表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『おひるね』

作者: 広本亭割烹

果報は寝て待てといいますが、間違った認識をされているかたも結構いるんじゃないでしょうか?


あのことわざの意味は『努力せずとも寝てればいい結果がついてくる』ではなく『努力しつくしたら結果はもう寝て待つしかない』なんですよ。


この物語の主人公は果報は寝て待て……を前者でとらえていた男で、紙に『果報は寝て待て』と書いて、それを部屋の壁に貼ってグースカ寝ているような変人で…


このお話は果報を寝て待ちすぎた男の奇妙なお話でございます。





その昔、江戸の町に武士が頭を下げるほどの豪商。


豪商……成功した商人ですな。


商人がいました。


心晴れ晴れ順風満帆。


意気揚々日々鍛錬と人生を突き進むこの男にも悩みがありました。


目に入れても痛くないほど可愛い、己の命より大切な娘が恋をしたこと。


相手が相手なら商人も頭を抱えることもなかったでしょうが、困ったことにその相手ってのが自分の弟子『寝吉』だったのです。


寝吉は商才はあるのですがいかんせんその名の通り、まあ~寝る。


隙あらば寝る。


ただ目を閉じているだけなら寝ていてもバレなそうなものですが、寝吉の場合は寝ると必ず鼻ちょうちんがぷあ~と膨らんだり縮んだりするのですぐバレる。


いくら寝ても眠い、眠りの将軍。


休みを1日やれば丸1日眠り続け2日目の朝に起きて


『さあ今日は休みだ。どうすごそう?』


とほざいて、また丸1日寝て商人をカンカンに怒らせるほど。


『ああ。本当に娘はあんな男のどこがいいのやら……』


毎晩頭を抱えて睡眠不足の商人。


そんなことも知らずに毎晩快眠寝吉。



ある日のことでございます。


『なんとか波風たてずアイツを店から追い出せないだろうか?寝吉が自分からいなくなってくれれば……』


そんなことを考えながら商人が廊下を歩いていると中庭に弟子達が集まっていました。


『寝吉。いい加減なことをいうもんじゃあないよ』


『いい加減とは失敬ですな』


『嘘はよくない』


『私は嘘をつきませぬ』


商人はとっさに物影に隠れて聞き耳をたてた。


『いくらなんでも7日も寝通すなんて無理に決まっている』


『いいえ。私ならできます7日寝なんて私にとっちゃ『おひるね』みたいなもんです』


『証拠を見せて見ろ』


『見せられるのなら見せたいですが7日もお暇をもらえるはずもありません』


『やはり嘘だ』


『嘘ではありませぬ』


『7日も寝続ける……?ひるね……?ははあ。寝吉の奴。見栄を張ったな?どうせ証明しようがないと……おおそうだ!』


商人頭に電撃はしった。


『おい!寝吉!』


『あっ!これは旦那様!』


『きかせてもらったよ。お前7日も寝続けられるそうじゃないか?』


『へえ』


『言ったな?お前は嘘はつかないね?私に嘘をついたらそれはひどいよ?』


『旦那様に嘘なんて……』


『よかろう。それでは7日間寝続けてみよ』


『えー?』


決断力のはやさでここまでのし上がってきた商人の行動力はすごかった。


すぐに弟子達が見届ける中、寝吉に一筆書かせた。


『旦那様……これは本気ですか?』


『ああ。もちろんだよ』


商人が書かせた内容はこうです。


『もし7日間寝続けたら店も娘さんもいただきます。だが失敗したらすぐに店をやめ、江戸からでていきます』


要するに商人は体よく店から寝吉を追い出そうとしたわけです。


『いいかい寝吉?これは博打だよ。商いとは博打みたいなもんだ。この大出世の機会を逃すほどお前は馬鹿でないだろう?むしろ分が悪いのは私の方だ』


商人ニヤニヤ。


寝吉オドオド。


こうして寝吉一世一代の博打が始まったわけでございます。




商人と寝吉の博打の噂は江戸中に広まり、大事になった。



『……困ったぞ』


あんなことなど言わなければよかったと後悔してもすでに遅し。


なんと寝吉は土俵の上に布団をしいて、たくさんの見張りと野次馬に囲まれて寝ることになった。


ねーろ!ねーろ!ねーろ!ねーろ!


