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名もなき者への挽歌  作者: 中崎実
第一章:草原の魔人
5/12

5.

 大工は棺を作るより先に、宿のドアを直していった。


「なあに、どうせ連中に棺は要らないさ。賞金首はどこかに持っていくんだろう?」

 生死を問わず賞金が出るお尋ね者、つまり金になる死体が五個ばかり入っていた。

「一番近くの保安官はどこにいる?」

「ここから一日はかかるよ。持って行くなら、荷馬車の手配もしてやるぜ」

「金が欲しければ、あんたが持っていけ」

 今のところ、金に不自由はしていなかった。

 大工は目を丸くし、それから首を横に振った。

「冗談じゃない。遠慮しておくよ」

「そうか。では、埋めるしかないな」

「葬式代は誰が出すんだろうな?」

「奴等の持ち物を売るんだな。墓穴掘りの代金くらいにはなるだろう。あるいは、荒野に放り出しておけばいい。コヨーテが食らい尽くす」


 そして案の定、クルーガーはけちな悪党で、コヨーテ達の腹を膨らませてやる事を選んだ。

 負けた奴は手下ではない。つまりそういう事だと奴は笑った。


「それで?」

「おまえは強い。俺の手下にならないか」

「断る」

「美味い話もある。それに、おまえは魔術師だそうじゃないか?そんな賞金稼ぎなんかより、よっぽど稼げるぞ」

「金に興味はないんでね」

「ふん、珍しい賞金稼ぎもいたもんだな」


 予想を裏切り、クルーガーはつまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。

 その間、クルーガーの手下である魔術師は、こちらを攻撃しつづけていた。

 効果がないという事を魔術師が理解するまで、私は放っておいた。

 理解し、立ちすくんだ魔術師が声を上げようとしたのに、私は一つの術を放った。


「うるさい蝿だ」

 魔術師が両手で喉を抑えた。

 みるまに顔がどす黒くなり、大きく開けられた口から舌が突き出す。かっと見開いた目が充血し、そして焦点を失った。

 どさりと重い音を立てて、かつて魔術師だった肉傀が床に転がる。

 汚物の漏れる臭気が、部屋の中に漂った。

「……貴様、いったい何者だ」

 教える義理はない。

 私はグラスを干し、席を立った。


 用心棒が一歩後ずさり、道を開けた。


 ──────────


 集団を相手に戦うとなれば、宿屋はけしてそれに適した場所ではない。

「無茶な真似をするわね?」

 気分が良いといって起きていたユパカが、私の施した術をみて眉をひそめた。

「いくらあなたが桁外れの魔術師だからって、そこまでやれば命を縮めるわよ」

「たいした術ではないさ」

「でも、これを維持するのは相当負担になる。ましてあなた、自分の魂を削って力に変えているのだから」

「俺は強盗に成り下がる気はない」

 ウォルカターラの魔術は、大地の力を盗んで使う。

 判ってしまえば、盗む気は起きない。

「……そういう事ね。それで、あなたはどこで?」

「フラッド・パス」

 この荒野の街から半日ほど行った場所。そこで乾いた台地は終わり、乾いた谷と痩せた川が続く土地になる。

 ただしそれは、乾季の間だけの話だった。


 雨が降れば、あっという間に一面の泥となる。

 そして台地から伸びる一本の川は、死の川としても知られていた。

 俗称フラッド・パス。平坦な道に見える川底をたどる者が、突然の雨で溺死する道。


「逃げる事は考えないの?」

 地図を眺めていた私に、ユパカはそう尋ねた。

「知りたい事がある。逃げていては知る事はできない」

「何を?」

「あの呪具だ」

 クルーガーはこのあたり一帯を仕切っているという話だが、私はここに来るまで、奴の名前すら聞いた事がなかった。

 つまり小悪党だ。それがなぜ、あんな物を持っていたのか。

 実際には奴の女の持ち物だったそうだが、女はすでにコヨーテの腹の中だ。この際関係はない。

「そう……関係があるかどうか知らないけど、最近、金鉱が発見されたって噂があるのは知っている?」

「いいや。どこだ」

 ユパカが広域地図の上で指差したのは、山地に近い谷の一個所だった。

「ついでに言うと、このあたりのフェナーブ達がすでに金を手にしているという噂もあるのよ」

「輸送ルートまで近いな」


 この街の十マイル先、台地の端を縫うように進む道なら、おそらく輸送路となる。水も豊富な恵まれた道だ。そしてその道は、かつてブラーンと呼ばれた廃虚のある方角に向かっている。


「それだけならいいけどね」

「金鉱を奪うためには、ごろつきの寄せ集めだけでは手が足りまい」

「…あなた、本当に賞金稼ぎ?」

「ここしばらくはそれで食っている」

 事実だ。ユパカは片方の眉を器用に上げ、軽くため息を吐いた。

「軍人という感じではないものね。後学のために聞きたいのだけれど、フラッド・パスに出てどうするの?」


「本来なら、今の時期に雨は降らないな」


 この質問に、ユパカは顔色を変えた。

次回更新予定は12月16日21時です

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