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盗賊団

村長曰く、人質を連れての移動だけに移動速度はあまり速くは無いだろうとの事だ。

人質を連れて直接奴隷市場まで行くには遠すぎるらしい。

一度アジトに戻ってから奴隷商人の荷馬車を呼び寄せ、それから売却するのではないかと言う話だ。


「彼らのアジトの場所は判るんですか?」

「街道を北に向かった少し先に川沿いに伸びる脇道がございます。その道を5キロ程歩いた所にあった廃牧場が、恐らく盗賊たちのアジトになっているのではないかと私は思います」


5キロと言っていたが、これは僕の知っている縮尺単位にゲームの機能で自動修正してくれたのだろうか?

重さや速さの単位も変換されるのであれば、計算が楽でいいな。


「何か確証があるんですか?」

「いえ、他にアテが無いので別の盗賊かもしれません。・・・ただ、この近辺に最近人影をチラホラと見かけた村民がおりますので」

「解かりましたそちらに今から向かってみます」

「でしたら道案内に若い者を付けますので連れて行ってやって下さい」


道案内が付くのは有難い。

これで道に迷う事は無さそうだ。


「ありがとうございます」

「村の入口でお待ち下さい、すぐに行かせますので」


村長の元を辞してからスズと入口で案内の者が来るのを待つ。

村で借りたランタンは僕が持っている。戦闘では役に立たないので囮役となった。

敵が僕に待ち伏せを仕掛けて来たら、スズがランタンの陰から一人ずつ敵を削って行く作戦になっている。


僕は気になっていた事をスズに聞いてみる事にした。


「スズさんは生身の人を斬ったことがありますか?」

「いえ、無いです」

「僕もありません・・・まぁ、僕は戦闘はからっきしなんで、スズさんに出来そうも無ければ直ぐに逃げ出しましょう」


周囲は既に真っ暗になっているだけあって、俯いたスズの表情はこちらからは読み取れない。


「たぶん・・・実力的にはやれると思い・・ます。話した事も無ければ顔も知らない相手ですし、ちゃんとやらないと攫われた子供達も助けられませんし・・」


まぁ、神様に選ばれるぐらいだから、実力はあるんだろう。

問題は相手を殺せるかどうかだ。

自分を武器で殺しに来る相手を無傷で捕まえようとか軽傷や気絶で済ますとか、神様も言っていたがマンガみたいにやろうとしなければ問題無いハズだ。


少し考えてみれば判る事だが、人間が人間を気絶させる方法なんて、頸動脈を後ろからチョークスリーパーで絞め落とすぐらいしか手段が無い。

人間はそれなりに頑丈に出来ているので、マンガや映画みたいに首筋をチョップで叩くとか顔面をパンチ一発やフライパンの一撃などではそう簡単に気絶はしないからだ。


一応、先の尖った鉄器なんかで頭部の頭蓋骨が陥没する程の打撃で、後遺症確実な怪我を負わせられれば気絶をさせる事は可能だろう。


アジトの奥に捕まったヒロインを助け出すのがヒーローの役目だとしても、見張りを全て殺して敵のボスの前に立つのが正しい姿だと僕は思っている。


彼女が昼間に人質を取られてあっけなく殺されたのは、マンガやアニメの間違ったヒーロー像に毒されているからかもしれないな。

もしそんな事を考えているのならば、これはちょっと危ないかもしれないぞ・・・


暫くすると、案内人の村人が2人やって来た。挨拶もそこそこにして僕達は街道を北に向かって出発する。

街道は馬車も通れる幅があるのだろう、それなりの幅がある。

夜で見通しが悪いが、踏み固められた街道を移動するのは楽だった。

出発から2キロ程した所だろうか、街道の向こう側から明かりが見える。

案内人がランタンを大きく動かして何かサインを送っている。


「どうやら隣の村に出した伝令みたいです」


村人達は互いに挨拶を交わすと情報の交換を始めた。


「隣の村までの間にヤツらの姿は無かった。やっぱり牧場の方だと思うぞ」

「そっか、解った。俺達はこれからこのお二人を牧場に案内してくる」

「今からで大丈夫か? 隣村にいた旅の人が朝になったら村に来てくれるみたいだから、それからにした方がいいんじゃねぇか?」


旅の人か・・・もしかしたら、一斉にログインしたPCの内の一人かもしれないな。

今からじゃ間に合わないけれど、失敗した時の事は考えておいた方がいいだろう。


「すみませんが、朝まで待って僕らが戻って来なかったらその旅の人と相談してみて下さい」


僕らだけ失敗した場合には、そのPCの助けを借りるしか無さそうだ。


「はいっ」

「では行ってきます」

「お気を付けて」


伝令の村人と別れその場を後にした。

そういえば、後ろのスズが出発してから一言も喋っていない。

一応声をかけてみるか。


「ここらへんで耳を塞いで待ってますから、あの岩の裏でしてくると良いですよ」

「ちっ、違うわよ! トイレなんかじゃないわよ!」

「何だ、てっきり我慢してるのかと」

「そんなんじゃないわよ。私ね、実は・・・・」

「あ、そういうのは結構です」

「は?」


何やら話を始めようとする彼女の言葉を遮ると、耳を塞いで足早にこの場を離れる事にした。


「ちょっと!「結構です」って何よ!?」


グイッ。

スズは音も立てずに開いていた距離を一瞬で縮めると、いつの間にか僕の肩を掴んでいた。

えっ?

