2話 別れ、そして出会い
ーーー時は過ぎ、王国歴179年火月。
ここはメルデスの森奥深くの名前の無い村、人口は700人、街との交流も無いため魔法機器は存在せず、村人たちは狩りをし、農業をし、昼寝をし…いたって平穏に暮らしている。
あの日、王国騎士から逃れたシーナは、偶然この村の村人と出会い、心優しい村長が事情を知った上でシーナ達を匿ってくれていた。
そして朝がやってきた。
「よし。そろそろ行くか。」
今日は、成長したコウ、そう俺が旅に出る日だ。
「あら、もう行くの?地図は入れた?食料は?知らない人にはついていっちゃ…」
「あーもー分かってる分かってる。地図は入れたし食料も入れたよ。まったく、もう子供じゃないんだからさ。」
そうは言いつつも、まだまだ甘えたかったり…はっ!してないしてない。
「ふぇっはっひっほ!」
…この特徴的な笑い声は村長だ。
白く長い髭にキラキラ輝く肌色頭、おまけに何故か上半身は裸である。
しかし村長だ。残念ながら。
「はあ、最初に来た時はどんな恐ろしい子供が来るかと思ったら、能力は持たない、見た目も小さい、顔も並以下、良いのは頭だけと来た。」
「失礼だな。」
「しかし、そんなお前さんが旅に出るとはな…真面目な話、大丈夫なのか?そのー…おうれい?とやらでお前さんは処刑されるんじゃろ?」
「大丈夫ですよ。私がしっかり言い聞かせて、力を制御出来るようにされましたから。ね?」
「なーにが『ね?』だ。結局手伝ってくれたのはヤチェだっただろ。」
「えー?呼んだー?」
「呼んでなーい。」
ヤチェ。
この村の女の子で俺より3個下だが、俺のことを「コーちゃん」と呼ぶ。そしてしっかり者ので面倒見がいい。おまけに可愛いし、ちょっとドジなところもまた可愛い。村人達からも愛されていて、村のアイドルそのものだ。可愛い。
そして俺は、この村にいる間に自分の力を割とすぐに制御出来るようになり、この力について研究をしていた。力の事はまた話すとして、ヤチェはいつもこの研究を手伝ってくれた。癒される。
一緒に旅してえええ!
「んじゃ行って来るよ、母さん。」
そんな気持ちは抑え、俺は俺自身の夢を叶えるために旅に出る。
「はい、行ってらっしゃい。…ちゃんと地図は持った?食料は…」
「だから大丈夫だって!」
…こんなやり取りも、暫く出来なくなるのかと思うと寂しく感じる。
しかし、夢のため…そう!ヤチェはもちろんのこと、もっとたくさんの可愛い女の子と出会って、あんなことやこんなことを!
…グヘヘっ…
「じゃあの、少年。」
「コーちゃん、またね!」
「おう。またな。」
さっきまでいかがわしい事を考えていたため、少し顔がニヤついていたが…まあいいだろう。
ヤチェや村長だけでなく、他の村人達とも別れの挨拶を終え、いよいよ俺のキャッキャウフフな旅が始まる!
ーーー疲れた。
いや確かに、村から街までは歩いて2日はかかるということは知っていたが、皆と違い農業もせず、狩りの時は力に頼りっきりだった、そんな俺に体力なんてものは備わっていないのだ。
過去に戻れるのなら過去の俺をトレーニングさせたい…。
ピイィィィィーーー…
ふぉうふぉうふぉう…
ガサガサガサガサ…
サアァァァ…
沈みかけの夕日に心地良い風、そして温厚な魔獣の鳴き声が鳴り響く。
もう今日はここで寝ようかな…。
「…かー…れかー…!…すけ…た…け…!」
ん?何か声が聞こえた気が…
いやそんなはずは無い。
いくら歩いたとはいえ、ここはまだ森の奥深くだ。
こんな魔獣しかいない、それも良い素材が取れるわけでも無い、そんな場所に人が来るとは到底考えられな…
「だ…かー…けて!」
前言撤回。
…いるな。これ。誰か。
えーと…多分左。いや、右か…?
とりあえず来た方向に進めばいいか。
「誰かー!助けてー!」
しばらく進むと、そこには血で染まった白…いや銀か?の髪の毛を持ち、瞳は青く、血だらけの白い服を着た少女が腰を抜かしていた。
…一瞬で分かった。可愛い。
そして前には…っ!魔獣だ。
それもかなり大きい。
あの黒い毛と尖った爪、牙…間違いない、凶暴な魔獣だ!
