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日雇い

「ずるーい!」


翌朝、スズは僕に店の場所を聞くと服屋・鍛冶屋・防具屋を1人で回ってくると言って出て行った。

僕が騒ぎの間に買い物を済ませていた事が、余程気に入らなかったらしい。

リュックは僕の頼んだ物と同じ物を注文し、鍛冶屋には薙刀に近い物が無いかと探し回ってきた様だ。


前日のスリグループを退治した時に自警団から報酬を貰えたらしいので、そのお金で短槍とシミターを繋ぎ合わせて薙刀ぽい物を作って欲しいと頼み込んでみたらしい。

わざわざ作らなくても、槍ならそこらで安く売っているので「槍でも良いんじゃないの?」と聞いたら、神様の希望でもあるらしい。


槍と違って足元を斬りつけられる事が大事なのだとかなんとか。

そう言えば、三国志に出てきた関羽も薙刀みたいなの使ってたっけ。

単独で強い人は汎用性の高い武器が好きなのかな?


出来上がるのは三日後との事。

リュックと武器の出来上がりまで日にちが空いてしまう。

宿屋でゴロゴロしてても仕方が無い。

仕事の斡旋所がこの町にはあると宿屋のおやじに聞いたので、2人で午後はそこに行ってみようというという話になった。

やはりスズもお金の使い切って何も出来なくなるのは怖いらしい。


「ここですかね・・・」


町の人に聞いた斡旋所を見つけ中に入ってみる。

中に入ると左側の壁に何枚も紙が張り付けてある、これは依頼だろうか?

右側には壁沿いにベンチになっていて、待合いに使うのだろう。


1人先客の若い男がそこに座って何やら紙を手にして読んでいる。

ブロンドの短髪というこの辺りにはいない人種だ。

恐らく、この辺りの人間では無いのだろう。


奥はカウンターになっており一人の女性が座っているが、何やら書類作業をしていてこちらを気にした様子は無い。

僕らが中に入って行くと、座っていた男が僕らに気が付いたのか近寄って来た。

ブロンド短髪の男はよく見ると結構なイケメンだ。

筋肉の付き方も細マッチョ系だ、パワーよりスピードのありそうなタイプかな。


「やぁ、こんにちは」


頭にはそう理解したが聞こえていた言葉は英語だった。

ん? 英語? 

・・・・・PCか!?