寝吉におくられる大ねろコール。


『いくら寝るのが好きな私でも3日が限界だろうな。ああ。目覚めたら職無しか。ええい』


ヤケクソになった寝吉。


どうせなら好きなだけ寝てスッキリしてやろうと布団に潜り込み、野次馬や見張りの目なんて気にせず数分で鼻ちょうちんを膨らませ眠りについた。


……



寝吉が眠り始めて三日目の夜。


人には見ることのできぬ髑髏顔の死神がトボトボ町を歩いていた。


『……成績が悪いぞ』


死神の仕事は死人から魂を抜き取り閻魔の元に連れて行くこと。


しかし、なかなか魂にありつけない。


魂というのは死んですぐに肉体から飛び立ってしまう。


自ら飛んでいった魂は三途の川にたどり着き、舟で川を渡ってあの世にいき、人型に戻って閻魔に裁かれる。


それでは死神の手柄にならない。


仲介人として間にはいらねば……


『どこかに死人はいないかのぅ?』


死神が町をさまよっているとこんな話を耳にした。


『きいたかい?』


『ああ。寝吉だろ?もう三日も土俵で寝続けているらしいな』


『病にかかったわけでもないのに』


『流行病……いや、眠り病なのでは?』


『眠り病とはそれはいい!』


『……寝吉?病でもないのに三日……バカな。それはもう死人じゃないか。可哀想に。これは幸運!』


死神はすぐに土俵に向かった。


寝吉は死神に背を向けて静か~に寝ていた。


『ピクリとも動いてないじゃないか。ああ間違いない。この男は死んでいる。可哀想に可哀想に。死体をこんな晒し者にされるとはの。ワシが魂だけでも救ってやろう』


手柄を焦った死神。


なんと寝ている寝吉から魂を抜き取ってしまった。


『おお!なんと……活きのいい魂じゃ!』


これには閻魔が驚くと死神の口元が弛む。


活きのいいのは当たり前。


寝吉は寝ていただけなのだから。


魂が肉体に還りたがっているのだ。


そうとも知らず死神は寝吉の魂を抱きしめるようにして閻魔の元へ向かった。



『あっ!』


三途の川を渡る寸前。


死神の腕から寝吉の魂がスルリと抜け出し、寝吉の姿になって着地した。


『おお!どうしたことだ!

?』


『うわあぁ!誰です。あなたは?おかしいな?私は……』


3日寝て、さあもう限界。目覚めるぞと目を開けようとしたところまで覚えている。


『……あれぇ!?』


死神はここで自分の失敗に気がついた。


『ワシは……生きている人間から魂を抜き取ってしまった!』


『……どういうことです?』


死神と寝吉はお互いの事情を教えあった。


『どうしたもんかいなぁ?』


生きた人間の魂を持って行ったら閻魔に説教をされるのは明らか。

死神のなによりの喜びは閻魔に褒められること、なによりの地獄は閻魔に怒られること。


かといって一度抜き取った魂をもう一度肉体にかえすのは……死神にとって敵前逃亡完全敗北。


つまり誇りに傷が付くのである。


死神は考えた。


『そうだ。おめぇ自分から三途の川を渡れ。渡し賃は俺が払っとくから』


そうすれば寝吉は自分から死んだことになる。



『なあ。そうしなよ』


『わかりました』


『わかってくれたか?』


『これは夢ですね?』


『……は?』


夢だと思っても無理もない。


寝ていた自分の魂を死神が間違って抜き取って、その死神が三途の川を渡って自ら死ねという。


『夢を夢だと認識したことはありますが、こんなにハッキリしたのは初めてです。夢の中でしょ?なんでも好きなことができる。いやー。何をしようかなぁ?』


『……おまえさん阿呆なのかい?』


『うーん……そうだ!寝よう!私、一度夢の中で寝てみたかったんですよ』


『間違いない!おまえさんは阿呆だよ!』


寝ることに関しては寝吉の行動ははやい。



早速横になり鼻ちょうちん膨らませ寝始めた。


『本当に寝たのかい!?嘘だろ……ふん。いいさ。川以外は真っ白なこの世界。1日たりとも正気じゃいられまい。まともな人間なら川の向こうのお花畑に逃げ込むに決まっている』


死神はそう言って、眠る寝吉を放っておき再び現世に向かった。


死神は甘かった。


寝吉は


『まともな人間』


ではないのである。



一方。


生きながらにして魂を抜かれた寝吉の肉体は息はしているが心臓は止まっているという


『死寝』


もしくは


『幽寝』


の状態になっていた。


死ねっ!


ゆうねぇ!


