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祝杯

翌日、改めて熊の討伐依頼を果たした僕たちはその夜、宿屋の食堂で祝杯を上げた。


「討伐依頼達成、お疲れ様でした」

「ああ、良い仕事だったぜ」

「お疲れ様ー」


僕とエディとスズで地元産の茶葉を使ったお茶の入った杯を掲げた。

本当はアルコール類での祝杯にでもするべき所なのだろうけれど、この町で手に入るアルコールは度数が高くてキツイ。


どぶろくの様な自家製の濁り酒がメインなので、呑み慣れない物が飲むと翌日にまで影響が出る程だ。

度数の低いビールやワインはこの辺りでは生産されていないらしい。

なので、前世では酒に余り強く無かった僕は、必然的にノンアルコールでの祝杯だ。


ここの宿の食堂では、食事の時にはお茶がサービスで出される。

川が近いと言っても生水を飲めば健康を害するので、一度沸かして白湯にするか茶葉を入れて茶にして飲むのが常識であるらしい。

注文の品が並んだので食事を開始する。


「エディも僕らと一緒に王都に向かいませんか?」


僕はエディに何気ない風に聞いてみる。

スズに驚いた表情は無い、事前にこの事をするという話をしてあるからだ。


僕とスズの視線が集まる中で、エディの出した回答はノーだった。


「悪いな、俺は一緒には行かない。ここに、このドガの町に残る」


そうか、ちょっと残念。


「理由を聞いてもいいですか?」


僕の質問に少し考えてから答える。


「ウチの神様の方針、としか言いようが無いな」

「方針ってどんな?」


スズが良く解らないと首をかしげる。


「そうだなぁ。ウチの神様は豊穣とかの神様なんだわ、土地に根を下ろしてじっくりとやるのが好きなタイプでね」


世界各国で収穫を祝い神様を称えるなんてのは良くある話、神様の中では一番多そうなタイプだ。


「この町でずっとやっていくんですか?」


エディは頷きながら返事を返す。


「余程の事が無い限りは、ここで採取して狩猟して。そんな感じでやってく」

「そんなのもっと大きな町とかでもできるじゃない! ここよりもっと稼げるかもしれないでしょ」


スズには珍しく、エディに荒い言葉をぶつける。

エディは首を振ると、スズに対してキチンとした説明をし始めた。


「この町に俺とあんたらしかPCはいない、あんたらが出て行ったらこの町の斡旋は俺一人の独占状態になる。罠の縄張りも採取の範囲の取り決めもしなくて済むんだぜ? それがどんだけメリットのある事か解るかい?」


僕達がこの町を去る事になれば、この町の斡旋所を利用するのはエディだけになる。

生産系のスキルはかなり高いだろうし、エディにとってこの町は安定したポイント収入源になるだろう。

ライバルも無くエリアを独占できるメリットは計り知れないな。


「でも、あんだけのボクシングの腕があるのに・・・」


エディは前衛としてのスキルを取得しているハズだ。それを生かす場所に行かなくて良いのかとスズは言いたい様だ。


「ウチの神様は荒事が苦手でね、野犬の討伐の後はずっと泣いてたよ。「可哀想だよ」ってな。今後の町の為にも絶対にやらなきゃならないって説得して、ようやく成し遂げた周辺地域の安全だ。むざむざ手放す気はねぇんだ」


それで野犬の討伐の後、エディの様子が何だかおかしかったのか。

スズにはもう説得する言葉は見つからないみたいだ。

僕もこの話を聞いたらもう説得なんて出来ないな。


僕達は神様の方針に従うキャラクターだ、エディも神様の嫌がる事をするつもりは無いのだろう。

エディの事はスッパリ諦めるしかないな。


「エディの神様はこのゲームの上位を狙いに行ってるみたいですね」

「ちょっと! タロウはこの間は人に多く影響を与える事がポイントで、人助けや人殺しみたいなのが高得点になるんじゃないかって、真顔で言ってたじゃないのよ」


スズが僕の過去の言動にに抗議をするのは当然だ。

生産がまともにゲームのポイントになるなんて説明していなかったからだ。


「エディの言ってる事はちゃんと理にかなっているんですよ。食材を毎日沢山提供していれば、人に感謝されるでしょう。これは、十分他人に影響を与える行為です。商品の価格の相場に大きく影響を与えるぐらいの生産系職人にでもなれば。独占状態のエリアで得点を毎日積み重ねてゆけば、トップランカーにもなる事も可能なのだど思います」


