リリーちゃんと私
レイスさんによると、私を連れに来たのは、学園に入れるためだったそうで、学園に入るには読み書きができなくてはならないため、しばらく私はレイスさんの弟子として過ごすことが決まった。
絵本に書いてある文字をたどりながら、私は覚えつくしてしまったあの本を思い出した。この文字があれならこっちの文字はこうかと、頭の中で言葉の意味を考えては、繋げていく。
分からなかったものが少しずつ分かっていく。
それが凄く楽しくて頭の中にある秘密の本を読み解くために、私はどんな難しい言葉も覚えた。
ある日の朝、朝食の席でこっくりこっくりと舟をこぐ私に、レイスさんは心配そうな目を向けた。
こちらにおいでとレイスさんに呼ばれ近付けば、優しく抱き締められて、そっと囁かれた。
「ミスロッテ、この頃少し頑張りすぎてはいないかい」
まだ声を出すのに慣れていない私は首を横に振った。恥ずかしい。頭に柔らかな感触を感じて、レイスさんの鼓動に安心していく。
レイスさんは何を思ったのか、呪文を唱え始めて、それが眠りの呪文だと分かり、私は抵抗し打ち消す呪文を唱えたけれど、やっぱりレイスさんには敵わなかった。
流石、私のお師匠様だわ。
気付けば次の日の朝だった。リリーちゃんがベッドの側の椅子に座りながら眠っていて、心配をかけてしまったなと思い。私はそっとベッドから這い出ると、リリーちゃんが目覚めるまでと言い聞かせ、山積みになった魔法書を手に取った。
新しい魔法書を読む。上級魔法編って書いてあるけれど、頭の中の本よりずっと簡単な内容で、意気込んでいた私は拍子抜けしてしまった。
そして分かったことは、あの本は難解な魔法書で、本来ならば力なき者に襲いかかる程、危険な代物だったということだ。
私の潜在魔力量は思ったよりずっと大きいみたいで、だからか本が襲うことはなかったし、レイスさんはその魔力に気付いて迎えに来てくれた。
マレージ奥様が言っていた「レイスさんが私を金で買った」発言は間違えだったと、この屋敷に来た時にレイスさんから聞いた。
危険なことをすればレイスさんに心配をかける。なので私はこの秘密の魔法書を心に留めた。
ぱたんと本を閉じため息をつくと、リリーちゃんが目を覚まして、慌てて立ち上がったので、私はクスクスと笑う。するとリリーちゃんは何を思ったのか突然ペコリと頭を下げた。
「申し訳ございません。主人を前に居眠りをするなんて、メイド失格です」
「大丈夫だよ」
小さな声で私がそう言えば、リリーちゃんは責任を感じてか、顔を上げてくれない。
「私はロッテ様付きのメイドです。主人を助けるのが本来の役目であるのに、この様な失態許されません。どうか私に罰をお与え下さい」
かしこまるリリーちゃんに、私は分かったと頷いた。
「なら、私の話し相手になって下さい」
「ロッテ様、それでは罰にはなりません」
私は困惑するリリーちゃんに、そっと笑みを浮かべ話し出す。
「私ね。友達っていないの。遊び方も分からないし、共感してくれる人もいない。だからいつも孤独だった。しだいに話し方まで分からなくなるしまつ、友達とまでは言わない。だからお願い私の話し相手になって」
言葉にして分かる恐怖、こんな私をリリーちゃんは受け入れてくれるだろうか。けどリリーちゃんの顔を見ればそんな不安は吹き飛んだ。
優しく微笑むリリーちゃんがそこに居て、私は嬉しくて何故だか気付けば泣いていた。
レイスさんが現れるまでそれは続いて、二人は私が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。
季節が変わりレイスさんの家に居ることが大分慣れてきた頃、私はレイスさんを捜して屋敷の中を歩いていた。
分からない文字を聞くためだ。レイスさんは優しくて素敵で話すだけで最高の気分になる。
顔を見てひとことを教えて貰うだけなのに、何でこんなにドキドキするんだろう。何故だか私は今とても幸せで、それが嬉しくてクスッと笑った。
きっとこの時間なら工房に居るだろうと思い、顔を出すとやっぱり居た。
レイスさんはぐつぐつと薬草を煮て薬を作っていた。今日の薬はリュウマチに効く薬のようで、鍋から目を放さず何かを探るレイスさんの手に薬草を差し出した。
「ミスロッテ、よく分かったね。」
レイスさんはそう言い優しげに笑って、私の頭を撫でた。ドキドキして私は嬉しくて笑顔になる。こんな毎日が楽しい日が来るなんて思ってなかったからかな。私は今とても幸せだ。
火をおとしてしばらくすると、レイスさんは薬をビンに詰めて、それが終わると私を見てにこりと笑った。
「丁度良い。ミスロッテ今日は街に一緒に行こう」
街という言葉に私はドキッとした。初めて行く場所だ。大丈夫かなとそわそわしてると、大丈夫だよと私の心を落ち着かせるようにレイスさんはそっと手を取った。
するとなぜか顔が熱くなる。
私どうしたんだろう。胸がきゅんと締め付けられドキドキする。こんなこと今まで無かったのに、レイスさんの顔をまともに見れない。
何でだろう。レイスさんの笑顔が凄く眩しく感じた。
「ミスロッテどうしたんだい」
「なんでもないです。私、出かける準備してきます」
レイスさんから逃げるように部屋を飛び出した私は、一直線に自分の部屋を目指す。
そして、ベッドに飛び込むと枕を抱き締めてごろごろと転がり、終いにはベッドから落ちてリリーちゃんに心配された。
「ロッテ様、どうなされたのですか」
「私にも分からない」
何があったか事細かにリリーちゃんに話すと、リリーちゃんはなるほどと納得し、にこりと笑った。
これから街に行くのにどうしたらと呟くと、リリーちゃんは心なしか目を輝かせた。
「今日は私がロッテ様を最高に可愛く美しく見えるようにコーディネートします」
リリーちゃんは私をあっという間に綺麗に着飾ると、渋る私を玄関ホールに連れて行く。
そこには既にレイスさんが待っていて、逃げる訳にもいかずそっと近寄ると、可愛いねと誉められ、さあ行こうと心の準備もできないまま連れ出された。