12.
最後のドアを開けた時、残っていた弾は5発だった。
護衛を射殺し、残弾は3発に減った。
「ほほう……どんな奴が来るのかと思っていたよ」
バルコニーに背を向けて、太った男がふてぶてしく笑った。
「予想を裏切って申し訳ない、とでも言って欲しいのか?」
「ロバートソンさん、そいつは」
椅子に腰掛けていた男が、鋭い声を上げた。
「気を付けて下さい。ただの人間じゃない」
「ほう?」
軍服は着ていないが、明らかに軍人と分かる雰囲気のある男だった。
髭を奇麗に刈り揃えた、金髪の男。
「ただの若造に見えるが」
「偽装です」
「知り合いか、若いの」
銃を向けられていても、ロバートソンの声はふてぶてしかった。
「ウォルカターラ軍人に、知り合いがいるように見えるか?」
「私の知っている限り、銃と魔術両方をそこまで使いこなすのは一人しかいない」
「黙っていろ、外法使い」
ここで魔術を使うわけにはいかない。
下手な力を使う事は、相手に武器を与える事になる。銃だけで相手をしなくてはならない。
「フェナーブに味方しているようじゃないか、若いの」
「なりゆきでな」
「誰が率いているんだ」
教える義理はない。
外法使いがゆっくりと立ち上がろうとする。
その足を撃ち、弾は2発に減った。
ウォルカターラの男が足を押さえ、床に倒れ込む。ロバートソンは、それを見ようともしなかった。
「こんなことをして、何の意味があるんです」
ロバートソンではなく、ウォルカターラの男が言った。
ロバートソンは銃把に手をかけている。ウォルカターラの男の口を塞ごうとすれば、撃たれるのは私だった。
「ミンスター大尉と知り合いのようじゃないか。友達を撃つのは感心しないぞ?」
「勘違いしているだけだろうよ」
撃つだけの隙が見つからない。
先に仕掛けたのは、外法使いだった。
銃を握る手に力がかかる。
このままでは手首を折られる。とっさに銃を左手に落とし、ミンスターを撃った。
ロバートソンの弾が、こちらの肩をえぐる。
殴られたような衝撃に、腕がしびれた。
「そういえば、おかしな話を聞いたよ。ネーバ谷の金採掘場を襲った中に、ウォルカターラ人ガンマンが混じっていたと言う話だ」
「ほう?」
「逃げ延びた奴が言うには、そいつは女と子供を助けるために撃たれたそうだ。心臓を一発、それでおしまい。そうなるはずだった」
「弾の当たった場所も分からないようでは、大した腕ではないな」
この建物にも、火がまわり始めていた。
階下からの銃声は途絶え、外は戦場になっていた。
フェナーブ戦士の猛る声と、男達の悲鳴が銃声に混じる。
「銃と魔法の使い手だったそうだ。銃の事は意外だった」
「すべてを知っていたわけではない、と言う事だ」
「そのようだな」
残る弾は一発。しかも、使えるのは左腕だけだった。
ロバートソンには油断が無い。
「しかし、残念だ。おまえと手を組めれば良かったんだが」
「賞金首が、賞金稼ぎと組むのか?」
「賞金稼ぎか。そいつはいい」
ロバートソンは笑わなかった。
「生きたまま火葬にされたいか、それとも慈悲深く殺して欲しいか?」
良く喋る男だった。
「好きな方を選んでいいぞ」
ロバートソンがバルコニーに向かって一歩下がりながら、言った。
「それとも、勝負してみるか?」
「どれも断る」
「思った通りの死に方を出来るわけじゃないぞ」
その時、一発の弾が窓を貫いて飛び込んできた。
ロバートソンの注意が逸れる。
最後の一発は、ロバートソンの胸に赤い穴を空けた。
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焼けこげた街は朝日の中で一層、空虚に見えた。
「ミジナ族はほとんど全滅していたわ」
奪い取った馬に乗ったユパカが、苦い口調で言った。
「だろうな」
「あれで、他の部族も腹を固めたでしょうね」
ミジナはブルケデム大陸人に友好的な部族だった。
というよりも、自分達の仇敵を倒すためなら、ウォルカターラとさえも手を組みかねない部族だった。結局、それが元で滅んだわけだが。
「しばらく、退屈せずにすむ事になりそうだ」
「あちこちで戦いが起きるわ」
この呪術師は勇敢だが、戦いを歓迎している様子はなかった。
「……魔法使い。一つだけ聞いていいかしら」
「なんだ」
「これからも、こういう事はあるのかしらね?」
こちらを見たのは、答を知っている者の目だった。
これから先も、血は流れる。それをユパカは承知していた。
「未来など、俺には分からんよ」
「……それもそうね。もう行くの?」
「用はないからな」
言って、私は馬の首を返した。
それをユパカの手が止める。
「待って」
ユパカが首から外して私に突き出したのは、護符だった。
大鷲の羽で作られたそれを、私は黙って受け取る。
ユパカと私の視線がしばらく絡み、離れた。
話すべき事は何も無い。
私は丘を下り、次の街へ向かった。