3話 真の始まり
「さてと、そろそろ行くか。」
日は昇り、すっかり明るくなった。
太陽の光がまぶたに当たり、俺は目が覚めた。
少し離れたところにいる彼女、イルーナは髪が濡れているところを見ると、俺よりも早くに起き水浴びをしたみたいだ。
「おはようございます、コウさん。今日も良い天気ですね。」
「ふあ〜…ああ、おはよう、イルーナ。」
とりあえず、村から持ってきたよくわからない木の実を食べながら、重たいまぶたを開け答える。
少し木の実が減っているところを見ると、イルーナが抜き取って食べたのだろう。
「それで、これからどうしますか?」
彼女が問いかけてくる。
そうか、俺は森の奥から来たのだから、イルーナと一緒に行くのは不自然か…。
しかし、
「いや、俺も一緒に行くよ。女の子1人を森の奥に行かすなんて危ないしね。」
放っておくのも不安なので、一緒について行くことにした。
それにもう少し彼女のことを知りたい気がするのでね。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
こうして旅の2日目が始まった。
グオオオオオォォォォォ!!
「また魔獣か…いよっと!」
今日でもう3匹目だ。
いずれも気性の荒い魔獣ばかりだ。
イルーナは、俺が倒してくれるという安心感からか、何だか見慣れた感が出てきてるな。
まあ、一々焦ってウロチョロされるよりは良いか。
しかし、今は火月で獣月は過ぎたはずなのに、魔獣の動きが活発過ぎる。
昨日は、俺自身が1人でいる時に出会わなかったこともあり気づかなかったが、少し異常かもしれない。
旅に出た手前、1度村に戻って聞くというのもなんだかなあ…
それと、イルーナは結構活発で好奇心旺盛な子のようで、先程から俺よりも前を歩き、見慣れぬ小動物や昆虫を容赦無く捕まえに行く。
あれが天真爛漫というやつか。
しばらく歩いて、ちょうどお昼時、
「…あ!コウさん!見てください!」
そう言って彼女が指す方を見ると、
「…!?」
「村があります!」
あーーー!!村に戻って来てしまったーーー!!
もしかして…俺が持ってた地図は確か村長が描いたもの。
村長が適当に描いていたから、俺は遠回りをしていて、実はこっちの道の方が早かったのか!
「あ、危ないかもしれないし、あまり近づかない方が…」
何とか止めようとするが、
「いいえ!そう訳にはいきません!あそこで悪魔についての話を伺わないと!私の将来の夫がかかっているのですから!」
「…え?」
「さあ、行きましょう!」
「…ちょ、ちょっと待って…」
今何だか気になることを喋っていた気もするが、彼女が先々と進んで行くので、仕方なく後を追うことにした。
「…あれ?あれって…コーちゃん!?」
「あら?」
驚く姿も可愛いヤチェと首を傾げる母さん。
そりゃそうだ。昨日旅に出たはずの人間が1日で帰ってきたのだから、驚くに決まっている。
それに隣にいる女の子の服は血まみれときた。
驚かないはずが無い。
そして、俺は少し目を逸らしながら、
「ははっ…ただいま…」
と苦笑を浮かべながら言う俺であった。
「ふぉっひっはっへっへ!」
村長の特徴的な笑い声が鳴り響く。
なんやかんやで今は村長の家に集まって、ちょうどお昼時だったので食事をしている。
イルーナは料理が出来ないらしく、ヤチェと母さん、俺(といっても雑用だが)の3人で調理をした。
料理は、村にあるよく分からない草を放り込んだサラダと、それを煮込んだスープ、そこによく分からない肉を入れてあるだけの簡単なものだ。
イルーナは「このスープ、良い香りがしますね」など、割と気に入ってもらえてよかった。
そして今ここにいるのは、ヤチェ、母さん、村長、俺、イルーナの5人だ。
「あらら。で、その子はどちら様?」
母さんが問いかけてくる。
「えーっとこの子は…」
俺が説明しようとすると、
「私はイルーナと申します。昨日、危ないところをコウさんに助けていただき、今は行動を共にさせていただいております。」
とイルーナがきちんと説明をしてくれた。
「にしても驚きました。まさかここがコウさんの住んでいた村だなんて。てっきりもう何日も旅を続けていらっしゃるのかと…。」
「あ、なんか、ごめん…。」
何だか変な期待をさせてしまっていたようで、申し訳ない…。
するとヤチェが、
「ふーん。ところで『危ないところを助けてもらった』って言ってたけど、何かあったの?コーちゃん?」
と聞いてくる。
その話を振り返しても良いのかどうか、イルーナの顔色を見てみたが、割と涼しい顔で話を聞いているみたいだ。これなら話をしても大丈夫か、と思っていると、彼女が
「はい。魔獣に襲われまして…。それで…それで…」
と話し、急に今にも泣き出しそうな顔で、
「それで、私の可愛いタマちゃんが…」
「…え?タマちゃん!?」
あまりにも可愛い名前が飛び出してきたもので、俺は動揺を隠せない。
「タ、タマちゃんって…?」
と聞くと、
「あら、言ってませんでしたか?私、盗賊に襲われているところにあの魔獣が来て、そして魔獣の気をそらす為にタマちゃんが…。あ、タマちゃんと言うのは、お父様が飼育しておりましたアードゥルという大鳥の名前です。基本移動の際にはタマちゃんに乗っていたのですが…ああ…タマちゃん…。」
「…へ、へえ…。」
何だか衝撃の事実を告げられた。
てっきり、昔から世話をしてくれていた執事の人が、彼女を守るために…みたいなことを考えていたのだが…。
ということは、あの魔獣の腹から出て来た死体はただの赤の他人ということか…。
いやまあそれでも恐ろしい話だが。
ちなみにアードゥルというのは、大人が2人乗れる大きさの大鳥のことである。
性格は温厚で人懐っこく、スタミナがあり、しばしば移動用に使われることがある。
昔に村長がそう教えてくれた。
「 それで皆さんにお聞きしたいことがあるのですが…」
イルーナがそう切り出し、続けて
「悪魔のことに関してなのですが、どんな些細なことでも構いませんので、何か存じ上げませんか?」
とこの場の皆に問いかける。
まあ、この場にいる人で、俺の事情を知らない人はいないので、何か言うこともないかと思うが、少し心配しながら皆の様子を伺う。
そしてここで村長が、その問に答える。
「あー、悪魔か。それならほれ、お前さんの隣に座っとるじゃろ?」
「隣…ですか…?」
「…!?」
うおおおおおいいいいい!!
