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仮想人格メーカー

 それは政治的な事柄から、文化、エンターテイメントまで幅広く取り上げるパネルディスカッション形式で進められる社会派の、とあるテレビ番組でのこと。会場の中央には大きな画面があり、そこには料理で使うミキサーのようなオブジェクトが映し出されている。もっとも、それはCGである事が明らかに分かる質感で、その造形が単なる演出である事は容易に察せられた。

 それはアプリケーションの一種で、名前を“仮想人格メーカー”という。人工知能の技術を応用して作られていて、その名の通り仮想人格を短時間で作り出してくれる。住んでいる地域や性別や身分などの条件を打ち込むと、それで自動的に仮想人格が形成されて会話までできるようになるのだ。

 このアプリケーションは、娯楽目的に開発されたものでもあったのだが、もっと真面目な使用用途も考えられていた。

 例えば、移民によって発生するトラブルを解決する為には相手の文化や性格傾向などの性質を知るのが効果的だが、このアプリケーションを使えば、仮想人格とはいえ、感覚的にも分かり易い会話を通して容易に相手のそういった性質を知る事ができるのだ。

 「人種や民族、性別などでステレオタイプを作ってしまうのには問題がある」という批判もあったが(一応、“同じ人種や民族でも、個人差があります。その点を充分に承知してください”といった注意書きがされているがそれほどの効果はないだろう)、それでもこのアプリケーションは注目されていた。

 だから、社会派のそのテレビ番組でもそれは大きく取り上げられていたのだ。

 

 ――。

 

 仮想人格メーカーによって、ベトナムや台湾、中国などのアジア系。それからヨーロッパやネイティブアメリカンなどの仮想人格が作り出され、ある程度会話を楽しむと、番組の司会者が不意にこんな事を言った。

 「実はあと少しで、この仮想人格メーカーはバージョンアップするのです。今回、当番組ではその新バージョンで追加される新機能を試してみたいと思っています」

 それから、仮想人格メーカーを開発している会社の男性スタッフが紹介される。そのスタッフが一礼をすると、「では、早速、その新機能の説明をよろしくお願いします」と司会者が言った。

 「はい。実は今回、当社の仮想人格メーカーの新バージョンでは、新たに時代設定という条件が追加になりました」

 それを受けると、司会者が大袈裟な反応を見せる。

 「時代設定ですか?」

 頷きながら「はい」とスタッフ。

 「つまり、異なった時代の仮想人格とも会話を楽しむ事ができるのです」

 それを聞くとひな壇にいるお笑い男性タレントの一人が「それは面白いですね」といかにも興味深そうに言う。本音と演技が混ざり合っている感じだ。続けて「それって、まるでタイムスリップじゃないですか!」などと女性アイドルが驚いてみせた。

 「では、とにかく、少しやってみましょうか」

 スタッフはそう言った後で“1865年・日本・男性・侍”などと条件を設定し作成ボタンを押した。すると、それら条件がミキサーの中に吸い込まれ、かき回される演出が。数秒の間の後でポンッ!という音がしたかと思うと、そこに侍の姿をした人間の映像が現れた。あまり良いグラフィックとは言えなかったが、このアプリケーションの売りはデザインではないので問題はないだろう。

 「これがお侍さんですか? 今日はー!」

 それを見ると、女性アイドルがそう挨拶をした。

 『うむ。今日は』

 と、それにその仮想人格の侍は返す。人工音声にしてはスムーズに喋る。江戸時代の人間がこんな挨拶をするかどうかは分からないが、そこは誰も触れなかった。

 『ところで、そなた達は何者かな?』

 次に侍はそんな事を訊いて来た。少し不自然な流れだ。

 「2017年の日本人ですよ」

 司会者がそう返す。侍はオーバーリアクションで驚いて見せた。

 『なんと、2017年の日本人!』

 少し演技っぽく見える。

 『ならば聞きたい事がある。日本はどうなったのだ? 外国とは戦争になったのか? なったのならば勝ったのか?』

 そこで手を挙げた者がいた。政治家タレントの中年男性だ。自分が答えるという事だろう。

 「お侍さん。色々な事がありました。結果として敗戦も経験しましたが安心してください。日本は繁栄しています」

 政治家がそう言うのを聞くと、侍は頷く。

 『そうか。そうなのか。それを聞いて安心した。日本は無事か……』

 その言葉に政治家が解説を加える。

 「この時代の日本は今では考えられないくらいに非常に不安定でしたからね。恐らく、不安だったのでしょう」

 その説明の間で、侍はフェードアウトして消えていった。やや唐突な印象は拭えない。司会者が口を開く。

 「はい。こんな感じで、新バージョンの仮想人格メーカーは歴史の勉強にもなるのですね。その時代の人間と会話する事で、実感と共に社会の移り変わりを学習できます」

 次にスタッフは“1895年・日本・男性・成人”などと条件を打ち込んで、作成ボタンを押した。

 明治時代だ。

 先ほどと同じ様な演出の後で、はかま姿の男性が現れる。似たようなやり取りの後で、はかまの男性はやはり似たような質問をして来た。

 『2017年の日本はどうなっているでしょうか?』

 政治家が答えた。

 「高度経済成長を成し遂げ、世界でも有数の経済大国になりましたよ」

 はかまの男性はそれに大いに感動をしたようだった。

 『なんと…… 素晴らしい。やはり福沢諭吉先生の訴えた事は正しかったのですね。学問は社会を成長させる』

 その後で前と同じ様に政治家が説明を加えた。

 「日本という国は、教育の重要性をよく理解している国なんですよ。福沢諭吉先生についてこの男性は語られていますが、それだけではなく、江戸時代においても寺子屋制度などは非常に素晴らしかった。明治を迎えて直ぐに世界レベルの科学研究をしていたなんて記録もある」

 どうもこの政治家タレントは、やや国粋主義の傾向があるようだ。もっとも、言っている事は事実なのかもしれないが。

 それではまか男性の出番は終わりだった。次に司会者は観覧者達に向けて、何か作りたい仮想人格がないかと質問をする。すると一人が手を挙げる。女性だ。司会者が「はい。では、そこの女性の方、お願いします」とそう言うと、彼女はこう言った。

 「2050年の日本でお願いします。性別はどちらでも構いません」

 司会者は嬉しそうな声を出す。

 「なんと未来! これは面白い。さて、どうなるのでしょうか?」

 ミキサーの演出の後で、未来人が姿を見せた。もっとも、格好は現代人と変わりはない。

 『2017年の日本人だって?』

 少し説明を受けると、その未来人はそう大声を上げた。そして、こう続ける。

 『なんて事だ! ワタシはあなた達には大いに文句があるのです! 何故、もっと将来の事を考えて行動をしてくれなかったんだ! お陰でどれだけこっちが酷い目に遭っているのか分かっているのですか?』

 明らかに怒っている。

 質問をした女性がそれに説明を加えた。

 「今の日本社会は、財政問題や高齢社会、原子力発電所の後始末など、将来に向けて負の遺産をたくさん残しているのです。

 だから、本来ならその負担を乗り越えられるだけの優秀な人材を育成しなければいけないはずですが、何故か教育にも出産にもあまり力を入れようとしない。特に情報技術の活用力は悲惨の一言です。

 将来の負担を増やしているのに、次世代の能力を伸ばそうとはしない。

 つまり、今の日本はかつて日本が高度に成長する以前に行っていたのとはまったく逆の事を行っているのですね。これでは社会が衰退するのも当たり前です。未来の方が怒っても無理はないでしょう」

 そう彼女の説明が終わる。番組の会場はシーンと静まり返り、誰も何も発言をしなかった。

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