RPG
どうやら元の世界に戻れば、コピーである僕は消滅するという話であるらしい。
まぁ、本人がちゃんといるなら僕は元の世界に戻らなくても問題なんて何も無いんだろう。
元の世界に戻る事は諦めるしか無いんだろうな・・・・
特に未練がある訳でも無いし、まあいいか。
それに、元々ゲーマーである僕としては多少話には興味もあるしな。
ここはちょっと前向きに聞いてみるか。
こんなリアルで細かい夢を見た事が無いし、いまさら夢オチって事も無いだろう。
「えっと、すみません。もう少し詳しく説明をして貰ってもいいですか?」
「・・・・そうですね、良いでしょう」
多少前向きに話を聞く気になった僕の態度に何か察してくれたのか、笑顔を浮かべながら説明を始める神様。
「まず、私達「神」は宇宙における上位文明であり、下位文明の保護・育成・管理が主な仕事であるとご理解下さい」
通勤途中の僕を地下鉄の出口からこんな所に繋げて連れて来たり、DNAレベルで僕の複製を造ってしまったりと、僕の体験している事は既に人の領域を超えてしまっている。
彼女が神様であるという事はもう疑ってはいない。
「分かり易く神を名乗ってはいますが、私たちにも文明としての生活や娯楽があります」
「へぇー、神様達の文明ですか。生活があるって事はそれぞれの神様にはお名前があるんですね」
「勿論です。個体名が無ければ区別が付きません」
「でしたら・・・神様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「・・・・・」
「・・・神様?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は"♰赤い閃光♰"と言う名前です」
「えっ!嘘ですよね、それ実名ですか!? 絶対に後で後悔するネトゲの痛いハンドルネームじゃないですか!!」
不機嫌そうな表情になった神様は、キッと僕を睨みつける
そして、口をタコみたいにしながら何やら言い訳を始めた。
「だって仕方が無いじゃないですか!。私たちは生まれた時から全知全能なのです。知性があって何でもポジティブに考えて色々とやらかしてしまうんですぅ。私の一族は名前を誕生したその場で自分で付ける事になってるし・・・」
「ああ、知性を持って生まれて来るのも大変なんですね・・・」
そう言えば仏様が生まれてすぐに「天上天下唯我独尊」とか言って驚かせたって話があったっけ。
全知全能に生まれてくれば、チョーシに乗ってしまう神様の新生児がいてもおかしくはないのか。
「・・・誰も止めてくれませんでした。生まれたばかりの私のそばにいた一族の者達がニヤニヤしてたのをよーく覚えいます」
ああ、痛ネームを付けるのを一族の人は面白がって止めなかったのか・・・
以前ハマっていたMMOのハンドルネームで"漆黒の翼✞"とか"紅の堕天使♡"とかの痛いネーミングのヤツらがいた。
そんな彼らも後でハズかしくなったのか、そのキャラを倉庫キャラにしてセカンドアカウント(省略して2アカ)で活動してたしなぁ。
最新のボイスチャットのゲームで「漆黒の翼じゅうじかさぁーんw」とか「紅の堕天使はぁとさんw」とか呼ばれた日には悶え死にそうだ。
チョーシこいてる神様の新生児に対してお灸を据える意味で、名前を自分で付けさせたのかもしれないな。
色々と恐ろしい仕打ちをする一族だ。
神様は何かを思い出しては「あいつら、ブッ殺してやる」とか、何やら物騒な事をブツブツと言っている。
何だか神様にとって名前の話題は地雷っぽいし、気を逸らす為にも話題を変えておこう。
「あのっ、神様達の娯楽ってどんな物があるんでしょうか?」
僕は必死になって、兎に角思いついた事を神様に聞いてみる事にした。
「あ?」
荒んだ目になっていた神様が、僕の質問に反応して鋭い眼光をこちらに向ける。
「ひっ」
僕の体がビクッとしてから硬直した。
こええ・・・・この話題には今後なるべく触れない様にした方が良さそうだ
僕が怯えているのに気が付いたのか、神様はコホンと軽く咳払いをして居住まいを正した。
「コホン、失礼しました。・・・・大きく分けて二つですね。娯楽を享受するか娯楽へ参加し自ら楽しむかです」
神様は指を一本立てながら何事も無かったかのように、先程の説明の続きを始めた。
「一つ目の方は貴方の文明にもあるTVの様な物です」
「TVって、バラエティーやニュースなんかを画像で見るって事ですか?」
「ええ、神々の世界でもTV局みたいな物があるので、そこから配信されている情報や娯楽です」
「TV局まであるんですか」
「その中でも、私たちは様々な文明を管理育成している為に個々の人物が起こす壮大なドラマを好みます。英雄譚・悲恋譚・愛憎劇・等々、文明の有名人を生い立ちから映像化して壮大な人生を追体験するのが流行っています」
神様達が過去に遡って偉人達の人生を覗き見る事が出来ちゃうから、信長の人生とかを映像で追体験出来たりするって事か?
