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ここは誰?

いつもの朝の通勤路、地下鉄の出口の階段を茶色のスーツに合わせた茶色の革靴で足早に登る。

エスカレーターに乗ってもいいのだが、最近お腹の辺りの肉が増えてきた事は僕の中の重要な関心事だ。


今日は・・・いや、今日からは階段を使おうと一念発起してみる事にした。

僕は二十代とはおさらばし、今日から三十代へと足を踏み入れてしまったからである。

つまり、今日が僕の三十歳の誕生日であると言う事だ。

正直、ただの三十路ならまだいい。


大学生時代に某有名MMORPGのリーダーなんて事をやってしまったが為に、朝も昼もMMOに入り浸った挙句の就職。

まともな人付き合いもロクにしてこず、ムダに青春の日々を費やしてしまった。

仕事は忙しく女っ気も無い、風俗に行く度胸なんてかけらも無い。

・・・・おかげでDTのままこの歳を迎える事になってしまった。


つまり三十路DTである。

取り合えず会社の人間には誕生日など知られていないハズなので、僕の三十路入りがすぐにバレる事はないだろう。

それに、僕のDTが知られていないにしても、今更誕生日なんて祝われて嬉しい物ではない。

誕生日が楽しみなんてヤツは余程順調な人生を歩んで来た者に違いない。


「あれ・・・?」


憂鬱な誕生日についてあれこれと考えながら階段を登っていると、いつもより階段が長い事に気が付いた。

周囲を見渡して見るが、階段の前後やエスカレーターに人は誰も見当たらない。

普段なら通勤客が途切れるこのないこのA3通路に、人の姿が無いなんて事があるのだろうか。


・・・・・おかしいな。


折角登って来た階段を今更戻る気にもならず、僕は再び階段を登る事を選択する事にした。


だが、登っても登っても階段に終わりは来ない。

これ、先が見えないけれど、頂上はあるんだろうか・・・


「なんだ・・これ・・・ゼーッゼーッ」


いい加減歩き疲れたので階段に座り込むと、一休みする事にした。


息を整えながら階段の上下を観察してみるが、どちらも永遠に続いている様にさえ感じる。


それにしても、周囲に人の姿が見当たらないからか随分と静かだな。


暫くの間、汗が引くのを待っていると「シューッ・・シューッ・・」と静かだけれど規則的な音に気が付いた。

そう言えば、向こう側はエスカレーターだったっけ・・・・

音のする方には120cm程の高さの壁が階段と平行に続いている。


「向こう側はエスカレーターか・・・」


どうやら階段の向こう側にあるエスカレーターの音の様だ。

夢中になって階段を登っていたから気が付かなかったけど、どうやらエスカレーターはずっと動いていたんだろう。

階段はずっと続いていて終わりは見えない。

かなりオカルト的な状況に陥っている現在、少しでも体力は残して置きたいしな・・・・

動いてるなら利用しない手は無いだろう。


僕はスーツの上着を脱いで抱えると、階段の手すりを足場にエスカレーターと階段の壁をよじ登った。

どうにか壁を超えると、壁の上からエスカレーターに飛び移る。


ドスン!