流石に身体能力は凄いな、足さばきが見えなかった。

その上、掴まれた肩は動かそうとしてもピクリとも動かない。

くっ、これは前衛職との能力差か。


「いや・・・、なんか面倒臭い話するんですよね?」

「面倒臭いって何よ! そこは黙って私の身の上話を聞くとこでしょ! ねぇ!」

「戦闘前に身の上話なんてすると、また死亡するフラグが立っちゃいますよ?」

「そんなフラグ無いわよ! それに、またって何よ、またって」

「だって、ゲーム開始一時間もしないウチに死んでるじゃないですか・・・・・・プププッ」

「ムキーーッ!」

「ぐえぇぇぇぇーーーっ」


異世界で女子高生をからかったら、思いっきり首を絞められた。


「あのー、ここから脇道に入りますんで明かりは旦那のランタンだけにしますね。それから、ここからは待ち伏せの危険もありますから静かにお願いします」


僕達が騒いでいたので、案内役の村人が遠慮がちに注意を促して来た。


「そうね、わかった」


両手で首を絞められていて、声の出せない僕に代わってスズが返事を返した。


「フン、このぐらいで勘弁してあげるわ」


からかった事で、スズからは僕に対する敬語が無くなってしまった。

まぁ、遠慮されるよりはいいか・・・・


首を開放されてから先頭に立って歩く、僕・村人2人・スズの順番だ。

ランタンの明かりを足元に絞って慎重に進んで行く。

それから1時間程歩いた頃だろうか、村人が立ち止まった。


「まもなく牧場です」


声を忍ばせた村人が道の先を指さす。

僕達は牧場の入口が見える位置で止まるとこの後の事を話し合う事にした。


「一応、後ろを警戒をしていたけど、待ち伏せは無かったわね」

「村民は皆殺しにしていったから時間的にも、今晩は追手なんて来ないと思っているんでしょう」


スズを先程からかったからなのか、言葉の中から僕に対して敬語が無くなっていた。

僕も年下に敬語はやりにくいし、呼び捨てにさせて貰おう。

それに、外国人のPCはどうせ警護なんて使わないだろう。

今後の為にも敬語を使わない会話には慣れておきたい。


家畜用の雑な木の柵の間に簡素な造りのゲートが見える。

牧場に動物はいないのか、入口の扉は開いたままになっていた。

そこに見張りらしき人影が松明の明かりに照らされて影を作っている。


「見張りがいるって事は、盗賊のアジトはここで合っているみたいですね」


村人の一人には村への伝令を頼み、もう一人には見張りを何とかしたら入口まで来て貰う事にした。


「スズ、矢で射れる距離はどのぐらいですか?」


一応スズには村で借りた弓と矢を持ってきて貰っていたので聞いてみる。


「借り物の弓矢だし、届くとしてもせいぜい100Mぐらいまでねかしらね」


弓矢の射程なんて良く解らないんだよな。

それに、スズの弓の腕も判らないし、弓矢で射るのはやめておこう。

そもそも暗闇の中では矢がまともに当たるとは思えないし、当たったとしても大人しく即死してはくれないだう。

腕や足に刺さる事で見張りに騒がれると、中から仲間が沢山出てきてしまう事になり兼ねない。

そんな事態は避けたいんだよな。


音を立てない様に少しずつ近寄って確認してみると、入口に見張りとしているのは二人だけと判った。

僕の腕では何の役にも立たないから、一人一殺なんて真似は無理だろう。


うーん、何か作戦を考えないと駄目だな。


僕を囮にしてその隙にスズに倒して貰う様に仕向けるか・・・・

そうなると、ちょと演技をする必要があるな。


