表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/105

ジュンサー

炎上する現場から野次馬を押しのけて、喧噪を駆け抜ける。

僕達が近づくと野次馬達は、目が合わない様にサッと脇に避けて道を譲ってくれた。

これは親切心からではなく、僕達の事を火事を起こした上に人も殺す危ない奴らだと思われている可能性が高いんだよな。

事情を知らない彼らからすれば僕らもエディも只の無法者だ。

係わりたくはないのだろう。


僕は走りながら尾行を警戒していた。

この町での行動はエディを通して筒抜けだった。

エディが連絡役か何かを通じて、僕達の行動を教えていたのだろう。


だが、エディはもう僕達と行動を共にはしていない。

僕達を裏切って敵となったからだ。

そうなると、スズの死体を囮にした作戦が失敗した今、僕達の今後の情報を得るための尾行や監視が必要になってくるハズだ。

僕達を監視無しで放置するとは考えにくい。


これからは盗賊上がりの見るからに怪しい奴なんかではなく、金で雇われた一般人が監視や尾行をしてくる事も想定するべきだろうな。

ズールからの道で僕達を尾行してきていた親子の例がある事だし。

もしかしたら既にあの野次馬の中にそんな役割の者がいて、今も僕達の行動を観察しているのかもしれないんだよな・・・


そんな事を考えて後ろを気にしながら走っていたが、僕達の後ろに監視や尾行らしき者を見つける事は出来なかった。


斡旋所の前に到着すると、窓からは光が漏れていた。

どうやらこの時間でもこの町の斡旋所は営業しているらしい。

僕達は斡旋所の扉を開けると、ゾロゾロと建物の中に入っていった。


「いらっしゃいませ」


扉を閉めるとカウンターの奥から声がした。

ここからでは見えないが、王都の斡旋所を担当する運営のジュンサーさんの声だ。

この時間にも斡旋所にいるって事は、交代要員無しのワンマンオペレーションなのだろう。

運営のお仕事も随分とブラックな環境らしい。


「こんばんは、夜分にすいません」


僕達はジュンサーさんに挨拶をし、ゾロゾロとカウンターへと近づく。

すると、カウンターの横にこちらに背を向けて座っている先客がいる事に気が付いた。


「あっ、すみません。先客がいらっしゃいましたか」

「いえ、こちらはタロウさんをお待ちの方です」

「僕を?」


カウンターの客がクルリと振り返り、こちらに笑顔で挨拶をしてきた。


「こんばんは、タロウさん」


だが、僕達はその姿を確認してピタリと動きを止めてしまう。

カウンターに背を向けて座っていた先客が、先程まで敵として戦っていたスペックだったからだ。


「先程はどうも」


まるで何事も無かったかの様に振舞うスペックに対し、僕はやっとの事で言葉を絞り出す。


「あ、あなたは・・・」


腰から斧を引き抜いたジュリアが僕を庇う様に立ちはだかると、僕を後ろへと下がらせる。


「マスター下がって下さい、この男は危険です」


そこへ、既に抜刀していたマインが下がった僕とジュリアの前に出ると、いつの間にか抜刀していたサーベルをスペックに向けた。


「よう色男、よく私達の前に顔を出せたな。ケイト、バックアップ頼む。やるぞ!」

「はいっす!」


いつの間にかスペックの右サイドに回り込んでいたケイトが、ナイフを投擲する構えでマインに返事を返した。

マインとケイトは何度も二人で行動しているので、意思の疎通が出来ているのだろう。ケイトの対応が速い。

スペックは慌てた様子も見せず、脇に置いていたお茶に手を伸ばしている。

マインとケイトの事など、まるで気にしていないようだ。


「お待ち下さい!」


ケイトがナイフを投げようと振りかぶった所で、突如制止する声が上がった。

声の主はスペックの前に立ちはだかると、両腕を開いてスペックを庇う姿勢を見せる。

それは、先程までカウンターの向こう側に座っていたジュンサーさんだった。


「斡旋所内ではPC同士の暴力行為及び戦闘行為は禁止されています」

「もし、それを破った場合どうなるんだい?」


マインは納得がいかないのか、目の前に立つジュンサーさんに食い下がる。

先程の戦闘で二度も死んでいるだけに、大人しく引き下がれないのかもしれない。


「双方の怪我は修復され、禁止事項を破った者には相応のペナルティが与えられます」

