大いなる存在に導かれて
待っていた夜が訪れて、私はゆっくりと目を開けると窓辺から空を見る。
「満月だわ」ぽそりと呟いて、はっと気付く。旧校舎の聖堂にあるステンドグラスから注ぐ月光が鏡にかかる前に急がなくてはと。
「今時ホウキに乗るなんて時代遅れだけど仕方ないわ」
ホウキの先にランタンを付けると、長いローブを纏いこっそりと飛び立つ。
急げ急げと私のホウキは一直線に聖堂に向かい。その入口の前に降り立つと扉をそっと開いた。
白を基調とした聖堂の一本道を行く。祭壇には水の玉が浮いていた。
「これが鏡」
触れるには恐ろしく、見るには神聖なそれは月光を浴び鏡の形になる。
薄い水鏡に移る自分の姿に私は驚いた。黒色のもやに包まれていたからだ。
「私、やっぱり呪われてるのね」
涙が止まらない。大事なものを手放さなくてはならないと思ったからだ。
『幼子よ。そう泣くでない』
美しくやさしい声に顔を上げるとそこには、神々しい人がいた。
美しい緑の髪に鹿の角を生やし、まるで女王の様な服を身にまとう姿は、人間離れしていて、けれど優しげに感じた。
『私は魔法の始まりを作りし者』
魔女の始祖、彼女は、世界を悲嘆し、精霊と契り、精霊の世界に消えてしまった大いなる魔女だ。
だから突然の登場に驚き過ぎて、なぜ、どうして、が言葉にならない。
『娘よ。そなたにかけられた呪いは、幸せを喰らい孤独をもたらす呪い』
すっと伸ばされた色白の手は私の頬を撫でる。
『だがそう悲嘆することはない。この呪いはお前が心底惚れた相手が解く。探せ大切な者を、お前の伴侶となる者を』
月が光を隠し、風と共に大いなる魔女は消えた。衛兵の足音を耳に私はホウキにまたがると、早々に後にした。
家に帰るとレイスさんが玄関口で待っていて、直ぐに駆け寄ると私を抱き締めた。
「ロッテ、君が突然居なくなるから、何も言わず出ていったかと思った」
「レイスさんなんで?私は居なくはならないよ」
「君を見ていると時々消えてなくなりそうな顔をするんだ。だからどうしてもそう考えると胸が締め付けられるんだ。君は大事な人だから」
レイスさんはそんなことを思ってくれていたんだ。
私は訳もわからず大粒の涙をこぼしながらレイスさんにしがみつく。
「ごめんなさい。ごめんなさい。レイスさん、実は私呪われているの」
レイスさんはハッとしたような顔をして私の目を見つめる。
「私にかけられた呪いは、孤独の呪い。それを解くには私の伴侶が必要らしくて」
「それは誰に言われたのだい」
私の目をまっすぐ見詰めレイスさんは返事を待つ。
「魔女の始祖のお方に、聖堂の水鏡の前で」
「まさかあの場所に忍び込んだのかい」
「はい。だから、レイスさんお願い。私の呪いを解くために、伴侶を捜すことを手伝って下さい」
「伴侶…」
レイスさんは、どこか力が抜けた様にかがみ、俯いた。
「君の伴侶か」
レイスさんが顔を上げた時、その目はどこか悲しげで、苦しげで、私の胸は締め付けられた。
ねぇ、レイスさん
どうしてそんな顔をするの
言葉は口にできなかった。
レイスさんは「よし」と、気合いを入れると覚悟を決めた目で私を見詰めた。
「明日から君の伴侶を見つけよう。誰か愛せそうな人が君にはいるかい」
私は首を横に振る。だってそんなこと一度も考えたことがなかったから。
「そうか、なら意識して周りに目をくばるんだ。一体自分が誰を愛せるか考えるんだよ」
「分かりました」
胸が痛い。分からないけどこんなに苦しいのは何故なんだろう。私は泣くのを堪えて自室に戻った。
自室の扉がパタンと閉まる。私は扉に寄りかかる。いつの間にか流れていた涙を指で拭う。
「苦しいよ。レイスさん」
ポロポロ流れ落ちる涙、とぼとぼとベッドにたどり着くと、枕を抱いて顔を埋める。
ひとしきり泣き私は疲れて眠ってしまい。気付けば朝を迎えていた。