スズの獲物の槍と僕のナイフを交換して、ナイフは村人に借りた外套を被ったスズの懐に忍ばせて貰う事にした。

僕は盗賊達に面は割れていないけれど、スズは顔立ちが整っているだけに盗賊達の記憶にも残っているかもしれないしな。

スズには外套を頭まで被って貰えば、夜だし顔は判らないだろう。


準備も出来たし即興の「デリヘル作戦」を試してみよう。この世界でも通用すると良いのだけれど・・・

僕達は案内の村人を茂みに潜ませると、ランタンを掲げたままで堂々と門番に近寄っていく。


「何だお前らは」


気が付いた門番の一人が僕達の所へと近寄って来た。


「娼婦のお届けでーす、ここ通りますねー」


スズはギョッと驚いた顔をした後、僕の事を睨みつけている。

どうやら僕がスズを娼婦扱いした事に腹を立てている様子だ。


「待て待て、聞いてないぞ、そんなのは」


門番の男はスズの顔には気が付いていないのだろう、慌てて僕達を制止した。

木製の門の両開きの扉は開いている。

周囲は柵で覆われているので、ここを通過しないと敷地に入れない仕組みだ。

門番さえ付けておけば侵入者は防げてしまう。単純だが効果はある。

僕達が敷地の中へ乗り込むには、この門番を倒さなくてはいけない。

騒がれない様に、逃げられない様にだ。


「えっ! そうですか? じゃあ仕方ないんで帰りまーす」

「おいおい、諦めんの早いだろ! 待て、誰が呼んだか確認取ってやるから待てって」


娼婦の宅配なんてのは割とどんな時代でもあったらしいから、割と通用するだろうと思ってはいたがアッサリ食いついたな。


門番の一人が帰るフリをしている僕を追いかけて来ると、スズを追い越して僕の肩に手をかけて引き留めた。

よしっ! スズに対して門番が背を向けた。


・・・・・・・

・・・・・・

・・・・あれっ?


スズに背を向けるている門番は平然としている。

この隙を突いて、スズが門番を排除してくれないと困るんだけど・・・。


「あんたら何処の町の娼館から来たんだ?誰に呼ばれた?」


門番が僕に質問をしてきたけれど、僕はそれに答えられる情報を持っていない。

まずいな、これ以上会話を引き延ばせない。


僕が門番の相手をしているので、門番の背中側にはスズがいるハズだ。

ちょっと、なにやってんの!

だが、門番の肩越しにスズを見ると顔面は蒼白になっていて、目線は下を向いてしまったまま動く様子はない。


「えーっと誰だったかな?」

「ああ? 誰に呼ばれたのか判んねぇってのか?」


いや、盗賊達の名前なんて知っているハズ訳が無いだろ。


「ええ、名前までは・・・・」


隙を作るだけの即興演技だっただけに、どんどんボロが出はじめる。


「名前も聞かずに女を届けに来たってのか? お前」

「いや、忘れただけで、聞いて無かった訳じゃあ・・・・」


もう無理だぞ!

門番が明らかに僕を怪しみ始めた。

再びスズの方を見るが、俯いたままでこちらを見ようともしない。

ああ、スズは駄目ぽいな・・・一度逃げるか?


ザクッ


僕が一歩後ろに下がると、突如として僕の腹の辺りに強烈な痛みが走った。


「ウグッ・・・」


これは・・・・・・短剣か何かで刺されたのか。

痛い。


「まぁいいや、女は貰っといてやるよ」


腹部を抑えて蹲った所に背中から「ガスッ」ともう一撃背中から深く刺された。

ゴフッ・・・肺まで届いたか。口にまで血が溢れ出て来た。


「ひっ」


スズの小さな悲鳴が聞こえた。

ここで僕が動けなくなるのはマズイ!

