新しいお家
私は馬の蹄のポクポクとした音を聞きながら、馬車の中で揺られ考えていた。レイスさんはなんで優しくしてくれるのかな。ちらりとレイスさんを見れば、優しく微笑みかけてくれた。
「ミスロッテ、私の家に着いたらまずはお風呂に入るといい。今日は寒いから芯まで冷えきっているだろうし、きっと温まるよ。身だしなみを整えたら色々と話そうか」
「はい」
思わず返事をしてしまったけど、お風呂なんて入ったことがないよ。お風呂はマレージ奥様とかジョージとか偉い人が入ることができるやつだ。
いつもは井戸水をタオルに浸しそれで体を拭っていたからびっくりした。
私も入っていいのかな。
本当だったら私みたいなみすぼらしい子は許されないのに、それでもいいのかな。
馬車が止まって外を見ると大きなお屋敷があって驚いた。マレージ奥様のお家よりもずっと大きいや。
レイスさんに手を引かれるまま家の中に入ると、使用人さんが沢山いて、その人数の多さにまたも驚き、私は思わずレイスさんの影に隠れた。
「ミスロッテ大丈夫だよ。ここにいる人達はみんな君の味方だ」
レイスさんの優しげな声に、こっそりと見てみる。そこにいる人達はみんな笑顔を浮かべていた。
「リリーはいるかな」
その声に一歩前に出た女の子は私を見つめてニッコリと笑った。凄く可愛い子だな。私と同じくらいの年なのにとてもしっかりとして見える。艶やかな黒髪を弛く結い、きらきら輝いて見えるチョコレート色の瞳、黒いメイド服に可愛いフリルの沢山ついたエプロン、それらはリリーちゃんにとっても似合っていた。
「今日からロッテ嬢に仕えてくれるかな」
「はい、旦那様の仰せのままに」
リリーちゃんは、レイスさんが居なくなるまで頭を下げて見送ると、私を見つめ微笑んだ。
「今日からロッテ様付きのメイドとなりましたリリーと申します。どうぞ何かありましたら、この私にお申し付けくださいませ」
「は、はい」
堂々としているリリーちゃんを前に、私は緊張して小さな声でしか返事ができなかった。でもリリーちゃんはそんな私を前に気分を悪くしたりはしなかった。
「では参りましょう」という言葉に私は頷き歩き出した。
本当に広いお屋敷だ。あまりに広くて迷子になりそうだ。
「今日からここがロッテ様の過ごされるお部屋になります」
案内された部屋はとても大きくて広くてそわそわした。何だか別の世界にいるみたい。天幕のついたベッドに可愛らしい鏡台、それから素敵なクローゼットにふかふかの絨毯、出窓になってる窓辺からはとても綺麗な街並みが見える。
「では早速ですが仕度を始めましょう」
仕度って何の仕度だろう。そんなことをぼんやり考えてると、リリーちゃんに浴室まで連れてかれて、私はぽいぽいと着ているものを脱がされた。そして温かいお湯を浴びせられる。
リリーちゃんの手際の良さに圧倒されたまま、身体中泡まみれになりスッキリ綺麗になる。今度は髪を整えるのかハサミを手にしたリリーちゃんは私の長くなった前髪を切ってくれる。
チョキチョキと切り終わった後、リリーちゃんが息を呑んだので、どうしたのだろうと首を傾げると、ニッコリと微笑みを向けられた。
なんか私変なことしたかなと考えていると、湯船に浸かるように促され入ってみる。足の爪先と手のひらがじんじんする。お風呂はとてもポカポカとしてほっとする場所だった。湯船には綺麗なお花の花びらが浮いていていい匂いがした。
お風呂から上がると、どこもかしこも綺麗に拭かれ、用意されていた服を着させられる。ドレスというものを初めて着た。
ふわふわする白色のドレスに青いリボンがついている。どこかのお嬢様が着るような服に、気持ちが落ち着かない。
そして鏡台の前に座らされて、そこに映る少女に、私は首を傾げた。銀色の豊かな髪に金色の瞳をした可愛らしい少女の姿に、これは一体誰なのだろうと思った。
「ロッテ様、とてもお綺麗でリリーは鼻が高いです」
これが私なの。びっくりして鏡を何度も見たけれど、直ぐには信じられなかった。仕度も終わり、私はリリーちゃんに連れられ、レイスさんの部屋に通された。
「ミスロッテ、見違えたよ。とても素敵なレディになったね」
この気持ちを声に出していいのか分からなくて、慌ててしまうとレイスさんはニッコリと笑い私の手を取った。
「ゆっくりでいい。自分の気持ちを口にしてごらん」
そんなことできない。私はマレージ奥様より無駄口を叩かず「はい」か「いいえ」で受け答えをしなさいとよくしつけられていたので、なんて言ったらいいのか分からず、どうしたら感謝を形にできるか考え、頭を下げることにした。
するとレイスさんは頭をそっと撫でて笑いかけてくれた。
「ミスロッテ、今日からは「はい」や「いいえ」だけではなく。思ったことを口にしていい。私はいつまでも君の言葉を待っているからね」
そんなこと言われたのが初めてで私は聞こえない位小さな声で、「ありがとうございます」と呟いたのだった。