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名もなき者への挽歌  作者: 中崎実
第一章:草原の魔人
2/12

2.

 ウォルカターラ人で魔術師とばれてから、宿の主人の態度が硬直化した。


 無理も無い。ウォルカターラ流の魔術は、大地を枯渇させる呪いでもあった。

 こんな小さな街では、呪いをかけられれば一たまりもない。しかしそれでも私を追い出さないのは、あの病気の女の事があるためのようだった。

「皮肉なものね」

 と、ただ一人平然と笑ったのは、病気の女だった。

「フェナーブの呪術師をウォルカターラの魔法使いが助けるなんて」

「フェナーブには見えないな?」

 と、私は女の言葉を無視して聞き返した。

 たしかにこの女は、先住民であるフェナーブには見えない。小麦色に良く焼けた肌に赤い髪で、ブルケデム大陸人そのものと言った顔立ちだった。

「まあね。あたしはフェナーブの血は引いてないの。でも、彼らの名前を持っている」

「ほう」

「ユパカって言うのよ」

「良くある名前だな」

「あら、物知りね。でも、あまり使わない名前だわ」

「教えて、良かったのか」

「あなたにはね」

 笑っている顔の中で、女の目だけは真剣だった。

「そうか」

 それだけ言って、私は女の部屋を出た。


 あまり話がしたい気分ではなかった。


 階下に下りると、昨日の男が待っていた。

 今日の連れは、ボディーガードの男達ではない。暴力の匂いを漂わせる男達のかわりに、呪いを色濃くまとった男を連れていた。

 典型的なウォルカターラ魔術師である。時代錯誤もはなはだしい長衣をまとい、手には魔道石を連ねた数珠を握っていた。

「魔術師には見えないな」

 私を見て、長衣の魔術師がしわがれた声を出した。

「流れもののゴロツキにしか見えん」

「銃の腕も確かだ」

 昨日の男の目は、私の肩にあるホルスターに向けられていた。

「誉めてくれるとは嬉しいね」

 それ以上は話さず、私は酒を注文した。

 長衣の魔術師が、喉の奥で笑う。

「酒を飲む魔術師か。たかが知れている」

「呪いでもかけておくか」

「それより、女だ」

 長衣の魔術師が階段に足をかけ、止めようとした主人を男が殴った。

 魔術師がニワトリのように笑い、足を引きずって階段を上がり始める。

 私は一つだけ、魔術を使った。

 魔術師の手に握る数珠が、砕け散った。

 魔術師が足を止め、私を振り返る。

「魔道具は無くなったようだな」

 私が言うと、魔術師はこちらを睨みつけた。

「腕自慢か?」

 言いながら、魔術師は壊れた数珠を捨てた。

「あの女の宿賃は俺が出している。だが、葬儀屋の費用まで持つつもりはない。そういうことだ」

「おまえの葬儀代なら、いくらも出せるだろう」

「時代遅れの魔術師の葬式代なら、出してやってもいいな」

「酒を飲む奴が、大口を叩く……いいだろう、次はないぞ」

 長衣を翻し、魔術師は出ていった。

 私はウィスキーを一気に喉に流し込み、扉に背を向けた。

「覚えておけ、若いの。いい気になっていると」

 私の背中に向かって、男が言った。

 わずかな気配を感じ、銃を抜く。

 私は振りかえらず、脇の下から銃口を突き出して、撃った。

 男がくぐもった声を上げ、膝を突く。

「今ならまだ、その手をなくさずに済む。早く帰れ」

 男は口汚なく罵った後、出ていった。

 私はまたグラスを取り上げて、すでに空になっていた事に気がつく。もう一杯注文しようとする前に宿の主人が、琥珀色の液体が入ったグラスを私の前に置いた。

「おごりですよ」

 宿の主人はそれ以上は言わず、私はそれ以上話さなかった。

 しかし、宿の娘はまだ、好奇心の消えていない年頃だった。

「お客さん、すごいですね」

 素直な口調に、

「こら、お客さんの邪魔をするんじゃない」

 宿の主人が慌てた。

「構わん。それで、なにがすごいんだ」

 話したくない気分だったはずなのに、私の口からはその一言が流れ出していた。

「魔術師って、お酒を飲むと魔力が無くなるって聞いてました」

「それは嘘だな。酒が入ると魔力を上手く揮えなくなる三流が多い、それだけだ」

 私は、酒に影響を受けた事はない。

「それに、道具も持っていませんよね」

「なかなか詳しいな?」

 私に魔道具は要らない。

「聞いた話です。あいつが来るようになってから、街が荒れたから、なんとかしたくって」

「あいつを倒すというのなら、やめておけ。保安官にでも任せた方がいい」

「保安官なら先月、事故で死にました」

 父親に似て静かな口調で話す娘を、私ははじめてまともに見た。

 タフな女に育つ可能性は、ゼロに近い。むしろごく当たり前の、か弱い女になるだろう。タフを装う事さえ、この娘には無理なはずだ。

 しかし、この娘には、タフな女達にも無い強さが何かあった。

「ほほう。……その話、聞かせてくれ」

 結局ここでも、私は騒動に巻き込まれる事になっていたようだった。

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