腹部を押さえなからうつ伏せに倒れる。

門番から見えない位置で傷口にリターンの魔法をかける。

魔法の発動が発動するのをを待っていたのか、リターンが発動した直後に頭の中に神様の声が響いた。


”私が出ます”


神様の言葉が頭の中に聞こえたと同時に体の主導権が移った。


「約束です交代しなさい、戦神。これ以上はこちらが持ちません。」


そうスズに向かって言い放つ。


「あ、わ、わたし・・・・やれやれ、辻斬りでも無理やりやらせるべきだったか」


スズの言葉は半ばでやや投げやりな口調へと変わった。

顔を隠していた外套をバサッと脱ぎ捨て、僕を刺した門番につかつかと向かって行き声をかける。


「こっちの相手もしてくれよ」


盗賊のカンだろうか?僕から慌てて離れた盗賊は、スズ+神様の方へ向き直り短剣を構える。


「んん? お前の顔見た覚えがあるな・・・昼間村にいた女か? 生きてたのか」


短剣を振り回し、牽制して距離を取ろうとする門番。


「おーい、どうした?」


もう一人の盗賊も何か異変を感じたのか、こちらに来ようとしている。


「神様これは?」

”あの娘のプレイヤーが憑依しました。後は任せて良いでしょう”

「プレイヤー・・・あっ! スズの神様が憑依してるんですか」

”ええ、やれるかどうか試すと言ってましたが、全くダメでしたね”


今のスズの体はプレイヤーの神様が憑依し動かしているという事らしい。

先程のスズがおかしな口調になっていたのは、スズの神様が憑依したからなのか。


スズ+神様は短剣の牽制を足捌きだけで避けると、ピタリと門番への距離がほぼ0まで近づいた。

まるで役人にワイロでも渡したかの様な仕草で、門番の革鎧の隙間にスッとナイフを差し込んだ。

グッ、と言ううめき声と共に門番が膝をつく。

スズ+神様はリターンによる自己治療をしている僕に向かって、ナイフで刺した盗賊を蹴り飛ばした。


「そいつはお前達にやる」


スズに憑依した神様達はもう一人の門番へ向かって行った。


”この門番の止めは貴方にくれるそうです、ありがたく頂きましょう”


神様の言葉に顔が強張る。

スズの神様が残した門番の意味を正しく理解してしまったからだ。

スズの神様は僕が止めを刺しやすいように瀕死の門番を、僕が刺された事のお詫びとして練習用に残して行ったんだろうと。


僕は槍を強く握りしめて目の前に倒れ伏している門番へ向かって槍を構えた。


”少しだけ気が楽になる話をしましょう”


僕が槍を構えたまま固まっていると神様の声が聞こえてきた。


”この世界で法律はまだ存在しません、各自治体の長が決めますが盗賊と言えども縛り首です。ましてや村人を殺して誘拐、流石にどこの世界に行っても捕え次第死刑となります。ならば貴方が止めを刺しなさい、それが貴方の糧になりこの世界を生きるの自信ともなるでしょう”


僕も聖人ぶるつもりも無いし、僕を殺そうとしてきた門番を助けたいとも思わない。

普通にに生きて来た僕には人を殺した経験なんて当然無いが、このゲームに参加をした時点でこれは避けては通れない通過儀礼なのだろう。


これはゲームだと割り切ればいい。

この世界の文明レベルでは牢屋に入れて何年も生かす制度なんて無いだろう、盗賊の門番を捕まえて連れ帰る意味は全くと言っていい程に無い。

神様の言葉という免罪符を有難く受け取ろう。

僕は大きく息を吸い込むと「フゥーー」と息を吐いた。

盗賊に向かって槍を構え直すとと、勢いをつける為に声を上げた。


「うぉぉぉっ!」


ガスッ!


「あがっ」


這って逃げようとする盗賊の背中に槍を突いた。


ガスッ!ガスッ!ガスッ!・・・


「ぐっ・・・うっ・・・ぁ・・・」


一度刺した程度では門番の体はまだ動く、二度・三度・四度・五度・・・ようやく動きが止まった。


ガハッ


血を吐き出しながら絶命して行く門番の横顔を、しっかりと目に焼き付ける。

先程まで話していた人を殺した事にはなるが、特に罪悪感は湧いて来ない。


先にこっちがほぼ殺されてるしなぁ。

槍を門番の死体から引抜きながら、槍が革鎧ぐらいなら突き通す程の強力な武器なのだと変な感想を持った。


死体を道の端に移動してから、スズがどうなったかなと今更ながら思い出し、スズ+神様を探してみる事にした。

門をくぐった所には、もう一人の門番が既に死体となって転がっている。

見た目に傷口は見えないが、服装から血が染み出しているし動く様子は無い。


視線を巡らせてみるが、スズ+神様の姿は既にこの辺りには無い様だ。

僕はランタンを掲げて牧場の敷地へと足を踏み入れた。


そう言えばウチの神様が言っていた「戦神」とはどう言う意味なんだろう。

戦を司る神? 神様にも分類があるって事なのだろうか?