僕の今までやってきたMMOで生産系職人ほど強い者はいなかった。

相場を操り物品を買い占め、大量の資金を手に入れる彼らは、レアな武器や素材を買い身に着ける。

常にトップランカーに名を連ねるのはそんな生産系職人だった。


「そんなに!?」


流石にスズも驚いたらしい。

生産系のスキルなんて、たかが生活の糧と思っていた行為にそんな価値が付くとは思っていなかったからだろう。

まぁ、そんなランカーの殆どは寝る間も惜しんでゲームにログインし続ける、ネット廃人だったけどね。


まぁ、この町の斡旋所のエリアを独占利用出来るのであれば、そこまでしなくてもランカーにはなれそうな気はするな。


「そう言えば、最初に僕達に”討伐をやらないか”って声を掛けた時から、生産系でやっていくと決めていたんですか?」


僕の質問にエディはニヤリと笑ってみせた。


「当たり前だろう? 盗賊の討伐依頼は無くなったけど、熊や野犬がいなくなればいつでも一人で歩き回れる安全圏が作れるからな」


なるほど、一人で出来ない討伐だけは組んででもやっておきたかったから、僕たちに近づいたのか。

二人組で非効率な生産をする僕達なんて、スキルさえ上げればすぐに出て行くと判っていたのだ。

なるほどねぇ・・・

僕が感心するやら呆れるやらしていると、神様からの言葉が聞こえて来た。


”プレイヤーだけでこの場で話せないかと提案してみて下さい”


そう言えば前にもそんな提案をしていたな、スズの神様にも。

僕達プレイヤーには聞かせられない神界の話でもあるのだろう。

僕は二人に神様からの提案を話してみる事にした。


「ウチのプレイヤーからプレイヤーだけで話がしたいとの事なんですが、聞いてみて貰えませんか?」


僕の顔を見てスズとエディは頷いた。


「呼んだか」


うぉ、はやっ。

すぐさまスズに憑依した状態で、戦神様の返事が来た。

スズの神様の返事が速いのは、常にPCの様子をモニターしてるんだろうな。


「こんにちはー」


えっ!?

エディが可愛らしい仕草と、オカマみたいな裏声で返事を返して来た。

うわっ、キモっ!


僕は驚きのあまり大きく仰け反ったが、そこで意識が遠くなった。

・・・・・・・・



再び意識が戻った時、スズが酔いつぶれてテーブルに突っ伏していた。

僕もあのどぶろくを飲んだのだろうか、かなりフラフラする。


”少し飲んでしまいました。彼女を送ってもうお休みなさい”

