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名もなき者への挽歌  作者: 中崎実
第一章:草原の魔人
7/12

7.

※R-15注意

 季節外れの雨でフラッド・パスが潰れたとなると、旧ブラーン街道から金の出る谷に向かう道はリバーズウェイ・トレイルのみとなる。

 そしてリバーズウェイ・トレイルの途中には、フェナーブの村がいくつかある。

 いや。

 廃虚の焼け跡から立ち上る煙の臭いは、過去形で言うべきであることを主張していた。

「……ここも、皆殺しね」

 勝手に付いてきたユパカが、唇を噛み締めて言った。

 焼けこげた家の跡に、生焼けになった死体が転がっている。小さな死体をかばうように倒れているのは母親だったのだろうか、今となっては顔の区別すら付けようがない。

「せめて埋葬してやりたいわ」

「時間の無駄だ」

 死体はただの肉だ。異臭を放つ廃虚には、私に出来る事は何もない。

 やれるのはせいぜい、死臭を払ってやる程度のことだろう。

 ユパカは違う意見であるようだったが、それでも私に同行する事を選んだ。

 並んで馬を走らせる横顔は、きつく唇を引き結び、緑色の瞳は険しく前方を睨んでいた。

「一つ聞きたいの、魔法使い」

 埃っぽい狭い道を巧みに手綱を操りながら、ユパカは言った。

「なんだ」

「何が目的なの?お金じゃないのは分かっているけれど」

「金鉱だ、と言ったら?」

「嘘ね。金鉱の事なんか、私が教えるまで知らなかったじゃないの」

「では、気が向いたから、というのはどうだ」

 ユパカは肩をすくめて返答の代わりにした。

「こちらこそ聞きたい。女一人でどこへ旅するつもりだった」

「呪術師の旅に付いて訊ねてはならない、というわよ」

「なるほど。馬ではなく、馬車だった理由は?」

 この娘なら、馬に乗っての一人旅など造作なくこなせたはずだった。

「今日はずいぶん聞きたがりね?」

「そういう時もある」

「あいにく、教えたい気分じゃないの」

「なるほど」

 それきり会話は途切れ、私は馬を急がせた。


 ──────────


 分かれ道など無いはずのリバーズウェイ・トレイルの途中に、その道標は無造作に作られていた。

 フェナーブ式のそれの意味は、極めて簡単だった。

 危険、迂回せよ。

「迂回路はあるようだな」

 何とか追いついてきたユパカに水筒を投げ、私は言った。

 中身はただの水だ。ユパカは意外そうな顔をしたが、黙って喉を湿らせると、馬を寄せて水筒を返した。

「嫌な予感がする」

「ほう?」

「魔法使い。あなたも感じているんじゃないの」

「死人が出ているのは分かる」

 それと、魔法の気配。

「ウォルカターラの外法ね」

「どうやらそのようだな」

 迂回路を示すもう一つの道標に従って、私は馬を乾いた丘に向けた。

 馬一頭通るのがやっとの、乾ききった丘の稜線をたどる道が、迂回路だった。

 干からびかけたような潅木が、照り付ける日に晒され、ひねこびた影をわずかに落とす。

 いくつかの丘を越えたところで、視界の隅に何かが動いた。

 馬を止め、銃を抜く。

 小さな影がさっと岩陰から飛び出し、荒れた丘の向こうに消えた。

「撃たないで。まだ子供だわ」

「フェナーブだな」

 銃を収め、馬を進めようとしたところで、ユパカがぐらりとよろめいた。

 落馬しそうになった娘を支えると、ユパカはすでに気を失っていた。



 日が沈む頃になると、気温が急激に下がった。

 病人向きの気候ではない。毛布を体に巻き付けたユパカは、コーヒーのカップを両手に持ってしばらく暖を取っていた。

「足手纏いになってしまったわね」

「判っていたのなら、何故来た」

「私は呪術師よ」

 言って、ユパカはコーヒーを啜った。

「どうしても、来る必要があった。このあたりで死んだ者達を、正しく母なる祖霊の元に帰してやるために。でも、無駄だったのかもしれない」

「どういうことだ」

「魔法使い。あなたがいるからよ」

「外法を使った覚えはないが」

 人の命を代償に力を振るう魔術は、死人すらも力に変えるという。

 しかしユパカは首を横に振ると、私に視線を据えた。

「あの村よ。埋葬できなかったけど、浄化したでしょう?」

「何の話だ?」

 死臭が漂っていたので風は呼んだが、それ以上のことはしていない。

「もう一度聞くわ。あなた、何者?」

「見ての通りだ」

「目に映るものと、中身が異なっているから聞いているのよ。人には使えない力を使う魔法使い。呪文が要らないだけではないようね」

「好きに解釈するがいい」

 教える気はないし、そもそもユパカが聞きたい答を私は持っていない。

 ユパカはしばらく私を見つめていたが、やがてコーヒーを置くと、トウモロコシ粥を口に運び始めた。

次回更新は12月30日21時を予定しています

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