僕の魔法
「ところで、リターンって魔法は神聖魔法か何かなの?」
街道を警戒しながら地図上にあったドガと言う町を目指して歩いているとスズが聞いてきた。
本当は黙っておきたい所だが、もう何度も魔法は見せている。
スズとは今後も連携をしながら戦う場面が来る事を考えれば、内緒にしておいても仕方がないだろう。
「いえ、違います。僕は神職系のジョブではありませんので、神聖魔法のスキルは使えません」
「怪我の治療なら黒魔法にも出来る系統があるのは知ってるよ。けれど死者を蘇生する魔法は神聖魔法だけじゃないの?」
「正確に言えば違いますね。他にもジョブスキルの中には死者を蘇生するスキルもそれなりにあるみたいですよ」
「じゃあそういうスキル持ったPCが他にも沢山いるのね」
「いえ、あまりいないと思います」
「? どうして?」
「プレイヤーにとって、楽しくないからでしょうね」
「楽しくないの?」
「多くの人にとってゲームはストレス解消の一環ですからね。ゲームの中ではヒーローにもヒロインにも、そして破壊者にも殺戮者になれます。誰もがゲームの主役になって大暴れ出来るというのに、わざわざ裏方に回りたがる物好きは少ないんですよ」
スズの神様なんかはきっとストレス解消の典型的なタイプだろう。
「タロウの神様は物好きなの?」
「僕みたいに運動能力の低い者を選んでいる時点で物好きでしょうね。尤もリターンの使える条件にヒットしたのが、たまた僕だっただけかもしれませんが」
「リターンってジョブスキルなの?」
「そうらしいです」
僕もこのゲームに入る前に神様から受けたレクチャーでもその事には触れていた。
死者を蘇生するスキルは他にもあるが、完全な形で蘇生が出来る魔法はリターンだけだろうって。
「僕らの生きていた世界で培った知識や技が、ジョブスキルの取得条件になっているらしいです。僕は宇宙工学の会社に勤めるエンジニアでした。神様の望むジョブスキル取得に必要な条件を、僕が満たしていたから選ばれたんだと聞いています」
「リターンってそんなに条件が複雑なの?」
前衛のスズにとっては想像がつかないらしい。
前衛だともっと単純な話で済むし、後衛のスキル取得条件が複雑すぎるだけなのかもしれない。
「そうみたいですね。こちらの世界の魔法スキルの取得条件を満たし、宇宙工学に精通した者がリターンという時空魔法の取得条件だったみたいです」
「こっちの世界の知識だけじゃ成立しない魔法って事?」
「僕たちの世界の知識とこの世界の魔法体系の理論を複合した結果、この世界のシステムが理論上にもありえると判断して開放したスキルなんだと思います。こちらの世界には宇宙工学の知識なんてありませんからね」
「リターンって何のジョブになるの?」
「時空魔導士です」
「時空って、時間と空間?」
「そうですね」
「時空魔法なのに何で死んだ人が生き返ったり、怪我が治ったりするの?」
「時空魔法は文字通り時間と空間を操る魔法です。魔法対象の物体をこの世界の一日、つまり30時間前の状態に戻せるんです」
「部分的なタイムスリップって事?」
「そう思っていてくれて構いません。片手での発動なら手のひらから直径50センチ程度の円内を、両手なら触れた物の全体の時間を戻します。ですが、この惑星の自転周期の一日分の30時間以上経ってしまった怪我なんかは元に戻せません」
神聖魔法による蘇生なんかには何某かの代償があるらしいが期限は無いらしいが、リターンによる蘇生には代償は無いが期限があるのだ。
「使い道は回復限定?」
「今の所はそうですね。酷い目にあった人を酷い目に合う前の状態に戻せば、その時間に起きた出来事の記憶は消えます」
「あ、人質になってた村の人達があの牧場の事覚えてなかったりしたのって」
「ええ、嫌な記憶ごと体の時間を巻き戻しました」
「・・・・そっか、他にはあるの?」
「うーーーん・・・、後は武器の修復ぐらいですかね?」
他にも考えれば使い道は無くはないが。
「マナの消費量ってどうなの?」
スズもこのゲームに当てはめて言っているのだろう。
マナ=MP、魔力=魔法威力との理解だろうか。概ね合っているので否定はしない。
「10分程度前の蘇生なら総量の5%ぐらいですかね、30時間近いリターンはまだ試してませんが20%ぐらい使うんじゃないですかね? あの村で蘇生した時は空っぽまで使いましたけれど、30分ぐらい座っていれば地面からマナを吸い上げて満タンまで回復しする様でした。ステータスのマナ回復が◎って事が効いているのだと思います」
以前神様に見せて貰った精神力という数値が、マナやMPと僕達が理解している物なのだろう。
確か、2000とかだった気がするが。
「一つの魔法で色々出来るのね」
まぁ、有機物でも無機物でもかけられるみたいなので、応用は効きそうだ。
「じゃあ時空魔法ってリターンだけ?」
「スキルポイントが貯まれば別の時空魔法も覚えるらしい事を神様が言ってましたけど、どんな魔法なのかは判りません」
「他にも時空魔導士っているのかしら?」
「神様の好みですからね、殆どいないと思いますよ?」
僕の同僚なんかをコピーして連れて来れば、知識量としては変わらないからきっと時空魔導士にはなれるハズだけれど。
僕の神様以外にスキルポイントを全部使ってまで、時空魔法を取得したがる神様なんているんだろうか?