「うおっと!・・とと」


着地で盛大にコケてしまったが、どこにも痛みは感じなかった。

幸いどこにもケガはしていない様だ。

立ち上がってスーツのどこかが破れてはいないかを確認してから、エスカレーターの段差に座り込んだ。


シューー・・・・


僕が段差に座った状態でも、エスカレーターは僕の脚力なんかよりも速いスピードで淡々と登って行く。


こんな事なら、最初からエスカレーターを選択していれば良かったな。


それから体感にして10分程の間エスカレーターは僕を運び続けた。

その間、僕の目に映る景色はずっと変わらない。

タイル貼りの壁がエスカレーターのスピードに合わせて上から下へと流れているだけだ。


「何なんだ・・・これは」


僕がボーッと座ったまま先を見ていると、とうとうエスカレーターに終点がやって来たらしい。


「えっ? 終点?」


エスカレーターの段差に座っていたハズの僕は、突然段差が消えた事によって後ろ向きのまま、転がる様に飛び出してしまった。


「おわっ! ったた・・・」


エスカレーターから飛び出してしまった僕は思わず床に両手を突いてしまった。


「ん? 柔らかい」


転がり出た床の感触はとても柔らかい。

四つん這いの恰好でエスカレーターの終点を見渡すと、そこはいつもの地上の通勤路の景色では無かった。


赤い絨毯が敷き詰められた部屋は、さしずめ西洋式の社長室か執務室といった所だろうか。

僕も詳しくはないが中世の建築様式だっけ? バロックとかなんとか

柱は白く装飾が施されていて、随分と細かい所まで手が入っている部屋だと感じる。

ペン立ての乗った執務机と、その向かいの真ん中には猫足の椅子がポツンと置かれていた。


「そちらの椅子に掛けて下さい」


状況の変化に付いて行けずキョロキョロと周囲を見回していると、突然僕の耳に若い女性の声が聞こえてきた。


「えっ? あっ、えっ?」


部屋に僕以外の人間がいる事に驚き、慌てて立ち上がった。

すると四つん這いの状態では気が付かなかったが、正面の執務席には女性が座っていた。


今の声の主はこの女性なのか?


立ち上がった僕は女性をよく見ようとするが、彼女は俯き加減になっていて表情は判らない。

視線は机の上にある何かを見たままで何やら作業をしているみたいだ。


僕が椅子に座るまでは作業の手を止める気は無さそうだ。

今の状況だと声に従う以外に選択肢なんて無いし、大人しく指示に従おう。


僕は考える事を止めて、猫足の椅子にさっさと座る事にする。

僕が椅子に腰かけると、執務席の女性が顔を上げた。


「では、始めましょうか」


そう言った女性の目の前には僕が見た事の無いブランドロゴマークの入ったノートPCらしき物が置かれている。

どうやら、机の上に置いたノートPCらしき物の画面を見ながらキーボードを叩いていたんだろう。


「っ!?」


上半身しか見えないが、女性は飾り紐の付いた将校の軍服みたいなデザインの服を着ている。

金髪ストレートの髪を後ろでアップめに纏めていて、うなじの線が何とも言えない色気をかもしだしていた。

見た感じ、仕事の出来るキャリアウーマン風とでも言えばいいのだろうか。

目の色は碧く鼻筋もスッキリしていて、唇は薄い。

顔のパーツの配置や構成は、いつぞやに雑誌で見た顔のパーツの黄金比とやらに当てはまりそうだ。

僕は女性の美しさに衝撃を受け、動けなくなってしまった。


「・・・・・」


僕が惚けたまま口を開けないでいると、女性の方が口を開いた。


「まずは自己紹介をさせて戴きます、私はあなた方の世界で言う所の神と言える存在です」


???・・・神?


自分が何を言われたのかを、僕の頭では理解出来ない。


「・・・・はぁ」


僕はつい、解った様な解らなかった様な気の抜けた相槌の声が出てしまった。


「今回お呼び立てしたのは、他でもありません。貴方に私たち神々の造りたもうた世界のゲームにおいて、私のプレイヤーキャラクターになって戴ける様に、お願いをする為です」

「えーっと、言っている事が良く解らないのですが」


プレイヤー? キャラクター? 

えっと、ゲームの話?


「つきましては・・・」

「いやいや、話を進めるのはちょっと待って下さい!」


惚けた状態からようやく抜け出した僕は、ひな壇芸人みたいに立ち上がると慌てて女性を制止をした。


今の説明だけじゃ普通に解らん!

そして、そのまま話を続けられても困るよ!!


「何か?」


どこかに問題ありましたっけ?みたいな顔で可愛く首を傾げられてしまった・・・

僕は椅子に座り直すと今現在の状況を整理する事にした。


1.今朝通勤の途中でここに来てしまった。ここはどこ?

2.目の前には神様(自称)がいる。貴方は誰?


他にも解らない事は色々あるが、まずは順番に聞いてみよう。


「まず、いくつか質問があるのですが宜しいでしょうか」

「はぁー・・・・・解りました。手短にどうぞ」


女性はため息を一つつくと、クレーマーに怒鳴り込まれた役所の受付みたいな表情を見せる。

あれ? 悪いの僕!?