それってリアル大河じゃん・・・神視点で見る真実の偉人のドラマか。
確かに娯楽としては最高だな。
「そして二つ目が」
まるでピースサインの様に指を二本立てた神様は二つ目の説明を始めた。
「ROG、"Real time Online Game"の略称です」
「それが先程言っていたゲームですか?」
「ROGは全てのジャンルのゲームに対する総称ですので、大枠としては一緒になりますね」
「大枠ですか」
「基本的に私たちはゲームをする際に貴方の世界のコントローラーを使用しません。それはアバターとなるキャラクターに私たちが直接憑依してキャラクターを操作するか、小動物や機械になったりしてキャラクターを誘導するのが私たちのプレイの基本です」
直接憑依するって事は究極のVRゲームっぽい感じなのかな?
まぁ、憑依は何となく解るけど、小動物や機械になって誘導ってのは何だ?
「誘導って、カラスや猫みたいなヤツに変身したりするんですかですか?」
「そうですね、小動物となって近づいて囁きかけたり、遺跡の宝となって導いたりしますね」
どうやら神様達はデフォで人や動物に憑依や変身ができるらしい。
なんだろ? 魔法少女の使い魔的なポジションになったりロボ的な物になったりするのかな。
”魔法少女になってよ”とか”世界を救って”とか言って導くのか・・・・
それは確かに想像するだけでも、かなり楽しそうだ。
「牧場を経営したり錬金術屋を経営しながら恋愛をするストラテジー系。飛んだり跳ねたりキノコを踏んだりするアクション系。溢れ出る大量の敵をひたすら殺しまくる無双系。色々な宇宙文明の歴史的戦争の司令官になって戦争のifを楽しむ戦略シミュレーション系。一兵士になって本当にあった局地戦を楽しむFPS系」
錬金術屋を経営しながらの恋愛ストラテジーには興味をそそられるな。
アトリエ経営しながら錬金術の材料集めに色んな娘とリアルに・・・いいかもw
「そして最も人気のあるのがRPGのジャンルです」
「RPGって人気があるんですか?」
「はい。どのジャンルのゲームも専用のアバターはゲームメーカーが用意するのに対し、RPGでは自分でキャラクター探しから始めるのが特徴です。動きの速いキャラクターでプレイしたければその才能を持ったキャラクターを神自身でアバターとしスカウトし、憑依してプレイに参加をするのです」
そうか、他ジャンルだとキャラクターは同じでも構わないからか。
アクションゲームなんかだとメーカーが用意したマリオおじさんに全員が憑依するから、プレイヤーが用意する必要なんてないしね。
「えっと、RPGのキャラクターが、僕ですか?」
「はい」
なるほど、僕が神様のプレイするゲームの駒として声をかけられたという事か・・・・
RPGはキャラメイクをして前衛タイプや後衛タイプとしてのステータスを振り分けたりするけれど、それを駒を持ち込みで各自が用意するって事か。
ううーーむ
自分がそのスカウトされている所なのだという理解には及んだものの、キャラクターとしての自分の使用価値がサッパリ解らない。
僕自身は体力も下り坂の三十歳だ。お腹も出始めてるしモテた試しも無い。
こんなヤツ役に立つのかな?