よく見ると、人の腕、足が口から溢れている。
おそらくこれは、魔獣の中でも人を食糧とする食人種の魔獣だ。
「よし!…はっ!」
それを見るとすぐに、俺は腕と足に力を込める。
そして勢いよく大地を蹴った。
ドゴッ
大地は少し凹み、俺は自転車の最高スピードくらいの速さで魔獣に向かう。
距離は大体7m。これなら1秒以内にたどり着く。
「よっこら…」
俺は腕を上げ、
「せ!っと!」
魔獣の腰あたりに拳を叩きつけた。
パァン!ドコドコドコドーン!
魔獣は10mほど吹っ飛び、動かなくなった。
倒れた魔獣の口からは、顔の分からなくなった人間の死体が流れ出た。
…一体何人食べたのだろう…?
「…!あっ…あの…」
まだ腰を抜かしている少女が語りかけて来る。
…めっちゃ緊張する。
急に耳元で蚊の羽音が聞こえてきた時ぐらい、心臓が拍動している。
「た、助けていただき…あ、ありがとう、ごごございまし、た…」
…やけに震えている。
それを見て俺は冷静になった。
どうやら少女自身にケガは無いようだが…
かなり酷い目にあったみたいだ。
「(多分)もう大丈夫だ。安心しろ。とりあえず体でも洗うか?すぐそこに大きな湖があるが…」
震える口で少女が答える。
「は、はい…。あ、ありがとうございます…。」
ーーー少し震えも収まってきたみたいだ。良かった。
何があったのか…は聞くのは止めておこう。
しかし、何故こんな森の奥にいるのだろうか?
見た所、何やら紋章の入った髪飾りを付けている。
服もかなり良い素材を使っているみたいだし、何より見た目の美しさだ。
可愛いのはともかく、整った顔立ち、そしてこの強い精神力、もう震えは止まりしっかりと自分の足で歩けている。
さっきまで、綱渡りの下手くそな人並に足が震えていた人とは思えない。
貴族か…?
高嶺の花じゃん。チッ。
でも可愛い。
ザバァ…
「ふぅ…」
何かを考え込むように静かに湖に浸る少女。
その少し離れたところで、少女の服を着ている姿が気に入った俺は、少女の服の汚れを取ろうと必死に洗っていた。にしても取れない。
「あの、大丈夫ですよ!服のことは気にしないでください!」
「いや、でも…そしたらずっとそこから上がれないんじゃ?」
「その事でしたらお気になさらず。」
そう言うと、俺の目の前から少女が消えた。
「あれ!?」
「ふふっ、私なら同じ場所に居ますよ。」
本当だ。水が人の形に開いている。
「透明化…ですか?」
「はい。」
うわ、エロいことし放題じゃんこの能力!羨ましいー!
「…ですが、においまでは消せません。先ほどは血のにおいで気づかれ、逃げることが出来ませんでした…。」
「…なるほど…。そうだ!それはそうと、どうしてこんなところに?」
「それは私からも貴方に聞きたいところですが…。まあ後でいいでしょう。…誰にも言わないと約束できますか?」
「は、はい。あ、ちなみに僕は旅の途中でして。」
「言っちゃうのね…。んん!おほん。…私は、この森に逃げたと言われる悪魔を探しに来たの。」
…俺や。それ俺や。
母さんの話では、父さんが命を張って逃がしてくれたって聞いていたのだが…。
「今から16年前の王国歴163年、街である男の子が生まれたの。そしてその男の子は悪魔の力を持っていた。すぐに当時の王に知らせが届いて処刑が決まったわ。…だけど母親がその男の子を連れて森の奥に消えていった、という話よ。父親は何とか捕らえたものの、知らず知らずのうちに逃げられてしまったらしいわ。」
「凄え!」
「…え?」
「え…!?あ、ああいやその…す、凄い話ですね!」
「でしょ?信じる方が馬鹿というか…あ、ごめんなさい。私ったら何て言葉を…」
「あははー…」
凄えええ!!父さん逃げた!?母さんは「悲鳴をあげていて…」って言ってたけど…化け物かよ父さん!まあ生きてるかどうかは分からないが…
それから少女は湖から上がり、まだ若干水が滴っている、血の染み込んだ白い服を意外にもすんなり着た。
そして、辺りはすっかりと暗くなり、今から移動すると方向感覚が分からなくなる可能性があったため、俺はここで野宿することにした。
「あ、そうだ。水もあることだし、今日はもうここで野宿するつもりだっんだけど、どうする?その、えーっと…」
「イルーナ。私の名前はイルーナよ。貴方は?」
「コウだ。イルーナ、本当にこんなところで
…その俺なんかと一緒でも大丈夫なのか?」
こんな下心の塊のような男と2人きりで、と頭の中で考えてしまう俺である。
「ええ、大丈夫ですよ。よろしくお願いしますね、コウさん。」
危ない。不意に、やったぜ!と叫んでしまいそうになった。
こうして旅の1日目は終わりを迎えた。
ーー1日目からこんな可愛い女の子と出会えるとか…
「旅、最高だな!」