地獄で罰に苦しまなきゃならないんだっ……!!」




「……よく誤解されていますが」


  ひとつ、深い呼吸をしてから、私は口を開いた。


「地獄は、罰を与えるための場所ではありません」


「な……」


  うつむいていた顔が振り仰がれ、乱れた眼差しが、私を見つめる。


「……何を……言って……」


「地獄は、魂の汚れを落とす場所。それに伴う苦しみが、罰でもあるに過ぎません。

 罰とは、天地自然の(ことわり)に従い、罪から生まれいずるものです。犯した罪は、いつか必ず何ものかに裁かれ、罰に苦しむことになる。それはたとえ、地獄に落ちなくても変わらない。現に」


  まっすぐに、悔悟棒を指す。その先にある、涙に歪んだ顔に向かって、私はゆっくり言葉を落とした。


「レミリア・スカーレット。貴女は今まさに、自らが犯した罪によって、深く苦しんでいるではないですか」



「……あ……」


  半開きに固まった口から、かすれた声が漏れた。



「短い時を生きる魂は、短い地獄の苦しみを繰り返す。対して、貴女のような存在は、その永い時間の中で、より永く苦しみ続けることになるでしょう。罪が同じならば、罰の大きさも同じ。ただ、苦しみ方が違うだけです」


  静かに言葉を注ぐ私を、見上げる濡れた紅玉の瞳。


  それはやがて苦しげに、ひしゃげ、潰れて。

  小さな手が、胸元をぎゅっと押さえる。

  その中心に突き刺さった何かを、奥へ押しこもうとするように。


  そして、かすかな嗚咽がその口から押し出され。

  細い膝の落ちる音と共に、磨かれた法廷の床に響いた。



「……いずれにせよ、判決は先のとおりです。連れて行きなさい」


  私はそう言って、護送の警吏を促した。


  警吏は頷いて、罪人を曳いてゆく。

  法廷の端、地獄の扉へと。


「待って! 咲夜っ!!」


  制止する金棒の柵から身を乗り出し、罪人の(あるじ)が叫ぶ。


「咲夜! ごめんなさい、咲夜! 私がっ……私の、せいでっ……!!」


「それで、いいの?」


  灰色の影から、声がした。


  八雲、紫。

  たった今まで、レミリアの背後に黙って佇んでいた、その少女が。

  幼い吸血鬼の耳もとに、そっと唇を寄せて。


「本当に、その言葉で。

 あなたが伝えたい言葉は……本当にそれで、よかったのかしら?」


  そう囁く。そしてちらりと、その目が私を見上げた。


  『閻魔さまでは、立場上、促せないでしょう?』


  ……そんな風に言いたげな顔で。


  だから私は、その視線に、気がつかなかったふりをした。

  ああ、まったくもって、厄介な相手だ。



「さく……咲夜っ……私……私はっ……」


  声を、喉を震わせて、幼い吸血鬼は、その胸から言葉を吐きだす。

  伝えたかった、伝えられなかった想いを。



「咲夜……私の、ためにっ……

 本当に、ずっとっ……

 ありが、とう……っ!!」



  その言葉に、十六夜咲夜だったものの気質が、ふわりと揺らめく。


  いずれ消え行く、はかない想い。

  その声なき声は、主人に伝わったのだろうか。


「さく、や……っ!!」


  見開いた目から、また涙が落ちる。


  きっと、伝わったのだろう。

  言葉ではなく、その笑顔だけで。



「……連れて行きなさい」


  私は改めて、警吏を促す。

  警吏は改めて、亡者を曳いてゆく。


「……咲夜……」


  その背中に、声がかけられる。


「咲夜っ……」


  背中は、遠ざかってゆく。


「咲夜ぁぁぁぁああああ!!!!」


  扉が、ゆっくりと閉じられて。

  低く、重い音と共に、メイドの姿は消えた。






「さく、や……ぁ……うっ……あ……ぁぁっ……」


  床にくずおれた、小さな小さな影が、なおも小さな声を上げていた。


  そんな彼女を横目に見ながら、ふと、それを言うべきかどうか、迷う。



  いや。閻魔の裁きは絶対であり、それは常に正しい。よって、そこに迷いなどはないし、あってはならない。


「余談ですが」


  私は視線を扉に戻し、そう口を開いた。


「貴女たちは、いつかまた巡り逢うでしょう」



「え……?」


  伏していた顔を上げ、こちらを見上げる気配がする。

  その表情にはきっと、驚きと、困惑と、そして希望が。


「縁がありますからね。共に罪を犯し、同じ業を背負ったものは、おのずから引かれあう定めにある。それでも人間同士ならば、地獄で業を祓うことで、その因縁を薄れさせ、断ち切ることもできますが……人ではない貴女の罪は、そう容易には消え去らない」


  そう。だからこそ、人にあらざる者の罪は重い。

  他でもない、私自身がよく知っている。


「罪が消え失せないかぎり、彼女との縁も切れることはない。

 故に……貴女たちは再び巡り逢う。

 そしてその時、また同じ罪を繰り返すかどうかは、貴女たち次第です────



 ────さて」


  私は椅子を回し、正面に向き直る。


「以上で、この件は終わりです。では次の亡者を」

「ちょっ……ちょっとお待ちください四季様! この侵入者どもの処遇は……!」


  さっきから待ちぼうけを食わせていた警吏が慌てた声を上げる。が、


「侵入者? 侵入者とは?」


  彼の指差す先には、もう誰の姿もない。


「えっ!? あれ!?」

「用は済んだから、さっさと退散したのでしょう。そもそも越境事案への対処は入管部の仕事です。我々は滞りなく、我々の仕事を。いいから次を呼びなさい」


  まあ多分、こっちに渡し済みの亡者は、そんなに溜まっていないだろうけど。在庫が尽きたら、また怠け者をひっぱたきに行くまでだ。


「……それもまた、新たな罪……か」


  ため息と共に、つぶやきを宙に捨てる。

  本当に、腐れ縁というものは。そう簡単には切れそうにない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