8.
一晩の休息の後、ユパカは出発する事を主張した。
「落馬したら、置いて行く」
そう言い渡しても、呪術師の意志は変わらなかった。
先を急ぐ必要があるのは、ユパカも判っているようだった。
「警報はすでに出ているわ」
馬を走らせながら、ユパカはそう説明した。
「見張りをしていた少年。あれも、警報が出たせいだな」
「そうよ」
「これは推測だが、おそらく、フェナーブ連合軍の一部が出動している」
「今まで、私たちは部族単位でしか戦わなかった。知らないの?」
私たち。
ブルケデム大陸の血を受けたユパカは、『大地の守り手』としての誇りを隠そうとしなかった。
「表向きは、そうだな。しかし、裏は違う。緻密な連絡網が出来上がっている」
「……あなた、絶対に賞金稼ぎじゃないわね」
「何に見える」
危険の中に向かうせいだろう。私の口も、少し軽くなっているようだった。
「見た目は普通の人間よ。ただ、呪術師として言えば、あなた人間じゃないわね」
「なるほど」
「むろん祖霊たちとも違うけど、ウォルカターラの呪いは感じない。面白いわ」
「面白い、か……止まれ」
丘の裾を巻くようにたどる道。左手に丘、右手は崖。
その上に現れたのは、数人のフェナーブの戦士だった。
とりあえず攻撃してくる意志が無いのなら、それでいい。
フェナーブ達は見え隠れしながら付いて来ていたが、それだけだった。
道はやがて渓谷に入り、目的の谷が見えた。
谷の中にあるフェナーブ式の村を見て、ユパカが呪術師の無表情に戻った。
「遅かったな」
「……ええ」
キャンプ地でだらけた格好をしている男達は、フェナーブではなかった。
「しかし、まだ間に合う」
「どういうこと?」
「全滅したわけではない」
ごろつきばかりがいくらいても、金は取れない。
金採掘のために奴隷にされているフェナーブ達の姿も少し、残っていた。
「生きていれば、救出は出来る。違うか」
「やるの?」
「後ろの御仁達は、そのつもりだろう」
振り向かずに、指で示す。
ユパカが振り向き、息を呑んだ。
銃を構えた若いフェナーブの戦士が、我々に付いてこいとあごをしゃくってみせた。
魔法使いをさっさと射殺しろ。
そうわめく若い戦士を黙らせたのは、戦士長だと名乗ったフェナーブだった。
「呪術師の連れだ」
戦士長は、私の銃を取り上げようとはしなかった。
取り上げても無駄だ。そう、ユパカが宣言したからでもあった。
「理由はそれだけか」
「もう一つある。おまえは射殺できない」
「ほう?」
「撃っても死なないもの相手に弾を撃っても、無駄だ」
戦士長はそう言いながら、彼らから離れたところにいた私に目をむけた。
フェナーブ達の前にいるのは、私の馬と、幻影だけだ。
「なるほど。聞いていた通りだな、レッド・ブル」
「誉め言葉と受け取っておこう。それでどうするつもりだ、魔法使い」
「どうもしない。ただ、連中を叩く。賞金首も何人かはいるはずだ」
「賞金目当てには見えない」
「目に映るものだけを信じない方がいい」
「覚えて置こう。我々は今晩、行動を起こす」
戦士長の発言に、男達から驚愕の声が上がった。
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