僕の耳にはちゃんと「ハロー」と「こんにちは」が二重に聞こえていたし、これが僕達PCに設定された言語共有設定なんだろう。

僕は試しに英語では無く日本語で返事を返してみる事にした。


「どうも、初めまして」


僕が日本語で返すのを見て、スズも日本語で挨拶を返している。


「こんにちは」


こちらから話しかけた訳では無いし、相手が名乗るまで名乗るつもりはない。

やはり警戒はしておくべきだろう。


「こっちの言語じゃないな、やはりあんた達PCか?」


日本語で返した挨拶だけど、相手にはちゃんと伝わったみたいだ。

僕たちの喋った言葉を、この世界の言語でも英語でもなく地球のどこかの言語だと認識したらしい。

どうやら、この男がPCである事に間違いは無さそうだ。


「あんた達もって事はあなたもPCだって事?」


スズが即座にPCだと認めてしまった。

まぁ、隠さないといけない事でも無いし、いいか。


しかし、英語圏のPCか・・・・

「あんた達」と言われたのを「あんた」ではなく「あなた」に日本語でわざわざ丁寧に言い直さなくても、多分向こうには「YOU」とか「YOUR」にしか聞こえないだろう。


極端な話「お前」でも「てめえ」でも向こうには自動翻訳では「YOU」としか伝わらないのではなかろうか。

英語には「ごちそうさま」や「おつかれさま」など、訳せない言葉や単語が多すぎる。

そもそも、繊細な表現や情緒を表現する言葉が英語には一切無い。

たったアルファベット26文字の組み合わせだけで全ての表現をしてしまう弊害なのだろう。


僕らの会話は自動的にどの言語も日本語に翻訳されて伝わって来る。

日本語を基本言語に設定してあるからだ。

彼も基本言語を英語にしているだろうから、僕らの話す日本語を自動翻訳を通して英語で理解するハズだ。


英語の表現に無い言葉を使用した場合、自動翻訳はどう変換して伝えるんだろう。

「いただきます」とかが、彼には何と自動翻訳されて伝わるのか凄く気になるな。


「俺はアメリカからこっちに来たPCだ。本来の名前は忘れちまったからEddieエディを名乗ってる、よろしくな」


やはりと言うか当然と言うか、フレンドリーに握手を求めてきた。

僕にはあまり馴染めない風習だから、あんまりこの文化好きじゃないんだけどなぁ・・・


「タロウです。日本から」

「スズ、同じく日本」


僕とスズは短く答えて握手に応じる。

僕はともかくスズは必要最小限しか答えていない。


外国人PCにかなり緊張しているのか、それともこのPCを警戒しているのか・・・

まぁ、無警戒に仲良くされても困るし、これぐらいがいい距離感かもしれない。

恐らく、ログイン数時間でPCに殺されたのが良い薬になっているんだろう。


「ここで待ってりゃ、誰かPCが来るんじゃ無いかと思って待ってたんだよ。まぁ情報交換でもしようや」


エディが部屋の真ん中辺りにある丸テーブルと椅子の方を親指でクイクイと指さす。

仕方なく応じる感じで僕がテーブルに着くとスズもそれに倣った。

僕も情報交換はしたかったが、そんな態度をあからさまに出しては交渉にならない。


「俺はこの町の東10キロぐらいの所にログインした。それからすぐこの町に来て活動してるからあんた達よりはこの町に詳しいぐらいだ」


僕達も情報が欲しい、その話には乗ってみよう。


「僕はこの町から街道を10キロ程南に向かった先にある村の、2キロぐらい先の所にログインしました。2~3日その村に滞在してこの町には昨日到着した所です」


僕の説明を聞いたスズは、チラリとこちらを見てから自分のログインした時の状況を答える。


「わたしはタロウの言う村の近くにログインし、村でタロウと会って一緒にこの町に来ました」


スズは僕に合わせたのか、村や牧場での出来事は口には出さなかった。

まぁ、警戒心を持つのは良い事だ。


「俺はショートレンジアタッカーだけれど、あんた達の職種は何だい?」


何と表現するか戸惑ったが、ここは無難な答えで濁しておこう。


「僕はヒーラーです」

「私はアタッカー」


スズは槍と弓を使えるから正確にはミドルレンジアタッカーなのだろうけど、スズの神様の昨日の様子を見るとショートレンジでもオールラウンドでやれそうだけどな。


「へぇ、いい組み合わせだ、ここの依頼は大概こなせるだろうぜ」


そう言えば、この斡旋所のシステムを知らない。

いい機会だから説明キャラとして利用させてもらおう。


「斡旋所に来たのは初めてなんです。ここはどんな感じの仕事を受けるんですか?」

「まずここは、このゲームに一万人近くPCを送り込んだ運営の救済装置じゃないかと思ってる」

「この斡旋所がですか?」

「そうだ、そもそも町の人間はこの中に入って来ない。もしかしたら、入って来れないのかもしれないけどな」


エディは座っていた長椅子から立ち上がると、壁に貼り付けてある沢山の紙を指し示した。


「そこに貼ってある紙が何だか判るか?」

「えっと・・・依頼ですか?」

「ああ、そうだ。ここに貼ってある依頼は、町の連中にも簡単に出来ちまう程度の難易度しかない。その癖にそこそこ稼げちまうんだ」


そうか、町の人間が自由であれば、ここの依頼は町の人達に殆どが持っていかれてしまうハズ。

そうなっていないのは、ここが運営の救済措置だからだって言いたいんだろう。

まぁ、救済措置というよりもゲームのシステムの一部って気はするけど。


「ちなみに、どんな依頼があるんですか?」

「色々あるぞ。例えば・・・・ウサギを捕まえて来る・魚を取ってくる・野犬の討伐・熊の討伐・盗賊の討伐・砂鉄採取・石灰岩採取・護衛って所かな」

「ちゃんとお金の取れそうな依頼じゃないですか、商売の材料とか危険排除とか」

「俺はここのマニュアル通りにウサギ捕りをやってみた。罠のスキルが徐々に上がって来たし、今ならどこの森へ行ってもウサギを捕って暮らして行けるだろうよ」

「ああそう言う事ですか」


あー、なるほど。そういう仕組みか。


「どういう事?」


そこまででは話が繋がらないのかスズが僕の服の袖を引っ張って聞いてきたので、スズにも理解出来る様にかみ砕いて教えてる必要があるだろう。


「依頼の内容をこなすとスキルが上がるんですよ。何度も失敗を繰り返す事でスキルレベルも上がり。無駄無く依頼をこなせる様になると、この世界のどこでもお金稼ぎや狩猟をして生きていける。その基本をスキル上げをしながら教えてくれるシステムだと言う事らしいです」


この斡旋所という施設は運営の用意した職業訓練所という事だ。


「随分と親切なのね」

「この世界の住人を守る為には必要な事なんだと思いますよ。食べ物を得る手段が判らないままこの世界に来て何日も空腹でさ迷ったら、間違いなく盗賊か追い剥ぎになってしまいます」


その心配をしていただけに、気持ちがぐっと楽になった。


「お腹が減るとロクな事考えないものね」

「どのPCも達人級の武器スキルを持ってますからね。窃盗だろうが強盗だろうがその気になれば、やりたい放題になるでしょうね」


僕らの話が止まるのを待ってからエディが提案をしてきた。


「俺も毎日ここには朝と夕方には必ず顔を出してる。スキルが上がって討伐依頼をやりたくなったら教えてくれ。俺も野犬や熊の討伐依頼をやっておきたいんだ。あれやる時は俺も混ぜて欲しいんだ」