「修復?どんな怪我でも治すって事か」

「はい、たとえ即死だとしても。運営の責任において修復致します」

「じゃあ、ペナルティってのは?」

「暫くの間斡旋所への出入りの禁止とポイントのマイナス措置です」


斡旋所に出入りが出来ないとなれば、依頼を受けたり報酬を受け取る事が出来なくなる。

予選の最中に中にその制裁は痛いな。


「たとえ、剣で刺しても運営が治しちまうから、やるだけ無駄って事かい?」

「はい。双方に被害は無く、制裁措置だけが残ります」


仮にスペックを殺せたとしても、運営が生き返らせてしまうのか・・・・

それじゃあ、ペナルティを受けてまでスペックを襲う意味は無いな。


マインとケイトは互いの顔を見合わせると、武器を鞘に戻した。

生き返ってしまう上にペナルティだけが課せられると聞いては、頭に血が上っていたマインもこの場で襲撃する気は失せたらしい。


マイントケイトが何もせずにこちらへ戻って来ると、意外な人物から抗議の声が上がる。


「おや? 運営が特定のPCに助言をするのですか?」


マインとケイトに刃を向けられていたスペックだ。

スペックは僕達の暴力行為をジュンサーさんに事前に止めて貰った立場になるハズだ。

だが、そのジュンサーさんに対してスペックは抗議をし始めた。


目を細めて眉間に皺を寄せた威圧的な顔は、貫禄のあるマフィアにすら見える。

あの広場で見せた泣き顔といい、ここまで喜怒哀楽の表情を使い分ける人間がいるとは・・・・

前世は一流の俳優か詐欺師か?

スペックは運営であるジュンサーさんに、尚も言葉を続ける。


「公正であるべき運営が、起きてもいない暴力行為を止めた理由を教えて頂きたい」

「彼らにはこの斡旋所における禁止事項について説明しただけです。他意はありません」

「ほぅ? 今までに一度もPCの暴力行為を事前に制止した事の無い貴方がですか?」


スペックとジュンサーさんのやり取りを聞いている限り、いくつか推察出来る事がある。


1つ目は、スペックは過去に何度もPCをワザと怒らせて自分が襲われる様に仕向けているらしい。

2つ目は、ジュンサーさんはそうしたやり取りを実際に暴力行為が起きるまで、制止をした事が無いらしい。


なるほど、敵対するPCの前に無防備な姿を晒して徴発し、相手に手を出させるのがスペックの手か。

僕達にペナルティを受けさせるつもりだったんだろう。

あのままスペックに危害を加えていれば斡旋所からペナルティを食らい、この世界でPCにとって唯一絶対の安全地帯から追い出されていたのだろう。


どうやらスペックは、今までにもこの町を訪れたPCに対してもこの手を使っていたんだろう。

ジュンサーさん自身も禁止行為が起きてからの対処だけをしていた事が、スペックとのやり取りで窺える。

スペックがPCを挑発して怒らせ禁止行為へ誘導するのを、ジュンサーさんは特に注意をして来なかったという事になる。


スペックは今回も禁止行為が起きるまでは、ジュンサーさんは何の対処もしないと思っていたに違いない。

どういう風の吹き回しで、今回はマインとケイトを制止してくれたんだ?


「さぁ? 私はいつも通りの仕事をしているだけのつもりですが」

「・・・・・」

「では、書類の整理が残っておりますので、何かありましたらお呼び下さい」


ジュンサーさんは笑顔でそう切り返すと、カウンターの向こう側に戻って行ってしまった。

経緯はどうあれ、助けられた事は確かだ。後でお礼を言っておかなければ。


暫くジュンサーさんを睨みつけていたスペックが、ガラリと表情を切り替えてこちらを向いた。

先程までのマフィアの幹部みたいな表情とはうって変わり、久しぶりの友人を迎える様な満面の笑顔をこちらへ向ける。


「おっと、話が逸れてしまいましたね。私はタロウさんにご相談があって参りました」

「僕に・・・ですか」


この人、どうやってこうも表情をコロコロと入れ替える事が出来るんだろう。

もしかしたら、感情を自在にコントロールするスキルとかが存在するのかな?

とにかく、この男からは怪しげな臭いがプンプンする。

「ご相談」とやらも嫌な予感しかしないが、この場からスペックを追い出せない以上は話を聞くしかないのだろう。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