後衛でプレイしたいって神様がいても、ストレス解消になりそうな黒魔導士でも選択するんじゃないのかな。
「ちなみに、神様に聞いた話では錬金術にも傷も完璧に治す魔法が使えるらしいです。欠損部分を代替えする為の動物が必要らしいですがね」
「何で錬金術なのかしら・・・」
「現代医学の応用なんでしょうね。ブタの体にに人間の欠損部分の情報持った細胞植えると、人間の欠損部分が生えてきますし。親和性高いらしいですよ」
ブタの背中に人間の腕が生えて来る想像でもしたのだろうか、スズが気持ちの悪そうな顔をしている。
錬金術や時空魔法の他にも、現代の職人クラスの腕や知識を魔法と融合させると色々な応用魔法が出来るのだろう。
ただし、このゲームのルールとしてこの世界に持ち込んだ知識で科学の進歩に繋がる事は禁止になっている。
今のこの世界は剣・槍・弓・魔法が主な武器らしい。ここに銃の製造知識を持ち込んでしまうと簡単に人が死に、戦争でとんでもない量の死人が出る世界に一変するだろう。
いきなり異世界に転移されるお話みたいに現代知識をこの世界に広めたり、現代武器や道具で「俺つぇー」みたいな事をすると、アカウント停止処分かアカウント剥奪処分(通称、アカBAN・垢バン)になる恐れがあるらしい。
まぁ、そりゃそうだよね。何百年もかけて進化する技術を持ち込んで広めるのだから迷惑極まりない。
僕が運営か神様だったなら、そんな世界の破壊者は速攻垢バンしちゃうな。
それでも製造方法を見せたり教えたりせずに、自分で作って自分で使う分には一応平気らしい。
どうしても銃を使いたかったら、この世界の道具を使って一人で作るしかない。
とは言え、この世界の技術で出来る銃だと精々火縄銃程度しか出来ないのではなかろうか。
しかも他人に製造過程を見せられないから手伝って貰えないとなると、銃弾や火薬まで自力での作成は何年かかるのやら。
「スズのジョブって何ですか? 前衛は良く判らないんですが、槍がメインスキルなんですよね?」
「別に槍も使えるけど、薙刀かな?」
「薙刀・・・・・・うーん、薙刀がメインスキルのジョブなんて思い浮かびませんね。武士?」
「違うよ。んーと、私のジョブは『古武者』って言うみたい」
「古武者ですか・・・聞かない名前ですね」
「薙刀と弓をメインスキルに出来るジョブみたい」
二つの武器スキルをメインスキルに出来るのか・・・・凄いな。
スズの神様はかなり前から、スズをキャラクター候補として目を付けていたんじゃないのかな?
前衛候補として神様の間で取り合いになるレベルだよね。
「前衛には必殺技みたいなスキルって無いんですか?」
「無いわよ、そんな都合の良い物」
あれっ?
ゲームなんだからてっきりあると思ってた。
まぁ、ゲームのバランス悪くなるから仕方ないか
必殺技持ちのPCが暴れたら軍隊ですら止められなくなりそうだし。
そんな事を考えていたら町が見えて来た。
村で譲って貰った地図に載っていた「ドガ」という町だろう。
僕の想像していた町とは違って、ちゃんと石壁に囲まれた城塞都市みたいだ。
町が近づくにつれて街道にはチラホラと通行する人が増えてきている。
このドガの町は街道の宿場町として発展したのだろう。町の北と南に門があり、町のど真ん中を街道が突っ切っている。
いざとなったら門を閉じてしまえば侵入者を寄せ付けない強固な町になるのだろう。
僕らにはサバイバル技術も野営道具も無い、暫くはこういう宿場町を利用しながら移動するのが良いかもしれないな。
僕達は門を潜り町へと足を踏み入れた。
まだ日は高いがこの町では、やる事が沢山ある。
最初の村には旅装も武器も売っていなかったので、装備の調達をしなくてはならない。
村で謝礼として貰った貨幣の価値と物価を調べて、何回宿に泊まる事が出来るのかも計算しなくては・・・
最悪この町で装備を調達したら使い切ってしまうかもしれないな。
そうなった場合にはこの町で仕事を探さなくてはいけなくなるので、仕事の斡旋所みたいな物があるのかどうかも調べておきたいぞ。
「スズ、このドガの町では・・・あれっ?」
その事をスズに伝えておこうと振り返るが、そこにスズの姿は無い。
僕が考えを纏めている間に町中へと飛び出して行ってしまったらしい。
うぉーい・・・・
そう言えば、村でも人質を取られているにも関わらず、何も考えずに飛び出して行ったんだっけ?
「あっ」
既に姿の見えなくなった旅の相方に呆れながら、待ち合わせ場所すら決めていない事に思い至り慌てて追いかける。
スーツを着て毎日運動不足を気にしていた自分が、右も左も分からない世界をラフな服装で息を切らせて走っている。
「・・・ふふ」
町で何かトラブルを起こしているスズの姿を想像して、少し顔が綻んだ。
そういえば、僕はこの世界に来てからずっとしかめっ面をしていた気がするな。
何だか少しだけこの世界が楽しくなって来たかもしれない。