おずおずと疑問を述べてみる。
「あのぅ・・・何となくROGのRPGジャンルのキャラクターに僕をスカウトしたという事は理解したのですが、僕なんかをスカウトして何か得になる事があるんですか?」
RPGのキャラクターとして思い浮かぶのは、アタッカー・タンク・バッファー・ヒーラー辺りだろうか?
正直言って戦闘なんかに自信は無いし、当然魔法だって使えない。
最近お腹の辺りの肉が気になり始めた30代に何を求めているんだろう?
「勿論です!」
すると、待ってましたとばかりに神様からは力強い返事が返って来た。
「貴方には魔法使いとしての才能があります。私のプレイヤーキャラクターとしてROGのオープン大会に魔法使いとして参加して頂きたいのです」
「ま、魔法!? 僕がですか?」
「そうです」
「うーん? そもそも僕の世界には魔法は無かったですし、魔法の才能なんて物が僕にあるんですか?」
「はい、そこは神の目を信用して下さい。地球の様に遥か昔にマナが枯渇してしまった世界では、魔法は発動しないので、自分に魔法の才能があるとは判らないでしょう。ですが、魔法の概念のある場所に行けばマナを吸収し、魔法の才能も十分に発揮出来る事となるのです」
おおおーーーーっ!
僕が魔法使い・・・
フフフ、どうやら僕には厨二設定が備わっていた様だ。
ちょっと・・・いや、かなり嬉しいぞ。
「そう・・・ですか・・・・。もし、地球にマナがあれば僕は今頃大魔導士になっていたかもしれませんね。いや、そこは神様をも目を付ける程の才能! フフフ・・・一国の大統領にでもなっていたかもしれないですね」
僕の中の想像に究極魔法を完成させ、国を救った英雄になり大統領へと上り詰めた姿を思い浮かべてみる。
ふへへ、国民に手を振る僕の姿が浮かんできたぞ。
ああ、そんな世界も悪く無い・・・。
「いえ、それはありません」
ニヤリと笑みを作り神様に同意を得ようとするも、バッサリ切られた。
くっ、否定するの早いな!
「えーっと・・・何故です?」
「魔法使いといしての才能を授かったのは本日だからですよ」
本日? どう言う事だろう?
パチパチパチ・・・
僕に向かっておもむろに拍手を始める神様。
「えっ?」
「本日めでたく三十歳の誕生日を童貞で迎えた事で、魔法使いになれる才能を入手したのです。おめでとうございます!」
「それって・・・」
「『禁欲の誓い』という儀式を30年続けるのは中々難しいのです。大抵の人は誘惑に負けて誓いを守れません」
「うぐっ」
「そして30年もの間『禁欲の誓い』を守り抜いた者には『魔法使い』になる資格を与えられるのです」
禁欲を30年って・・・・
自分から望んでそんな修行をした訳じゃないんだが。
ん?
もしかして、あの都市伝説ってこれの事だったのか?
確か、ネット上で囁かれていた都市伝説の一つだ。
何処かの掲示板に書かれていた内容の一節に『童貞のまま三十となった者は魔法使いになれる』と言う物があったよな。
ちょっと! あれって本当だったの!?
「ハッピーバースデイ・トゥーユー・・・」
神様自らの歌と拍手によるのバースデーソングが始まる。
ひぃぃぃぃ
「イャャァァァァァーーーやめてぇぇぇ」
神様のネットリとした笑みと嫌がらせの歌と拍手は僕の心のHPはガンガン削られる。
「ハッピバースデイ・ディア・童貞さん、ハッピバースデイ・トゥーユー」
そしてこの美しい神様に「お前は童貞三十歳だ」と現実を突き付けられる、あまりの恥ずかしさに両手の平で顔を隠しながら絨毯の上を転げまわる。
先程までの営業スマイルとは違う神様の本当の笑顔、神様だけど僕には悪魔の笑顔に見えた。