「まず、ここは何処なのでしょう?」

「そうですね・・・・貴方がたの言う所の神々の住まう天界という所です。と言っても外宮ですが・・・。裁判所や面接所、入場審査等をする所です」


この自称神様のいう事が本当だとすれば、ここは閻魔様みたいな方に地獄行きか天国行きかを審査される場所って事になる。

まぁ、この異常な状況が夢じゃないのであれば、この女性の言う事が真実と言う事になるんだよな。


・・・・・・・・・・・・えっ!?

これって、僕はもう・・・


「あのぅ・・・・・もしかして僕って既に死んでいるって事でしょうか?」


僕は通勤電車の事故にでも巻き込まれて既に死んでるんじゃなかろうか?

そんな疑問を自称神様に聞いてみる事にした。


「あら?」と小声でつぶやくと、口元に手を当てて笑った。


「ウフフフ、違いますよ。そうですね、誤解させてしまいましたか」


スッと左手を上げて右手で何やら手元のノートPCらしき物を操作をすると、空中に何やら映像が出てきた。


「こちらの映像をご覧になって下さい」


言われるままに視線を移すと、映像には都会の街並みが映し出されていた。

映像はそんな街並みの中から一つの建物をアップに映した。


・・・あれ? 

この外観には見覚えがあるぞ・・・・

って、これはウチの会社じゃないか?


映像がスゥーっと入口を通り過ぎて建物の中に入ると、ラボの作業デスクに向かう僕がいた・・・

まるでドローンででも撮影したかの様な、斜め上からの滑らかな映像だ。


「これは会社にいる僕の映像ですよね? 録画か何かみたいですが、こんな映像をどうやって撮ったんですか?」

「神だけに神視点で・・・。おっと、ちゃんと音声も聞いて下さい」


映像の中の僕は上着を脱ぐと、デスクの上に荷物を置くと椅子に腰かけた。

様子からして、僕が朝に出勤した時の映像なのだろう。

すると、僕の座るデスクに誰かが近寄ってきた。

あれは、後輩の・・・・?


*「先輩、本日でとうとう三十路ですねぇー。いやーー!お誕生日おめでとう御座いま・・グボォ」

*「クッ・・やめろ! どこから誕生日の情報が漏れたんだ! 吐けゴラァ」


画面の中の僕は話しかけて来た後輩に対して、ボディーブローを叩き込みながら「三十路の誕生日」を大声で周囲にバラしている事について怒っている。

クソッ、あいつ周囲に聞こえる様にワザと。


・・・・あれ?

ちょっ、ちょっと待てよ

おかしいぞ・・・・・僕はこのやり取りを知らない!


僕の三十路の誕生日は今日だ。

僕がここにいるのに、三十路の誕生日の話題を録画する事なんて出来る訳が無い。

だとしたらこの僕の姿をして出勤しているヤツは誰だ・・・・?


神様が手元で何かを操作すると画面は消えた。


「これは、現在のあなたの様子です」

「現在!? えっと・・・・・・今の映像に出て来た僕は誰ですか?」


僕は神様に向かって画像の核心部分について聞かずにはいられなかった。


「彼も本物の貴方ですよ。日付も本日のライブ映像です」

「そんな・・じゃあ、ここにいる僕は誰なんですか!?」


神様は「うーん」と少し迷ってから、指を一本立てながら説明を始めた。


「先ほどの映像に映っていたあなたから、DNAレベルで丸ごとコピーさせて戴きました。ですのであなたも本人と言っても良いでしょう」

「コピー・・・」

「あなたに分かり易い表現で言うと、ドッペルゲンガーという存在に近いと思います」

「ドッペルゲンガー・・・って自分と全く同じ顔の人間が世界のどこかにいて、直接会ったらどっちか死んじゃうヤツでしたよね」

「その様な伝承も残っていますね」

「えーっと、これ仮に僕が「元の場所に帰して下さいって」言って、元の世界で自分と会ったらどうなるんですか?」


僕の疑問に天使の様な笑顔で答えてくれた。


「100%あなたの方が消滅しますw」

「ええーーっ!!」



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