「・・・・・わかりました、そうします」


神様にそう返し、エディに声をかける。


「僕はスズを部屋に運んでから寝ますね」


エディも赤い目をしながら手をあげヒラヒラと振って見せる。


「解った、良い夜を」


そう言いながら席を立ったエディは、フラフラと自室に戻って行った。


「スズ、起きて下さい」


僕はスズに声をかけてみるが、テーブルの上に突っ伏したままだ。


「もう寝ますから部屋まで連れて行きますよ?」

「世界が回る、気持ち悪い・・・連れてって」


全身ダラーンと脱力した状態を試しにお姫様抱っこにしてみる。

うーん、お姫様抱っこなんて完全に脱力した人間でやると、手も足もブラブラして運びにくいだけだな。

頭の重みで首も反っているし、意識の無い人間を運ぶのには向かないな。


僕はスズを一度椅子に戻すと、今度はおんぶに変える。

胸が当たるのを遠慮して体から少し離して背負ってみるが、背中を反った状態で頭を床にぶつけそうになる。

軍隊式に荷物みたいに担ぐやり方ってのがあったっけ、覚えてたらそっちにしたんだが・・・・


僕は慌ててスズを背負い直し、落ちない様にスズの腕を僕の首に絡める。

スズが僕の背中にピッタリと密着する形になった。

・・・おふぅ

階段を上がる一段ごとにスズの胸が僕の背中に押し付けられ、首筋にはスズの息がかかる。


これはヤバい。

この世界にブラジャーなんて無いから金属的な硬さは感じない。

胸のサイズは小さめだが、ここまで密着すればちゃんと柔らかさも感じる。

まだまだ発展途上なんだろうけれど、これはこれで・・・・・


途中で背負い直したりしながらも、背中の感触を堪能してスズの部屋にたどり着く。

名残惜しいがスズをベッドに下ろし、仰向けに寝かせてやる。


「・・・・うう、気持ち悪い」


スズが口元を押さえて不吉な事を言いだした。


「おい、こんな水場の無い所で吐いたら大惨事になるぞ!」

「無理・・・」


ヤバい!

こうなったらスズにリターンかけてみるか。

アルコールが血液と結びついて体全体を回ってるんだっけ?

そうなると、体の一部分にかけても無駄か・・・・

それなら、片手の部分魔法じゃなくて、両手の全体魔法かければいいのかも・・・試してみよう。


僕はスズのお腹に両手を当てると、リターンの魔法を起動した。

・・・・・・

1分程経過すると、口元を押さえていたスズが跳ね起きようとしたので、慌てて手をどける。


「あれ? あたし何でここにいるの?」


あー、全身のタイムスリップだから記憶も無くなるんだった。

まぁ、別にいいか。

そもそも神様が憑依していた間の会話は僕達の記憶には無いんだし、問題は無いでしょ。


しかし、これは怪我の功名だな。

お酒に酔った状態というのは、毒にやられた状態と似ている。

スズのお陰でリターンの魔法で体全体の時間を戻せば、状態異常がリターンで消せるという事が判った。

なかなか便利な使い方を発見したな。


僕はスズが食事の後に神様達に憑依させた事や、憑依が解けた時にはお酒を飲んで酔いつぶれていた事。

部屋まで僕が運んで来て、魔法でスズの体全体の時間を戻しアルコールを抜いた事などを、かいつまんで説明しておいた。


僕の説明を聞き終えたスズは照れくさそうにしていた。


「うぇー、神様ってばあのお酒飲んだのかぁ」

「僕も結構フラフラしてます」


お酒に弱い僕がフラフラする程度で済んでいるのだから、神様はあのどぶろくを一杯飲んだ程度なんだろう。

流石に僕の方もきつくなってきたので、そろそろ切り上げて自分の部屋に戻る事にした。


「そろそろ部屋に戻って寝ます。明日は出発の準備をしてから、護衛の依頼でも探してみましょう」

「そうね、王都の方向に行く人の護衛でもあれば受けてもいいわね」


僕は頷くとドアを開けて廊下に出る。


「では、おやすみなさい」


ドアを閉める直前にスズの返事が聞こえた。


「おやすみ」


僕は自室に戻り、気になった事を神様に聞いてみる。


「神様、スズの神様とエディの神様はどんな方だったんですか?」


僕が神様と会話する時は少し強く神様に意識を向けて喋ってみている。

例え神様がモニターしていなかったとしても、何となくそれで僕の言葉は伝わると感じる。

ほどなく神様からの返事が来た。


”あの娘のプレイヤーは戦神一族の末裔の引きこもり、エディのプレイヤーはまだ子供でしたが豊穣の神の一族でしたよ”


引きこもりにお子様とは、なんか想像以上に色んな神様がいるんだなと思う。


「色々な神様がプレイしてるんですね、このゲーム」


僕の呟きを放置し神様は本題に入る。


”さて、今後の方針を話しておきましょう”


その晩、少し饒舌になっている神様と今後の計画を話し合った。

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