……さておき。


『間違いなく寝ておりますな』


江戸一番の医者が何を根拠にしたのかわからぬが寝吉を睡眠状態だと診察を下すと、おおっ!と町民たちがわいた。


『そんなバカな!人間はこんなに寝れるものなのか!?そんなバカな!』


商人は叫んだ。



『そんなバカな!』


今、そう叫んだのは商人ではなく死神。


三途の川に来てみると寝吉はいまだにグッスリ眠っていた。


『肉体と魂……両方で寝る奴がいるかぁ!』


死神の仲間たちの間で寝吉は有名人になっていた。


『三途の川で寝ている魂がいる』


『あれを連れてきたのは誰だ?』


『なぜ川を渡らない?もしかしてあの魂は……』


『困った!困った!困ったぞ!』


このままでは閻魔の耳に死神の失態が知られてしまう。


死神は焦っていた。



『なぜ殺せぬ!?』


現世。


商人も焦っていた。


商人は殺し屋を雇い、寝吉が目を覚ます前に亡きものにしようとしたが、殺しを断られた。


『こいつはもう死んでいるだろう?死人を殺せとは無茶を言う』


『生きている!寝ているだけだ!』


『心の臓は止まっている』


『でも生きている』


『いや死んでいる』


『生きている!』


『生きている!』


『違う!死んでいる!……あ!』


『ほらみろ』


商人は追い詰められた。



追い詰められたは死神も同じ。


こうなればもう誇りなど関係ない。


『起きて起きろ!頼むから!』


『ん~?何を言ってるんですかい?起きて起きろとは……?私はまだ寝ていたい……どーせ起きても職無しだし人生うまくいかないし……』


『うるさいっ!そこはワシがなんとかしてやるから!こいっ!頼むって!』


『うーん……ムニャムニャ』


器用に寝ながら歩く寝吉の手を引いて死神は寝吉を現世につれていく……一方その頃町は大騒ぎ!


寝吉は棺桶に入れられ今にも火葬されそうになっていた。


あまりに起きないので町民は寝吉は死んだと思い、連日、町民に押しかけられた医者は面倒くさくなりとうとう


『寝吉死亡』の診察を下した。


『いやあぁ!寝吉さん!いやあぁ!やめてぇーー!寝吉さんは生きてるのよぉ!』


商人の娘が暴れる暴れる。


商人が娘をなだめるが内心はニッコニコ。


『これで店も娘も寝吉に取られずにすむ』


『寝吉さんが燃やされたら……私すぐ後を追う!』


『えっ!?こらっ!』


どこから取り出したのか娘は小刀の刃先を自分の喉に突き立てた。


『うわあぁ!こら!やめろ!』


『寝吉さんが死んだら私も死ぬぅぅ!』


男が棺桶に火を付けた。


棺桶の周りを火が囲む。


『寝吉さーん!先にあの世でまっててぇー!』


『やめろー!火を消せ!娘が自害してしまう!寝吉ー!頼むから起きてくれー!店も娘もおまえにやるからー!』



パチン。


『んあ?』


鼻ちょうちんが割れて寝吉が目を覚ました。


『うーーん!よく寝たなぁ!……熱い!』


当然である。


『あっつ!あついぞー!』


寝吉は棺桶を突き破った。


『あついーー!』


『寝吉ぃぃーー!』


『寝吉さーーーん!』


『あついーー!たすけてーー!』


『寝吉が目を覚ましたぞーー!』



『なんでぇ……ばからしい』


死神は寝吉が救出される姿を確認し、ため息をついて歩き出し、どこかどこかへ消えてしまった。



寝吉が寝始めて七日目の昼のことだった。




みんなの前で叫んだ手前、商人は店も娘も寝吉にとられることになった。


『……おめぇにゃ負けたよ』


『頭を上げてください旦那様。ああ……なんだか寝たのに疲れた……今日はとりあえず帰ります』


『……そうかい』


『帰ったら……』


『帰ったら?』


『とりあえず寝ます』


『どこまでもな奴だよ。お前は……』


『言うじゃないですか……『果報は寝て待て』』



オチはつきましたが後日談。



数年後の話です。



店主となり、結婚し、子宝にも恵まれた寝吉は相変わらず寝てばかりだが店はどんどん大きくなった。

もっともそれは寝吉が何かしたわけでなく死神がなんとかしてやるという約束を守ってくれただけなのですが……



『父上。是非ご教授を!』


『今から跡継ぎのことを考えるとは忙しいやつよの……』


寝吉の部屋に長男の寝留蔵が商売繁盛の秘訣を訊ねてきた。


寝吉は困って部屋を見渡す。



『果報は寝て待て』『寝る子は育つ』という掛け軸が目に入る。


『……困った。別に教えることはないぞ』


『父上!そんなことはないはずです!』


『うーん……』


『あるでしょう!?人生が変わったきっかけみたいなものが!』


『きっかけぇ?きっかけねぇ……そうだ!あるぞ!これをすればなんでもうまくいく!私はそうだった!なんでもうまくいくんだぞ!』


『おお!それは一体なんです!?』



寝吉はたっぷり間を空けてこう言った。








『まずはおひるね』










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