「なるほど、それぐらいなら構いませんよ。採取や狩猟を覚えたらそっちもやっておきたいですし」

「そうね、私も構わないわ」

「ま、今日はあんた達の顔を見に来ただけなんでな、俺はもう行くぜ」

「どうして僕達が今日ここに来ると判ったんですか?」


エディが呆れた様な顔を浮かべながらスズの顔を見た。


「おいおい、この町じゃ昨日の市場での騒動の話で持ち切りだぜ? 余所者の女が大立ち回りしたってな」

「ああ・・・・昨日の」

「それだけの騒ぎを起こしたヤツがPCじゃない訳が無いだろ?」

「まぁ、そうですね」


圧倒的に力の差があった喧嘩だっただけに、その喧嘩がPCの仕業だと予想は簡単につくだろうな。

何せ、そんな事をやりそうな人間がこの世界に大量に湧き出したんだし。


「なら、ここにいれば勝手にやって来るだろうと思ってな」

「・・・・そうですね。少し考えれば分かる事でした」

「だろ? それじゃあな、良い一日を」


僕らとのやり取りにに満足したのか、エディは斡旋所から出て行った。

僕達はエディが出ていくのを見送ると、受付へと向かう。

受付の女性に斡旋所について色々と聞いてみるつもりだ。


「こんにちは」

「斡旋所へようこそ」

「すみません、利用は初めてなんですが色々と聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ」


受付の女性がにこやかに応対してくれる。

もしかして、同じ容姿の人が世界各地の受付をやっているなんて事は無いだろうな?


受付の女性は、この斡旋所の利用の仕方や依頼の駒かいやり方まで懇切丁寧に教えてくれた。


きのこや野草の採取は見本の絵をくれるらしい事。

狩猟は罠の作り方のマニュアルや罠作りに必要な道具の貸し出しをしてくれるらしい事。

魚釣りの道具の作り方やモリの貸し出しをしてくれる事。

討伐依頼は現在位置の予測まで細かい情報を教えてくれる事。

護衛はこの町から片道、もしくは往復で追い剥ぎが出る事。

砂鉄採取は磁石を貸し出してくれ、砂場の地図も貸してくれる事。

石灰岩採石はつるはしと台車の貸し出し、採石場所の地図の貸し出しがある事。

これらの道具や地図の販売も行っている事。

この町の全ての店と宿屋の値段表の閲覧が出来る事。


運営は随分と手厚いサービスをしてるんだなと感心してしまった。

どうやらここは、初心者の館の役目を兼ねているらしい。

暫くはこの町でこの世界で生きる術を身に着けてからじゃないとこの先には進めないな。

僕にとっては大事な選択だけど、スズにも確認をしてみよう。


「この世界を生きてゆくのに必要なスキルをここで学習しなければいけないと感じています。僕はそれらのスキルを身に着けるまでは、この町を出ない方が良いと思っていますが、スズはどう考えますか?」


うーん、とスズは考えてからスズなりの答えを聞かせてくれた。


「あたしもそれで良いと思うよ? この先の事を考えたら、町以外の場所でも生きていけるぐらいにはならないとね。この世界の人に迷惑かけられないよ」

「それで良いんですか?」

「うん」


僕は童貞をこじらせた程の人間だから、人付き合いがそもそも得意では無い。

仕事なんかはまだ良いが、プライベートでは他人との距離感が判らない人間だ。

自分がいつのまにか人を怒らせてしまったり、自分から離れてしまう事はしばしばある。


僕が仕事上覚えたのが、自分を消して敬語で話す事だ。

他人との距離を縮める事も無いが、丁寧な言葉なので波風も立たない。

本来の自分はしょっちゅうイライラして自分本位だったりする。


今もスズが先に進みたいとの意見だった場合、僕はあっさりとここでお別れをしようと思っていた。

説得をして引き留めようとも思わないし、正しいと思った意見を曲げてまで一緒に行こうとも思わない。

スズの容姿は可愛いと思うし嫌いではない。


一緒に行動するのも楽しいので、ここでお別れするのはとても残念に思う。

その為に絶対的に正しいと思う意見を曲げようとまでは思えない。

僕の中で女性の優先順位がかなり低いからなのだろう。


スキルを上げてこの世界で生きる能力を育てる事よりも、先へ進む事を優先して盗賊予備軍への道を進みたがる人とは、今お別れしてしまったた方が楽だからだ。

薄情な話かもしれないけれど、正直そんな爆弾を抱えておきたくは無いとは思っていた。


それだけにスズに賛同して貰えた事がちょっだけ・・・・嬉しい。


取り敢えずのPT継続に安堵して、僕は努めて明るく言ってみる。


「まずはきのこ狩りにでも挑戦してみますか」

「うん!」


僕の後ろ暗い考えを吹き飛ばす様に、スズからは素直な返事が返って来た。

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