あんのじじいいいいいい!!
イルーナが俺の方をチラッと見てくる。
や、やばい…。
え、え、ちょ、と、とりあえず誤魔化さないと…
「な、何言ってるのかなあー村長はーあははー!」
すると村長が、
「はあ?お前さんこそ何を言っとるんじゃ?お前さんの母親のシーナさんが、お前さんはあの何じゃったか?だいあくまのなにがしと言うやつの生まれ変わりだとか何とか言っとったじゃろ?」
とまあ丁寧な説明を添えて余計な後押しをしてくれる。
「…(ジー)。」
疑いから確信に変わったイルーナが、俺のことをガン見してくる。
ていうか母さんもヤチェも何か言ってくれよ!
「ああ、俺、処刑されんのかな…終わった…」
と呟くと、イルーナがポカンとした顔で、
「処…刑…?」
と聞いてくる。
まさか王令のことを知らないのか?
いや、そんなことはないはずだ。何と言ったって、こんな名前のない村の村人ですら知っているようなものだ。
それを(おそらく)貴族であるイルーナが知らないはずがない。
が、とりあえず
「王令を知らないのか?」
とイルーナに聞いてみると、予想外の返答が返ってきた。
「王令なら、15年程前に廃止されましたよ?」
「…え?廃止!?」
「はい、廃止です。」
は、廃止!?
そんなことがあるのか…?
そもそも王令というは、リャフススカ王国が独自に制定しているものではない。
リャフススカ王国やその他すべての国の管理をしている、デルグガディア=モーヌ大王国によって制定を強いられている。
大王国なだけあって、軍事力や魔法技術はどの国よりもずば抜けており、誰もこの国に逆らうことができず、何百年と王令は続いてきた。
それが今になって何故…?
するとイルーナが、
「あら?何故って顔をしていますね?」
と聞いてくるので、
「いや、そりゃあ、まあ…」
と返す。すると続けてイルーナが答える。
「簡潔に言いますと、王令の制定を強いていたデルグガディア=モーヌ大王国に、大悪魔の力を持つと言う男が『住みづれえから王令廃止しろ!』と言って乗り込んでいったそうです。そして見事勝利を収めた男は、王令を廃止させたそうです。」
俺の他にも大悪魔と同等の力を持つ者がいるということに驚いたが、何とも馬鹿げた話にも驚かされた。
確かに大悪魔と同等、またその他の強すぎる力を持つ者には非常に住みづらい世の中ではあったが、まさか大王国に乗り込もうとは…。
しかしこれで処刑される心配は無くなったわけだ。知らないけどありがとう、男の人。
まあ、大悪魔の力を持つというだけで差別の対象になる、というのは変わらないかもしれないが、それでもこれは嬉しい話だ。
もしかして、さっきから他の3人が何も言わないのって…
「なあ、ヤチェ、母さん、村長…。この事知ってた…?」
まさかそんな訳・・・と言わんばかりの顔で皆を見るが、皆にっこりと良い笑顔を見せてくる。
そして、
「ええ、知ってたわよ。」
と母さんが答えた。
おかしいとは思っていた。
母さんがこの村に住むようになってから、追っ手が来たという話は聞かなかったし、俺の旅を認めたのも即決だったからな。
そして、少し除け者気分の俺に
「で、その…大悪魔…コウさんにお願いがあるのですが…」
とイルーナが聞いてくる。
そういえば、何故大悪魔の力を持つ者を探しているのか、深い理由があったらと思いなかなか聞けず、一度もその理由を聞いたことが無かった。
「あの…その…」
やはり言いづらそうだ。
ついさっきまで、1匹の蝶を追いかける少女のように、目的へ一直線、って感じだったんだがな。
やはり何か深い理由が…?
そして、覚悟を決めた様子でこう言った。
「私と…その…ご、ごごごごご結婚、ししししてくれませんか!?」
「………………え?」