スズの神様は的確に盗賊の急所を突いて一撃で倒している。

しかも声が出せなくなる程の急所を・・・・


戦いが得意な神様であるのは間違いないだろう。

戦神って呼び名は、ただ単に戦好きの神様って事だったりする可能性もあるのか。

・・・・まぁいいや、深く考えても仕方ない。奥へ進もう。


牧場の敷地を暫く進むと住居と思われる建物が見えて来た。

どうやら建物の周囲には松明が掲げられていて、周囲の様子がそれなりに良く見える。

建物の前には10人程の死体が転がり、建物の入口には女の首筋にナイフを突きつけた状態の盗賊が何やら喚いている。

それに悠然と対峙するスズ+神様の姿があった。


僕がここに到着するまでの間に、こんなに盗賊の相手をしていたのか。

周囲に転がされた10人の死体の傷を視認してみたが、どの死体も露出している肌に刺し傷らしき物は見えない。

どの死体も革鎧の隙間から急所を刺したって事なんだろうか・・・・



そうか、これだけの実力があるって神様同士の会話で判ったから、僕達が二人で乗り込む事になったのだろう。

建物の中に盗賊と人質がいるのが見える。賊は建物に立て籠もっているらしい。

戦力は僕とスズ+神様のみ、僕は回復しか出来ないので戦力とは呼べない。


「人質が死んでもいいのか、武器を捨てろ!」


よく見れば、やかましく喚く盗賊の言葉を無視して、スズは1人で会話をしていた。


「神様、人質が!」

「知るかそんなもん」


あれはスズの言いそうなセリフだな。

もしかして、神様が体を動かしていてもスズは喋れるのか。

スズと神様は器用にも一人で会話をしながら戦っているらしい。


憑依の仕方にも色々あるんだと、少し感心してしまった。

僕は手元の槍の方が使いやすいのではと思い、スズ+神様に声をかける。


「スズの神様、槍使いますか?」

「今、こいつに肉を刺したり裂いたりする感触を教えている所だからいらんぞ。ナイフで十分だ」

「解かりました。あっ、何かあっても人質は僕が治療しますので存分にどうぞ。それでは僕はそこらで離れて見てますね」


「おお、それもそうか」と言って僕の言葉を聞き終えたスズ+神様は、ニヤリと笑うと建物の入口に走り込んで行った。


「来るんじゃねぇ!止まれ!」


スズが走り込んで来るのを見て焦ったのか、脅しに人質の肩を武器で何度も刺して見せた。

僕が治療出来ると判った今、スズ+神様はもう止まらないだろう。

僕がここへ到着する前に何人もの盗賊を切り伏せたからか、盗賊のビビリ方が尋常ではない。

ついには迫り来るスズ+神様の姿にパニックを起こし、人質の喉を掻き切って殺してしまった。


慌てて別の人質に掴みかかろうとする盗賊の前にスズ+神様は飛び込むと、体を沈め肘の下辺りをナイフで切った。

腕の筋を正確に切ったからか、盗賊の腕がダランと下を向き武器の片手剣も取り落とした。


「ああぁぁぁぁ!!いでぇぇぇぇ!!」


スズ+神様はすぐさま片腕になった盗賊に踏み込むと、脇腹をナイフで刺して捻る。


「ぐぁっ」


痛みに悶える盗賊を右足で蹴とばして横に転がした。


ナイフを軽く振って血を払うと、別の人質を取っている盗賊に向かって走り込む。

盗賊の直前で突然立ち止まると、下から大振りにナイフを振るフェイントをかける。

このフェイントにかかり片手剣で攻撃を受けるつもりに構える盗賊に、ナイフを一閃して武器を持っていた指を器用に全て切り落としてしまった。


「あああぁぁぁーーーーっ、指がぁぁぁっ」


バラバラっと武器の片手剣と指が落下した所で、スズ+神様はまたもや踏み込んで近寄った。

盗賊の脇腹の辺りをナイフで刺すと、捻りを入れてから蹴り飛ばして横に転がす。


次の敵を探すスズ+神様の後ろに、いつの間にか別の盗賊が忍び寄っていた。

盗賊は音も立てずに片手剣でスズ+神様に突きかかる。

スズ+神様はまるで後ろが見えているかの様に剣を躱すと、ナイフを目にもとまらぬ速さで振り上げる。


ザシュッ


振り上げたナイフは、盗賊の利き腕を骨が見える程に深く斬り裂いた。


「ぐぁぁっ」


スズ+神様は盗賊の持っていた武器の片手剣を拾い上げると、また脇腹を刺して捻ってから横に転がす。

