[chapter:2]
[chapter:2]
結論から言えば、猫も亀も見つからなかった。
食事をした後、午後も猫と亀を探しにでて、あちこち見たものの、やはり、当然見当たらない。
明日は早いから、と夕暮れに差しかかったところで探すのを諦め、気落ちした様子で羽柴は夕食を作る。
疲れているなら自分の分は作らなくてもいい、と断ったものの、それとこれとは話は別、と言われ、やむを得ず相伴する。
そのまま夜も更け、布団に入った羽柴はしばらくじっとしていたが、やがてもぞもぞと動き、そのままタオルケットの中にもぐりこみ、頭から丸くなった。
「……亀吉……」
「……あの亀の名前はジョセフィーヌでは」
冷静にツッコミを入れるシンに、
「名前長くて、あだ名つけた」
短く羽柴が答えた。
なぜジョセフィーヌのあだ名が亀吉になるのか謎ではあったが、この状態でそれを聞いてもいいのか判断に悩み、シンは聞くのを諦めた。
電気を消して暗い部屋の中、時折ぐす、と鼻をすする音が響いて、シンはあぐらをかいて壁に寄りかかりながら、かける言葉を考える。
きっと見つかります、などと実現の可能性が低いことを言っても仕方がないだろう。
いなくなったものは仕方がない、割り切って前を向くべきだ。
それを未練がましく落ち込んだところで、何も得るものはない。
――なんと愚かな。
そう思った。
そう思ってしまった。
そして思わず、シンは、言ってしまった。
「落ち着きなさい。たかが亀一匹に……」
その言葉に弾かれたように、がばっと羽柴が顔を上げた。
シンは突然の動きに驚いて羽柴を見返す。
暗闇でも死神の視力は変わらない。羽柴は悔しそうにシンを睨み付けていた。
今まで柔和な顔しか見たことがなかっただけに、たじろぎ、その大きくて薄い紫色の瞳を見つめ返す。
「たかが……!?」
しまった。とシンはそこでようやく失言に気づく。
気づくが、口にしてしまった言葉は取り戻せない。
「たかがって言った!?」
「い、いえ、それは言葉のあやで」
慌てて弁解するシンをよそに、羽柴はぐっ、と口を閉ざすと、再びタオルケットを頭からかぶって丸くなる。
そして静かになった。やがて、
「……俺のせいだ、あの時ぼーっとしてたから……」
ご飯食べてるかなあ、怪我してないかなあ。と、時おり小さな独り言が聞こえるようになり、ああ、うっとうしい。とシンは腕組みをしながら口をへの字にする。
羽柴にもイライラするが、この状況を作り出してしまった自分にもイライラする。
やはり慣れないことはするものではない、と考えながら、シンはそのまま落ち込む羽柴の横で、地蔵のように座り続けた。
[chapter:3]
翌日、今日は市場で生花のせりの日だからと、早朝日ものぼらない内から羽柴は起きて、もそもそと身支度を整えるのを、シンは同じ場所に座ってじっと待つ。
昨日とそう変わった様子はないが、どうにも覇気がない。
時間が早いせいもあるだろうが、亀がいないせいなのは明らかだった。
亀一匹でこうも落ち込むとは、やはりこの人間は分からない。そう思いつつ、羽柴について生花市場へと向かう。
朝焼けが遠くに滲む中、シンは軽のワゴン車の屋根に、腕組みをしながらあぐらをかいて、ひとり座ってぼんやりと空を見上げる。
今日も朝食を作ってくれた。
食事などほとんど食べた事がない。なので味など良く分からなかった。戸惑いのほうが先に立つ。
しかし、ともかく温かかった。
出会ってから作る食事の量も代金も二倍になっていることを考えれば、食べなくても死なない死神などより、その分自分で食べろと言いたいところだが、羽柴は素直に首を縦に振らないだろう。
――たかが亀一匹に……。
自分の不用意な一言は羽柴を傷つけただろう。
それでも羽柴は、変わらなかった。
シンは、ネックレストップをなんとなくつまんでいたことに気づいて手を離す。チェーンが擦れて、ちゃり、と音を立てた。
たかが死神の一言など、気にする必要などないのに。
慣れないものを食べたせいかもしれない、もやもやして仕方がない。
がたん、と車が道路舗装の凹凸にひっかかり、小さく揺れた。