刺された盗賊は例外なく痛みで動けなくなっている。

あれは、わざと臓器に傷が付くように捻って刺しているのだろう。

即死はしないが臓器を損傷しているので、時間が経てば確実に死ぬだろう。でも出血は少な目だからすぐに死ぬ事は無い。

恐ろしい事してるな。


”あれで50%程度の憑依でしょう。キャラクターにも感触が全て伝わるので、あの娘にはそれぐらいしなければいけないとの判断なのでしょう”


いくら武道の心得があっても平和な場所で生きて来たのだ。いきなり人を刺し殺せと言われても、中々すぐには出来ないだろう。

でも何で止めを刺さずに放置しているんだろう?


見た所、周囲に盗賊の姿はもう見当たらない、後は奥の部屋だけなのかな?

僕も建物の中に入り現状を確認してみると、どうやら建物の奥にある広間に三人の盗賊が待ち構えている様だ。


「大丈夫ですかね? あの中にPCが中に1人混じってるとしたら、スズの神様が負ける可能性もありますよね?」


スズに神様が憑依している様に、他のPCもピンチになればプレイヤーの神様が憑依してくるだろう。

そうなれば、どちらが勝つのかは判らなくなってしまう。


”そもそも、我々では太刀打ち出来ません”

「では、人質の治療をしてしまいますか?」

”いいえ、今人質の怪我人や死人を治療してしまうと、彼女達が負けた時に貴方に治療のスキルがある事がバレてしまいます。そうなれば捕えられた時に盗賊達の治療を強要されるでしょう”


「治療もせずに、ここで見るだけなのは心苦しいですね」


僕は死亡した人質や怪我をしている人質をチラリと横目で確認するにとどめる事にした。


僕が人質の事を気にしていると、スズ+神様が広間に入って行った。

右手に僕の渡したナイフを持ち、左手には盗賊から奪った片手剣を握っている。

盗賊達の武器は槍持つのが1人、盾と片手剣を持ったのが2人だ。


僕では確実にあの盗賊達には勝てない。

スズ+神様が負けると僕も死ぬな。

先に動いたのは盾持ちの盗賊二人、盾で体をガードしながら飛び出すと、死角から片手剣で突いて来た。

槍を構えた盗賊は、盾で突っ込む盗賊二人の斜め後ろの位置取りだ。隙を見せれば槍で突くつもりなのだろう。


「いい作戦だ、だが欲張りすぎだ」


スズの神様は盗賊の一人が盾の脇から繰り出す剣を避けながら、もう一人の盗賊を盾ごと槍の盗賊の方に蹴り飛ばした。

後ろで槍を構えていた盗賊に盾の盗賊がぶつかった為に、もつれる様にして二人共が倒れた。

スズ+神様は蹴った反動を利用してもう一人の盾持ちの剣を再び躱すと、盾に体当たりして壁まで押し付ける。


ドガッ


身動きの出来なくなった盗賊に盾の斜め下から片手剣を差し込む。


ズボッ

「ぐぁっ」


捻りを加えて片手剣を抜いたのはまたもや臓器を痛めつける為なのだろう、この一刺しで盾の盗賊の一人は膝を突いて動けなくなった。

もう一人の盾持ちと槍持ちが慌てて襲い掛かって来る。


盾持ちが盾を構えてその場で足を止めると、その後ろから槍持ちが槍をしごきながら突きの連続攻撃を仕掛けて来た。

得物の長さを生かした攻撃に盾でスズの神様を近寄らせない考えか。


スズの神様はスルスルっと盾持ちをスクリーンに使い、槍の動きに盾持ちが邪魔になる位置へと回り込む。

盾持ちは自分をかすめる槍の動きに気を取られ、つい槍持ちに目線を送ってしまった。

盗賊同士に信頼が無かったのだろう。

スズの神様から目線を切った瞬間に、盾持ちの盗賊はスズの神様に片手剣で喉を突かれた。

残るは槍持ちの盗賊だけになった。


「さすが戦神様ですね、多対1にもやり慣れてる感じです」


”この槍盗賊もPCではありませんね”


「判るんですか?」


”PCはスキルに頼った戦闘になるハズですが、スキルにしては動きが悪すぎます。それにPCであれば例えunknown設定でもこちらの画面上には表示されます”


そうか、神様が選んで連れて来るからにはその道のエキスパートなのだろう。

それがこの程度の槍術だったら泣けてくる。

しかし、unknown設定とは何だろう。

神様の見ているゲーム画面の方の用語かな?


「後はお前がやれ」


スズの神様がスズに指示を出した様だ。


”どうやら憑依を解いてあの娘にやらせる様ですよ”


あ・・あっさりと行動権渡しちゃうんだ。


「スズの神様もあれただの盗賊だと気が付いたんですね」


スズは半身のフェンシングの様な構えを取る、ナイフを前に出し片手剣が出所が見えない様に体の後ろに隠した。

槍は剣の天敵だ、剣の間合いの外から一方的に攻撃をされる。

江戸時代になって鎧を着た戦が無くなったが故の護身術が剣術だ。本来であれば実戦武器である槍には到底敵わない。

それに、スズのスキルは弓と槍だろう。

スズにどの程度の才能があるのかは判らないけれど、設定スキル以外のレベルの低い武器スキルで倒せるのか?


スズが片手剣を構えたまま動かない事に焦れたのか、盗賊が槍で突いてきた。スズは何とかナイフの根元の部分で柄を叩いて何とか捌く。

両手で突きかかって来た槍を弾くにはかなりの力が必要だ。本来ナイフなんかで捌ける物では無いハズなのだが、スズは槍の突きをナイフで弾いてみせる。


2合3合と弾く。5合6合・・・先程までよりも少しだけ大きく弾くとスズが動いた。

左手で背中に回していた片手剣を、盗賊の胸部を狙って横に回転させながら投げつける。

回転が加わっている為、盗賊も槍の腹でしか捌けず穂先をぼほ真上に上げてしまった。

投げたと同時に走り込んで行ったスズは、その隙を逃さずナイフで盗賊の利き腕である右腕を切り裂いた。


「くっ」


たまらず盗賊は槍を取り落としてしまったが、スズの追い打ちをしていなかった。

盗賊の利き腕を刺した時点でほぼ勝負は決しているが、これはスポーツではない。

スズが躊躇をしている間に盗賊は槍を拾って再び構えをとる。


「どうした、キチっと殺さないと終わらないぞ」


スズの神様がスズの声帯を使って激を飛ばした。

彼女はこれを乗り越えなくてはこの先やっていけなくなる。

この甘さを持ち続ければ、また何処かで取り返しのつかない失敗をして命を落とす。


今は彼女に対して同情する気にはならない。

僕が自分自身を治療する手段を持たないPCであれば、牧場の入口でスズに任せた僕はゲームからとっくにリタイアしてしまっている。

スズの神様もそこを矯正しないとゲームには参加出来ない事は判っているのだろう。

盗賊は左腕だけで槍を構えたまま動かない。

行動を起こさないスズにスズの神様は僕を指さした。


「お前が躊躇した所為でそいつは二度も刺された。今後も誰かに死んでもらうのか? こいつら盗賊は生かしてやっても村には復讐しに来ないのか?」


ここで生かして逃がしたとしても、僕らが去った後に復讐に村を襲いかねない。

スズの神様の言っている事は、この世界のルールをちゃんと理解した上で、彼らをスズの手で殺せと言っているんだ。

ここには法も警察も無いのだ、力のある者が正してやらなければいけないのだと。


「うぁぁぁぁぁ!!!!」


スズが雄たけびの様な声が建物の中に響いた。

迷いを吹っ切る為なのか気合を入れる為なのかは判らない・・・


力なく突き出された槍をナイフで弾くと、槍持ちの懐へスズが飛び込んだ。

ズッ

走り込んだ勢いがある分、革鎧を貫いて肺の辺りにナイフが突き立った。


「あっ・・がっ・・・」


ナイフを突き立てられた盗賊は槍を取り落とすと、その場に倒れた。

スズは興奮しているのか、肩で息をしている。


「止めを刺して楽にしてやれ」


神様の要求は厳しいな・・・・

後はスズと神様の問題だろうと判断して、僕は人質の治療に向かう事にした。


生存している人質の女性に尋ねると、建物の奥には子供も閉じ込められているらしい。

子供に現状は見せられないので、先に殺されたり乱暴された人質に順番にリターンの魔法を長めにかける事にした。

人質として連れて来られた一人一人を、傷も記憶も連れてこられる前の状態へと戻して行く。

少々時間はかかるが、リターンという魔法はそういう事が出来る魔法だ。


人質となっていた女性達の治療を終えてから、奥の部屋の子供達を開放した。

子供達が女性たちと合流すると建物の中は大騒ぎになった。

一旦、建物を出て牧場の入口に向かって貰う事にした。

村の案内役と合流すれば落ち着くだろう。


そういえば、盗賊に指示をしていたというPCはどこに消えたんだろう。


いつの間にか外は明るくなっていて、牧場は既に朝日に包まれていた。

牧場の中を人質や盗賊がもう居ないかどうか、一回りしてみたがPCは見つからなかった。

村人の案内人と相談した結果、人質として連れて来られた人達には先に村へ戻って貰う事になった。

僕は牧場の入口から見送って村へと送り出す。

日が昇った事だし村へ戻るぐらいなら大丈夫だろう。


彼らを送り出した後、スズを探しに建物に戻った。

スズは神様に合格を貰えたのかな?

建物の前に戻ると周囲に倒れていた盗賊が見当たらない。

まさか、と思い建物内を探してみる。

だが、中で倒れていた盗賊も消えていた。


半死の盗賊に回復魔法をかけたヤツがいて、治療して逃げた?

まさか例のPCが?

まずいな・・・と焦っていると、建物の裏手からスズがやって来たので聞いてみる。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「盗賊がどこに行ったか知りませんか?」

「えっと、外で火葬しようと思って遺体は建物の裏に全部運んであるわ」


ああ、そっか。死体はせめて焼いてやらないと。


「生きてた盗賊はどうしました?」

「神様に言われてちゃんと止めを刺しておいた。痛みが長引くだけだからね」

「そうですか、出来ましたか」


スズの神様がそういう刺し方してたな、多少の治療ぐらいでは治らない傷をつけて。

強い痛みと苦しみしか無い状態にして放置すれば、彼らを楽にする為にはスズは止めを刺すしかない。

彼らの治療を僕がするハズもないし、他に方法は無いのだ。


一人一人自分の意志で止めを刺す事で、スズがちゃんと成長する様に仕掛けを施していたとは、スズの神様もちゃんと考えているんだな。

建物を裏へ回ると遺体が並べられていた。僕が止めを刺した門番の死体もちゃんと回収されていた。

僕が門番の顔をマジマジと確認していると背後からスズの謝る声がした。


「あの、ごめんなさい!」


振り向くとそこにはまたもや土下座をしたスズがいた。


「私、上手くやれると思ってた。私の腕なら相手を傷つけずに捕まえて村の皆を助ける事が出来る。誰も傷つかなくて事件も解決って、村人の被害も知ってたのに・・・。あなたが刺されてようやくそんなの無理なんだって気が付いて、そしたら動けなくなっちゃった。神様が動かしてくれたからあの場は何とかなったけれど・・・」


仮に無傷で盗賊を全員捕まえて村に引き渡しても、怒っている村人が盗賊を全員きつい拷問の上で処刑するだろう。

蘇生したとは言え、女子供を連れ去られ。村の仲間を全員殺されるなんて目に遭ったのだ、それぐらいは当たり前にするハズだ。


村人の怒りを彼女は理解していないのだろうから、無傷で捕まえた盗賊を村人に引き渡せば大団円ぐらいに思っていたのかもしれない。

土下座から顔を上げるとスズは僕にキッパリと言った。


「もう、あれこれ考えたりしないようにするんだ。迷う事で他の人が犠牲になるって解ったから」

「そうですか、なら僕から言う事は何もありません」


遺体を積み上げると、薪や藁をくべて遺体に火をかける。

髪の毛が燃える時の嫌な匂いと黒い煙に顔をしかめていると、遺体の燃える様から目を逸らさぬままスズは僕に宣言してみせた。


「もう迷惑はかけないよ。今度は、私があなたを絶対に守って見せるからね」


まだまだヒロイックな願望の抜けていないのだろう、キラキラとした目で僕を見つめる。

戦闘スキルを持たない弱キャラの僕を庇護するのは、強キャラの自分の当然の役目とでも思っているに違いない。


「そ、そう」


まぁ、いいか・・・

どの道、回復しか出来ない僕にはアタッカーが必要だし。


パチ・・パチン


遺体の焼ける音だけが辺りに響く。

煙の来ない風上に回り込み煙の行方を見守る。

この世界の魂は何処に行くんだろう、複製の僕達にも魂ってあるのかな。




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